憲法改正へ強い意欲を示す安倍首相。さまざまな改憲案が浮上するなかで、最も有力視されているのが自民党の改憲に関する条文イメージ(たたき台)にも盛り込まれた、憲法9条に自衛隊の存在を書き込むという案だ。
首相は9条改正について「国防の根幹」と述べて必要性を強調、前のめりの姿勢を見せている。しかし一方で、自衛隊の存在を明記する改憲をしても、「自衛隊の任務や権限に変更が生じるものではない」とも強調する。本当だろうか?
改憲を待たず自衛隊の役割や任務が変わった
自衛隊の実情をよく知る元陸上自衛隊レンジャー隊員、井筒高雄さんはこう話す。
「第2次安倍政権が発足した2012年以来、改憲を待つまでもなく、すでに自衛隊の役割や任務は大きく変わっています。それも、戦後の歴代政権が議論を積み上げ、折衝を重ねて出した“専守防衛”のラインを大きく踏み越えて、議論を尽くすこともなく集団的自衛権を認めてしまった。首相が目指す憲法改正は、その総仕上げです」
集団的自衛権の行使容認を閣議決定したのは'14年。自国が攻められていなくても、アメリカのように日本と親密な他国が攻撃されたとき、日本も一緒になって戦えると憲法解釈を変えた。
「それから1年後には安全保障関連法を成立させた。集団的自衛権を容認するということは、自衛隊が海外での実戦任務に就くということ。法に基づくプロセスをとばして、議論を尽くすこともなく数の力で押し切るという、本来とるべきやり方とは正反対の方法で推し進めたわけです」
安保法ができたことで、自衛隊には「駆けつけ警護」「宿営地の共同防護」という新たな任務が加わった。
「つまり、日本の自衛隊が海外の軍隊と一緒になって、武器を使って陣地を守るということ。どうみても交戦で、憲法に抵触しますし、隊員の危険度は格段に上がりました」
最前線に立たされる現場の隊員たちは、こうした変化をどう受け止めているのだろうか?
「自衛隊は基本的にイエスしか言えない組織。すでに海外での実戦任務は織り込みずみです。山岳や市街地での演習、実戦訓練もしている。でも、本音では行きたくないし、死にたくない。軍隊ではないので軍事裁判を受けられず、殺人罪に問われるかもしれない。死んだとき、どんな補償を受けられるのかもわからない。隊員は不安に思っています」
少子化や人手不足の影響も加わり、主力隊員となる「自衛官候補生」は、4年連続の定員割れ。井筒さんは、これに安保法や改憲への動きが拍車をかけたとみている。
「警察との合同で新卒向け説明会がよく開かれていたりしますが、自衛隊単独では人集めが難しいのだと思う。現役隊員からも、定年までいられるのに、辞めたいと相談を受けたりしますから」
改憲の前に自衛隊のあり方を考えるべき
自営隊員が入隊の際に行う「服務の宣誓」には、憲法を守り、国民の負託にこたえるという一文がある。
「南スーダンにPKO派遣された自衛隊部隊の日報隠しが問題になりましたが、戦闘という記載があったにもかかわらず、政府は衝突と言い換えて批判を集めました。あれは稲田防衛相(当時)も認めたように、海外での武力行使を原則的に禁じる憲法9条に抵触するおそれがあるから。
憲法を変えようとする前に、国民が望む自衛隊のありかたとは、いったいどういうものなのか、ひとりひとりが考えるべきです」
改憲が必要な理由として、首相は「安全保障環境が急速に厳しさを増している」と、あらためて強調する。'15年の安保法をめぐる議論でも繰り返された理由だ。こうした考えは一般にも共有されている。中国や北朝鮮を脅威とみなす声は珍しくない。
では、憲法改正すれば、脅威やリスクを払拭できるのか。
「日本には稼働停止しているものも含めて、54基の原発が狭い土地にひしめいています。テロ対策もほとんど行われていない。コストをかけずに攻撃できる格好の的です。これほどリスクの大きい標的を放置しておきながら、改憲による脅威の払拭を訴えたところで、説得力がありません」
東日本大震災や水害などの救助活動により、自衛隊に好感を抱く人は少なくない。
「災害派遣のように、国民が後押ししてくれる大儀があるのは大きい。日本の平和に役立つのかわからないなかで、政治の利害関係のために体よく使うのはやめてほしい。それが、隊員のいつわらざる思いです」
《PROFILE》
井筒高雄さん ◎1969年生まれ。元・自衛隊レンジャー隊員。元自衛官らで作る平和団体『ベテランズ・フォー・ピース・ジャパン』共同代表。共著に『日本と日本人を危うくする安保法制の落とし穴』(ビジネス社)