11月16日のGPシリーズ第5戦のロシア杯に参戦する世界王者の羽生結弦。2週間前のフィンランド大会では圧巻の演技で優勝を果たした。
「ショートプログラムで、今季世界最高得点となる106・69を獲得し、堂々の首位発進。翌日行われたフリーの演技では、後半に4回転ジャンプからのトリプルアクセルという連続ジャンプを世界で初めて成功させて、今シーズン世界最高得点の297・12で優勝しました」(スポーツ紙記者)
ただ、ジャンプの着氷乱れやステップの取りこぼしなど、本人は満足のいく演技ではなかったようで“自分の灯火に薪が入れられた”と、闘志をたぎらせた。
「今シーズンからルールが改正されて、フリーの演技が30秒も短くなって4分間の勝負になりました。痛めていた足の不安もありましたが、本人は自分の演技に納得がいっていないようでしたね」(スケート連盟関係者)
試合後、「勝たなきゃ自分じゃない」と、強めの口調で語った羽生。各シーズンで目標を掲げる彼は今回、前人未到の野望を抱いていた。
「羽生選手は“楽しくスケートがしたい”と語っていましたが、その言葉の真意は“子どものころの自分の夢を叶えたい”という、4回転半ジャンプへの挑戦を指したものでした。
今季のプログラムは、少年時代から尊敬しているアメリカのジョニー・ウィアー選手とロシアのエフゲニー・プルシェンコ選手が、かつて使用した楽曲です。初心を大事にしようという意志が伝わってきます」(同・スケート連盟関係者)
本拠地のカナダ・クリケットクラブでは4回転半ジャンプの練習を重ねている。
「現時点での手応えは5%。世界選手権までに20%になると語っています。しかし、コーチのブライアン・オーサー氏はこの目標達成には、あまり乗り気ではないんです」(前出・スポーツ紙記者)
かつて『ミスター・トリプルアクセル』と呼ばれた名伯楽がこのチャレンジを渋るには、それ相応の理由がある。
「“彼ならもちろんできるだろうし、彼以外いないだろう”と展望を語るものの、“ケガはしてほしくない”というのが本音。ケガのリスクを負ってまで4回転半ジャンプに挑戦することをよしとしていないのです」(前出・スケート連盟関係者)
オーサーにとっては、無理をせず勝ってくれることがいちばん。でもこれは羽生の卓越したスキルがあるからこそできることだと、スケート解説者の佐野稔氏は分析する。
「現段階で羽生選手は、ほかの選手のお手本ともいえるような完璧なジャンプを武器に持っています。ルール改正後は4回転の価値自体が下がるとはいえ、出来栄え点という付加価値がつくでしょう」
絶対王者のプライド
リスクを犯すことなく、勝利を手にするだけの実力がある。しかし“絶対王者”はそれをよしとしない。
「トリプルアクセルをコンビネーションジャンプの2番目に跳ぶと、基礎点が減ってしまうんです。しかし、助走なしでトリプルアクセルを跳ぶのは“攻め”にこだわる羽生選手らしさ。それも、演技後半に入れているところにプライドを感じます」(佐野氏)
持っている技に磨きをかけるオーサー氏の作戦と、リスクを負ってでも新しいことに挑戦する羽生の姿勢。
「オーサー氏は周囲に“(羽生の)モチベーションがどこにあるかわからない”と語っていたそうです。あきれているわけではなく、高みを目指し続ける彼の姿勢に驚きの感情を抱いているようでした」(前出・スケート連盟関係者)
2人の衝突は今回が初めてではない。昨年には五輪金メダルの切り札を習得することについても、オーサー氏から“待った”がかかっていた。
「オーサー氏が“4回転ルッツがなくても、世界最高得点は出せるので、危険だからやらないでほしい”と言うなかで、羽生選手はジャンプを成功させましたが、その後のNHK杯で4回転ルッツの練習中に負傷。なんとか五輪出場を果たし、4回転ルッツを封印して2連覇を遂げたのです」(前出・スポーツ紙記者)
今回も、昨季の二の舞いにしたくないという思いがあってのことだろう。
「ただフィンランド大会での満足のいかない演技を経て“今、4回転半ジャンプの練習をしている場合じゃない”と滑り込みを強化しているそう。
ジャンプに成功したところで、ほかの演技がちゃんとできなければ、彼にとって元も子もないですから。改めて挑戦するのは12月の全日本選手権を終えてからになるでしょう。完璧な演技に、前人未到のジャンプが加わるはずです」(スポーツライター)
前出の佐野氏は、「最初に4回転半ジャンプを完成させるのはやはり羽生選手でしょう」と太鼓判を押す。絶対王者の真価は、高い望みのもとに発揮されるのだ。