何億円もの大金を一瞬で稼ぐ人もいれば、一夜にしてすべてを失う人もいる。そんなカジノの現場を長年見続けてきたのが、6年前からマカオのカジノで日本人エージェントとして働く尾嶋誠史氏だ。
10月に『カジノエージェントが見た天国と地獄』(ポプラ新書)を上梓した尾嶋氏に、カジノ界における衝撃エピソードの数々や、現在、議論が白熱する日本のカジノ建設について伺った。
大金持ちが豪遊する『VIPルーム』の存在
――『カジノエージェントが見た天国と地獄』のなかでは、カジノの仕組みやその裏側、尾嶋さんご自身がマカオのカジノで見聞きした事件について語られています。尾嶋さんは6年ほど前からマカオのカジノでエージェントとして働かれているそうですが、カジノのエージェントとはどんな仕事なんでしょうか?
尾嶋 カジノには、大きく分けると2つのフロアがあります。ひとつは、カジノ会社が運営する、誰でも入れる一般フロア。もうひとつは、『ジャンケット』という組織が運営する、富裕層向けのVIPルームです。私は、後者のVIPルームをご利用のお客様に、カジノやホテル、飲食店などをアテンドをする仕事をしています。
――一般フロアとVIPルームでは何が大きく違うのでしょうか?
尾嶋 いろいろと差はありますが、一番大きいのは賭け金の違いですね。一般フロアでは、日本円で約150円前後と少額な賭け金から遊ぶことができます。対してVIPルームでは、1ゲームに1000万円以上のお金が賭けられている光景も珍しくありません。
また、一般フロアでの賭け金の上限は高くても2000万円台ですが、VIPルームの場合には、5000万円以上に引き上げられることもしばしば。ですから、相当な資産家であり、かつ、我々のようなエージェントからの紹介がないと、VIPルームでプレイすることはできないのです。
それから、高額な保証金も必要で、入場時には少なくとも10万香港ドル(約140万円)の一時保証金を預けなければなりません。さらにVIPルームでは、チップを1枚購入するのに最低でも1万香港ドル(約14万円)かかるので、一度の滞在で1億円以上を使う人もザラにいます。
カジノ界の“天国と地獄”に驚愕!
――とてつもない世界ですね。実際に尾嶋さんがご覧になったなかで、印象深いお客さんにはどんな人がいましたか?
尾嶋 まず頭に浮かぶのが、たった10分間で1億円を失った方ですね。中国の資産家である40代の男性で、おもちゃメーカーを経営されていました。細身でいつも笑顔を絶やさず、柔らかなイメージがありましたが、彼はとにかくカジノが大好き。マカオにやってくると、「酒よりもゴルフよりも、まずカジノ」という方でした。
ある日のこと、僕が彼の代わりにホテルのチェックインを済ませて戻ってみると、すごく不機嫌な顔をされていて。「今日は全くついてない……!」とつぶやいているんです。「どうしたんですか?」と聞いたら、「チェックインするお前を待っている間に、隣のカジノに行ったら1億円負けた」と!
おそらく、チェックインにかかったのはわずか10分足らずだったと思うのですが……。それでも彼は、僕があ然としている間に「もう一度巻き返してやる」と、再びカジノに吸い込まれていったのです。結局、3日間の滞在で30億円ほど負けて帰っていきました。あれほど負けっぷりのいいお客様は、いまだかつて見たことがありません。
また、マカオの場合、全体のお客様の8~9割方は中国人ですが、日本人の方もたまにいらっしゃいますね。以前、一番大勝ちされていたのが日本人旅行者のお客様で、元手3万円を3億円にした30代の男性サラリーマンでした。
彼がマカオに来たのはそのときが初めて。「思い出づくりに」と、3万円ほどの軍資金を持って一般フロアで遊んでいたのですが、スロットマシーンで高額ジャックポット(大当たり)が発生! たった1時間で3億円もの大勝ちを収めていました。一般企業にお勤めの方でしたが、おそらくその後、会社は辞められたんじゃないでしょうか。
額の大きさで言えば、半日で6億円を稼いで颯爽(さっそう)と引き上げて行った、黒髪で中肉中背の中国人女性客にも驚かされましたね。4日間の滞在で彼女がカジノに現れたのはその日限り。後はお友達とマカオ観光を楽しんで、笑顔で中国に戻られました。
ハマりすぎた先に待っているのは……
――そんな大金が当たれば、人生が変わりそうです。
尾嶋 天国を味わった方々とは対照的で忘れもしないのが、ごく一般の企業に勤める40代の日本人男性が、数億円をバカラで失ってしまった事件です。彼は地方企業の御曹司。ラスベガスのカジノで「50万円をウン千万円にまで膨れあがらせる」という成功体験をしてからというもの、ご自身を「ツキのある男」だと信じ、マカオにも足を運ぶようになりました。
最初はマカオでも一晩で5000万円を手にするなど、景気のいい大勝負を繰り広げていましたが、それがカジノの怖いところ。楽して大金を手にしてしまうと、簡単には抜け出せなくなるものです。彼は勝った日の高揚感が忘れられずにカジノ通いを繰り返し、ついには数日間で4億円もの負債を作ってしまいました。
とても彼ひとりでは手に負えない額で、負債はお父様が立て替えることに。突然、マカオから見知らぬ人間が押し寄せて、「息子の借金を返せ!」と迫られたときのご家族の心情を思うと……。結局、お父様個人の資産だけでは賄えず、会社を売却し、ご家族は身ぐるみ剥がされるような事態にまで陥ってしまいました。
当然、彼はご実家からも絶縁されて、東南アジアに流れたそう。瞬く間に人生が狂ってしまったわけですが、驚くことに、いまもどこかのカジノで働きながらギャンブルを続けていると聞いています。
ほかにも、自分が持ちえるすべての資産をつぎ込んだ末に大負けが決定し、カジノがあるホテルの一室で首を吊っていた中国人の大富豪や、100億円負けてもカジノがやめられない香港の大スターなど、カジノで“地獄”に突き落とされた方々をたくさん目にしてきました。
日本でも悲惨な人が続出する?
――壮絶ですね……。もし、仮に日本にカジノができたらそういう人たちが続出してしまうんでしょうか。
尾嶋 いやいや、大丈夫ですよ。会社や不動産を所有している、ご家族が大富豪であるなど、よほどの担保がある相手でない限り、基本的にはエージェントが大金を貸し出すことはありえないです。でないと、カジノ側もお金を回収できずに、損をしてしまいますから。
――今後、日本でもカジノ法案が可決されて、カジノ建設が現実味を帯びてきましたが、それについてはどうお考えですか。
尾嶋 私自身はとても良いことだと思っています。たとえば、マカオは中国人富裕層の誘致に成功し、カジノで年間3~4兆円ほどの収益をあげています。カジノをうまく運営できれば、日本にとって非常に大きな観光資源になるでしょう。
そもそも、現在のカジノ法案に対する意見の多くは、少し本質から乖離(かいり)しているような気がするんです。以前、バカラで106億円を溶かして話題になった、元大王製紙の会長である井川意高さんとお話した際、「現在、日本で交わされているカジノに関する議論は、童貞がAVを作るようなもの」とおっしゃっていましたが、まさにその通り。
議論している人たちの多くはカジノの現場にも携わってないし、カジノ自体を見たことがない人も多い。だから誤解が生まれるのだと思います。
――現在行われている議論のなかでは、どのような点に誤解が多いと思われますか?
尾嶋 最も誤解されているのは、「カジノ=単なるギャンブルの場」だと認識されている点ですね。マカオやシンガポール、ラスベガスなどを見るとわかるのですが、「カジノ法案」の正式名称が「IR推進法案」であるように、カジノは一言でいえば「総合型リゾート」。実際、巨大ショッピングセンターや高級ホテル、大型プール、シアターなどが多数併設されています。
「カジノ」というとブラックなイメージが先行するのかもしれませんが、その内実は「老若男女が満喫できるエンタメ施設」という捉え方が正しいと思います。ディズニーランドやUSJみたいなものですね。誰でも楽しめる場所なので、訪れているのは家族連ればかりです。
日本にカジノができたら、治安が悪くなるのでは……と言われていますが、一大リゾートができるわけなので、むしろ周辺産業は儲かりますし、雇用も生まれる。決して、悪い話ではないと思います。マカオにしても、カジノを含む総合リゾートの併設により、経済的には上向きになりましたし、犯罪率も低下しつつあります。
――なるほど。カジノはギャンブル好きの大人だけのものではないということですね。
尾嶋 そうですね。パチンコ屋や競馬場を作るのとは、全然違います。さらに言えば、「日本にカジノを作ったらギャンブル依存症の人が増えるのでは」という議論がありましたが、マイナンバーを利用し所得の割合で賭けられる金額を規制するなど、方法はいろいろあると思います。
カジノは“富裕層にお金を落としてもらうためのツール”
それと、カジノは一般客を狙うよりは、海外の富裕層を招致してお金を落としてもらうためのツールだと考えたほうが良いですね。実は、マカオのカジノの売上のうち、60%前後を占めるのが先ほどお話したVIPルームからの収益です。富裕層は滞在ごとに1人あたり1億円近くものお金を使うので、当然ながら落としていく利益も莫大なのです。
――マカオやシンガポールなど、アジア近隣にすでに成功しているカジノがあるのに、わざわざ海外富裕層が日本のカジノに訪れるのでしょうか?
尾嶋 日本には海外にはない「おもてなし力」があります。海外に行ったことがある人ならわかると思いますが、日本のサービス力はやはりずば抜けている。その細やかな気配りは、VIP待遇に慣れた世界の富裕層にもじゅうぶん訴えかけるものでしょう。
特に、マカオのVIPルームを利用するお客の9割は、中国人富裕層です。ですから日本にカジノができた場合も、この中国人富裕層を取り込むことが必須だと思います。距離的にも近いですし、何より中国ではいまだに日本へのブランド信仰も根強いので、その利点も得られますから。
――カジノは日本にとって貴重な観光資源になり得るということでしょうか。
尾嶋 そうですね。ただ、繰り返しになりますが、単に「カジノを作れば儲かる」わけではなく、「富裕層をいかに取り込むか」が成功へのカギです。そのためには、大富豪たちにとって魅力的な、エンタメ性の高い施設やサービスの提供、また、彼らがカジノでスムーズに遊べる仕組みを確立するなどの配慮が必要でしょう。
そうなると、過去の実績や経験、ノウハウがある海外のカジノ会社に運営に携わってもらうのは必須だと思います。カジノの本質を理解しないまま、いざカジノを作ったものの、結局、運営がうまくいかずに何も得られない……。という事態は、非常にもったいないですから。
日本におけるカジノ建設問題については、「治安が悪くなる」「ギャンブル依存症が増える」など部分的に負の側面だけを切り取って論じるのではなく、「外貨を獲得するため、カジノを成功させるにはどうしたらいいのか」という課題を据えて、行政や地域住民が対応をきちんと考えていくべきではないかと思います。
《PROFILE》
尾嶋 誠史 ◎おじま・まさふみ。1977年8月6日、栃木県宇都宮市生まれ。アパレル企業に就職するも、「固定給ではどれだけ努力をしても収入が上がらない」という現実にぶつかり、歩合給の営業の世界に。収入は10倍になったが、睡眠時間もなく働く日々に疑問を持つように。
25歳で、ある事業家との出会いにより、お金と時間の両立を求め、「行きたい時に世界中の行きたい所へ行く生き方」を決断し独立。現在、マカオでカジノのエージェントとして働きながら、香港や日本でも貿易など幅広くビジネスやコンサルティング事業を行っている。『カジノエージェントが見た天国と地獄』が初著書となる。