氷室冴子さんのコバルト小説『シンデレラ迷宮』と出会って小説のおもしろさに目覚め、すぐに縦書きのノートを買ってきて、14歳で小説を書き始めたという青山美智子さん。
小説家デビューを果たすまで
転校少女で、まだ友達ができていなかったとき、休み時間に本をひとりで読んでいれば、手持ち無沙汰にならないからというのが、読書のきっかけだった。が、この本が原点となり、40代の遅咲きではあったものの、昨年、念願の小説家としてデビューを果たした。
「当時、まねごとのように書いていた小説を見つけたんですよ。読んでみたら、もう走り出したくなるくらい恥ずかしくなったけれども(笑)、今はこれを書けないな、って思いました」
高校時代は、校外の文芸サークルに入って短編を書き、みんなから「うまい」と褒められていたが、いざ「コバルト・ノベル大賞」に応募しようと思っても、規定の95枚以上の作品を書くことができず“自分は天才ではなかったんだ”と、逆に気が楽になったという。
そのため日々、積み重ねるべく小説を書き続けた青山さん。最初の応募は「すばる文学賞」で、シドニーで日系の新聞社に勤めていた25歳のとき。以後、長い投稿人生が始まった。
33歳で「パレットノベル大賞」の佳作に入賞したが、「2作目を書いてくださいね」と言われて200枚の原稿を編集者に渡したけれど、出版には至らなかった。“最終審査に残っても、デビューできるとは限らない”という厳しい現実を知ることになる。
書きためた作品を出版社に持ち込んだりもしてみたが、編集者から「青山さんはいい人すぎて、小説に毒がない」、「文章力はあるが、オリジナリティーがない」と言われ続け、落ち込み、悩んだ。
ミステリーから官能小説まで、ありとあらゆるジャンルに手を出し、迷走していた時期もあった。
ウェブ連載で小説家デビュー
だが、縁があって、ウェブに連載していた小説でデビューすることが決まり、47歳のとき、『木曜日にはココアを』を出版した。1杯のココアから始まる、心が温まる12色の物語だ。
その本を読んだ編集者から、「読んで気持ちがほっとする、こういう毒のない小説があってもいいと思う」と言われたことで、迷いがふっきれた。青山さんは、その言葉をお守りがわりにしながら、2作目となる『猫のお告げは樹の下で』を書きおろした。
失恋のショックから立ち直れない21歳のミハルをはじめ、中学生の娘と仲よくなりたい父親、なりたいものがわからない就職活動中の大学生、転校したクラスになじめない小学生、20年来の夢をあきらめるべきか迷う主婦……。
本書は、迷い、悩み、ときには打ちひしがれ、人生に立ち往生している7人の物語で構成される。
主人公たちはみな、小さな神社で、お尻に星のマークがついた猫・ミクジから葉っぱのお告げを受け取るのがお約束だ。
そして、お告げに導かれるように、ものの見方を変えた途端、世界がガラッと変わっていく。落ち込んでいた人も、立ち止まっていた人も、再び歩み始める。
「タイトルにも猫とありますが、猫の話を書こうとは思っていなかったんですよ。決めていたのは“葉っぱのメッセージがくる”というモチーフ。書きたいなと思って、ずっと温めていました。
でも、“猫がメッセージを運ぶ”ことに決まって書き始めたら、猫以外には考えられなくなりました。猫と樹ってすごく相性がいいんですね。背景としてうまくつながってくれたかなと思います」
青山さんの作品は、まるでショートフィルムを見ているかのように、色彩豊かに、ストーリーが目に浮かぶ。そして、登場人物たちが生き生きと動きだす。
本当は運がいい
「創作するとき、私の場合は、映画やドラマの予告のように、いろんなシーンが頭の中に浮かんでくるタイプ。予告をつなぎあわせて文章をおこし、あとは登場人物に動いていってもらう感じです。
今回の作品はどれもスムーズにそれができたし、書いていて楽しかった。どの登場人物も自分自身の投影であったり、会話はふだん感じていることだったりしますから」
誰しもみな、悩んでいるときには自分はダメだ、うまくいかないと思い込み、何も見えなくなってしまう。“本当は運がいい”なんてことには気づけない。
「“運がいい”って言ってしまうと、努力していないみたいに聞こえてしまいますが、そうじゃなくて、運って足が速いから、気づかないだけだと思うんです。みんな“好運”を持っているのに、もったいない」
猫のミクジに託された青山さんの温かいメッセージは、登場人物を通じて私たちを勇気づけてくれる。自分は大丈夫だと気づけるように、そっと背中を押してくれるのだ。
「私自身、40歳を過ぎてからのいまの人生が本当におもしろいと感じています。やりたいことができたり、好きな人に会えたり。
自分が何を好きで、何をやったら幸せかということが、はっきりしたからだと思います」
ミクジからのお告げを真っ先に受け取ったのは、青山さんご本人だったのかもしれない。そして次はきっと、この本を読んだあなたになるのかも。
ライターは見た!著者の素顔
2008年6月6日に、51歳の若さで亡くなった作家の氷室冴子さん。今も多くの関係者やファンに慕われ、毎年6月の第1土曜日に偲ぶ会「藤花忌」が行われている。青山さんは、作家デビューを果たした2年前から、それに参列しているそう。
「会場で、氷室さんとともにコバルト小説を盛り立てた新井素子さんや久美沙織さんの姿もお見かけしました。“氷室先生のおかげで、作家デビューすることができました”と墓前にお礼をしてきました」
(文/工藤玲子)