テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふと、その部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)
オンナアラート #22 ドラマ『中学聖日記』
女性教師が男子中学生と恋をする。
異様に潔癖なこの時代に、タブーに挑戦するセンセーショナルなドラマ『中学聖日記』(TBS系・毎週火曜よる10時)に、毎週ドキドキしている。
今回、オンナアラートを鳴らすのは、男子中学生(岡田健史)を好きになってしまい、淫行教師と呼ばれて四面楚歌の状態に追い込まれる主人公の有村架純、ではない。
いや、確かに脇が甘いというか、教師に向かないタイプではあるのだが、もっと気になる人物が。劇中で「社長の愛人」「氷の女王」と呼ばれる吉田羊である。
羊姐さんは、有村の婚約者・町田啓太の上司だ。遠距離恋愛をする町田に何かとツッコミ、探りを入れ、説教を垂れる。
ゴリゴリ男社会の商社で出世し、やっかまれてもいるが、仕事はかなりデキる女だ。部下の男をお前呼ばわりし、あごで使い倒すパワハラめいた言動もあるし、町田に接近しすぎてセクハラめいた言動もある。
ただし、羊姐さんの吐き捨てる言霊には、妙な説得力もある。キツイ言葉だが、思わずメモしたくなる。この際、女の強さも弱さも盛り合わせの羊姐さん語録を紹介したい。
「恋愛は幸福を殺し、幸福は恋愛を殺す」
羊姐さんが部下の町田に惹かれているのは、最初からわかる。初めは、恋人の有村の気持ちを探っている。
結婚で仕事をやめたくない有村の背中を押す。いや、押すフリをして、町田と距離を置くようにけしかけている。有村が岡田に恋をし始める前から、すべてお見通しなのだ。つうか、しょっぱなから神の視点で語る羊姐さん。
「絶対ありえないと思った相手を好きになったり、世間の常識から外れたり、大多数の人に反対されたり。それでも引っ張られていく。堕ちていく。そういう経験、最高よ」
バイセクシュアルという役どころの羊姐さんがすごんで言うと、説得力がある。
「絶対」という言葉を一切信じていない、経験値の豊かさも感じる。しかも、好きと幸せは両立しないという含みを、有村に伝える。ひゃあ、こりゃ手練れだね。かなわないね。
きっと自分の気持ちにふたをして、後悔した経験があるのだろう、と思わせる。
男の傲慢、世間の冷たさを看破する
有村から「教師を続けたいから、まだ一緒には暮らせない」と言われて、ちょっとへこむ町田を気持ちよく叩き斬る羊姐さん。「結婚しようと言えば、仕事やめて尻尾振ってすぐ来るとでも思ってたのか?」と突きはなす。
もちろん、町田は傲慢な男ではない。
むしろ優しくて気遣いのできる男性なのだが、有村がやりがいを感じている仕事をやめさせることには反対なのだ。そこは有村の、というか女性の味方でもある。そして、羊姐さんは会社や世間に対する呪詛(じゅそ)も大声で叫んだりする。
「どいつもこいつもレッテルを貼りたがる!」
「どうせ女は結婚してすぐやめる。残った女は不倫か干物か、メンタル不安定!」
「バイセクシュアルと知って急にシャッターを下ろす人もいる!」
羊姐さんは自由気ままに、傍若無人に振る舞っているように見えて、本当はこの世でいちいち傷ついているのだ。
痛いとかツライとか言わないだけで、実は傷だらけ。満身創痍。強い女、かっこいい女を気取っているだけで、本当はガラスのハート。いやそれ、結構、厄介だよな。
好きな男にド直球、壁あて状態
有村の気持ちが岡田へと向いていく中、羊姐さんの気持ちもどんどんまっすぐに町田へと向かっていく。その速度、マッハ。そのやり口、ストレート。
淡々と簡潔にしゃべる羊姐さんだからこそ、町田への強い思いが伝わってくる、視聴者に。残念ながら町田には伝わらない。それどころじゃないからだ。
羊姐さんは、町田のネクタイをつかんで引き寄せ、「なんで私と話すときいつも体を引くんだよ。傷つく」と言ってキスをしたり、「欲しくなった」と目を見て告白したり。
町田だけでなく、有村にもわざわざ直接、会いに行き、気持ちを確認しようとする。これでもかこれでもかと、ド直球を壁に向かって投げまくっている感じだ。
しかし、有村は有村で自分の気持ちにうそをつき、町田は町田で見てないフリ、聞こえないフリ、平気なフリをする。生徒との不適切な関係を親から糾弾され、退職することになった有村。結婚という形ですべてをなかったことにしようとする町田。
親心と女心がないまぜになった羊姐さんは、とうとう町田に「あんたはもっといい男のはず。見どころある男なの!だから、あんたがいいの!好きなの!」と電話で伝えてしまう。うそをついたまま、偽りの結婚をしようとするふたりにストップをかけるのだ。
敵か味方か、邪魔者かフィクサーか
はたして、羊姐さんは主人公・有村にとっての敵なのか、味方なのか。心理戦で男を狙う凄腕ハンターなのか、それとも女の恋心を擁護する恋愛至上主義者なのか。
性別、年齢、立場に躊躇(ちゅうちょ)することなく、好きになったら突進せよ、と煽る存在でもあるからだ。単純に見えて、実に複雑な立ち位置。アラフォーの羊姐さんが名言を吐くたびに空回りしていく様子を、ドキドキしながら追っている。
もちろん、なかには「羊が邪魔!」「羊はいったい何?」「ついでに友近も何なの?」と、劇中からアラフォーの登場人物を追い払いたい視聴者もいるようだ。
羊と友近が生臭い説教をたれるたびに、舌打ちする人も。でも、背中を押したかと思えば、急に戒め始めたりで余計な知恵を授ける存在、それも世間の象徴なんだよ。
15歳だった岡田健史は、次回から18歳になっている。成長した岡田はどうするのか、退職した有村は何をしているのか、傷ついた町田はどうなったのか。
そして、羊姐さんの恋心の行方は……? たぶん羊姐さんが吐いてきた珠玉の言霊が、3年たった後でもじわじわと効いていくに違いない。
吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/