母国の韓国では“バラードの皇帝”“鼓膜彼氏”と呼ばれ、今年から日本でも本格的に活動を始めている人気歌手ソン・シギョン(39)。バラエティー番組や『テレビでハングル講座』(NHK Eテレ)へのレギュラー出演、東京・日本武道館で和田アキ子が主宰した音楽フェス『WADA FES~断れなかった仲間達』に外国人歌手として唯一出演するなどで、日本でも着実に名前の知られた存在となりつつある。また、『孤独のグルメ 韓国出張編』では、主人公・井之頭五郎に仕事を発注する韓国人社長として日本での俳優デビューも果たした。
そんな彼が、11月21日に日本で約1年ぶりとなるアルバム『君がいるよ』をリリース。タイトル曲『君がいるよ』をはじめ、Crystal Kayとコラボした『愛はなぜ』、山崎まさよしの『One more time , One more chance』、スターダスト☆レビューの『追憶』など10曲が収録されている。
母国と日本を行き来する多忙な毎日を送りつつも、暇を見つけては勉強し、今年8月に日本語能力試験の最高難度(N1)に合格したという彼の、日本への愛が垣間見える、聞きごたえのある内容だ。
今回、シギョンにとってバラエティー番組出演の“先輩”であり、18歳年下の夫が韓国人ということもあり韓国にゆかりのある作家・岩井志麻子(53)との対談が実現。
ふたりだからこそ語れる、日韓の違いとはーー。
岩井志麻子×ソン・シギョン対談スタート
志麻子「お久しぶりです。また日本語がうまくなりましたね」
シギョン「ありがとうございます。何度か一緒に共演させていただきましたね」
志麻子「韓国には、こんな変なおばちゃんのタレントさんいないでしょうから、(岩井さんのヒョウに扮したスタイルを)最初に見たときにびっくりしたでしょう?」
シギョン「そんな、そんな……。ただ、(『有吉反省会』に出演した際に)反省させられたほうが、びっくり、というかタイヘンでした」
志麻子「しかし、ソンさんは韓国ではホンマに“勝ち組”ではないですか。背が高い、イケメン、高学歴、歌が上手……。ファンミーティングにもうかがわせていただきましたが、オリジナルはもちろん、カバー曲も本当に素敵でしたよ。
うちの18歳年下の夫のジョンウオンなんて、学歴はないし、稼ぎは悪いし、浮気者だし……。韓国男性としての長所は身長と“チン長”くらいですから!」
シギョン「“チン長”!? なんとなくわかります。またひとつ、新しい日本語を覚えました(笑)」
志麻子「そんなん覚えないでいいですよ(苦笑)。覚えたといえば、日本に来て「升酒」に感動されたとか。ソンさんはお酒がとてもお好きなんですよね」
シギョン「そうなんです。あれはいいですよね。日本の飲食店て、なんでも細かく値段がついているじゃないですか。お通しはいくら、とか。韓国ではキムチやナムルなどいろいろ出てきますが、注文した品物以外は無料なんですね。でも、日本の升酒は、わざとこぼして、お酒をおまけしてくれるでしょう」
志麻子「確かにそうですね。うちの夫も升酒に喜びましたね。でも、日本って、笑顔で接客とか、おもてなしの心がありません?」
シギョン「うーん、笑顔より、お酒をたくさん飲ませてほしいです(笑)」
志麻子「あと、うちの夫が言ってましたが、韓国には“飲み放題”ってシステムがないんでしょ? 韓国の人はお酒がとても強いから、お店が成り立たないみたいですね」
シギョン「そうですね。昔、何軒か日本みたいな飲み放題を始めたお店があったんですけど、友人と行って呑み尽くしてきました。そうしたらお店がなくなってしまいましたね(笑)」
志麻子「しかしなんで、韓国の人ってお酒がそんなに強いんでしょうね。これまで何人か韓国の男性と付き合いましたが、だいたいが負けず嫌いで、ぐいぐい引っ張りたいタイプの男性も多かった。
今の夫のジョンウオンくらいですよ。甘えてくるのは。まあ、稼がないししょうもないウソばっかりつくんですけど」
シギョン「稼がないでウソをつくなんて、“ジゴク”ですね(笑)。でもそれは、日本特有の“謙遜”でしょう? こうやって何度も話をするくらいだから、本当は好きでしょう」
志麻子「もちろん可愛いですよ……。でも、もうちょっとしっかりしてほしい。私のこの気持ちを、ソンさんに歌にして歌ってほしいわー。
でもソンさんて、日本女性が韓国男性に惹かれるポイントでもある、強気でグイグイ来るタイプの男らしさと真逆の魅力がありますよね。包み込んでくれるような、優しいお兄さんな感じ。歌詞もそうですね。私世代の日本女性たちが10代の頃読んでいた少女漫画に出てくる、憧れの彼みたい」
シギョン「うーん、僕は、本当の男らしさ、というか、人間の魅力って、“俺についてこい”というようなものではないと思っているんですよ。
例えば、この前韓国で番組収録の時に、高いヒールを履いた女優さんが、足元が悪くて歩きづらそうだったんですよ。心配で見ていたんですが、やっぱり段差でころびそうになってしまった。思わず駆け寄って助けてあげたんですが、そうしたらみんなに“シギョンはプレイボーイだな”とからかわれてしまった。
プレイボーイって、ひどいですよね。僕は、いばったりする人じゃなくて、他の人をさっと助けることができる人が、いい意味の強い人、優れている人ではないかと思います。ジェントルマンとして、レディを助けてあげる、ということです」
志麻子「まあ、ほんまに人間ができてますねえ。しかし、“鼓膜彼氏”って名付けた人はすごいですね。夫、ではなく彼氏なのね」
シギョン「光栄です。深夜ラジオのDJをしていたときに付けられたニックネームなのですが、初めて聞いた時は僕もショックでした。聞いたことのない表現ですから」
志麻子「しかし、お店を潰してしまうほどお酒がお好きなのに、なんでそんな美声を保てているのかしらね」
シギョン「韓国人がお酒が強いのは、長い間お酒を飲まないと社会生活が成り立たないことが多かったのもあると思いますね。最近は無理に飲まなくてもよくなってきましたが、目上の人からのお酒は断ってはいけなかったし、お酒を飲んで仲間になれるところがありました」
志麻子「私が初めて韓国に行ったのは、1988年のソウルオリンピックの頃でしたけどね。そのころはソンさんみたいなこんなおしゃれでかっこいい男性はいませんでしたよ!
男臭い男性ばっかりで、お店で“コンベー(乾杯)”“コンベー”って、何度も何度も乾杯していたのがまず印象に残ったんですよ」
シギョン「僕そんなにかっこよくないですよ、今太っているし(笑)。僕のふだんの恰好は“コンベー”“コンベー”言ってた人たちのほうに近いはずです(笑)。
日本人は乾杯を1度きりですよね。韓国で何度も乾杯をするのは、日本人には不思議に思えるかもしれませんが、文化の表れなんだと思います。
ひとつの鍋や料理をみんなでつついたり、何度も乾杯して同じ量だけお酒を飲むということで、家族になった、仲間になった、と考える文化があるんです。でも、今はお酒をそこまで(強要)しませんから、安心してください」
志麻子「そうなんですよ。だいぶ慣れてきましたけど、韓国人と日本人は、他人との距離の取り方が違いますよね。日本人は仲良くなっても距離を取るけど、韓国の人はぴったりくっつく感じですよね。
韓国の人って、家族や友達が席を外しているときにその人の携帯が鳴ったら、代わりに電話に出たりするでしょう」
シギョン「それは韓国では仲良くなった証拠なんですよ。でも、韓国でもやらない人はいます。
つき合っている彼女が携帯を触られるのが嫌なのなら、触りません。でも、触られることで仲良くなったと思う人も多いです」
志麻子「日本では、知り合いがいる土地に旅行をしても、その近所に泊まることのほうが多いですけど、韓国はその知り合いの家に泊まるのが普通ですよね。
前にうちのジョンウオンが、日本に来た友達10人を、わが家にいっぺんに泊めたんですよ! びっくりしたわ! ジョンウオンが言うに、ホテルに泊まるなんて友達じゃない、友達なら一緒にいないといけない、と」
シギョン「それは、韓国特有の“情(ジョン)”という考え方なんですね。これは、日本の“わびさび”みたいに、そこに生まれ育った人ではないとなかなか理解できない感情の1つだと思います。
それだけでなくて、韓国には“嫌情(ミウンジョン)”という考え方もあって、恋愛みたいな“好き”という気持ちはないのだけど、会いたくなる、会っておかなくてはならない、といった感情もあるんです。こういった“情”は、一度持ったらずっと続くんです。
だから、韓国人は“熱い”といわれるのかもしれません。岩井さんは、ジョンウオンさんに対して“嫌情”なんじゃないでしょうか」
志麻子「おもしろいですね。初めて知りました。私にとって韓国という国も“嫌情”なのかもしれないです。いろんなアジアの国は純粋に“好き”の気持ちで行くのだけど、韓国はね、いくら男に裏切られても行ってしまうのですよ。
ジョンウオンはね、私のこと“オンマ(お母さん)”と呼ぶんですよ。昼も夜も。それは何とかしてほしいわー」
シギョン「それは……。ちょっと変ですね……」
志麻子「韓国は、夫婦や恋人同士の間に、いろんな呼び方があるでしょう。さすがにうちは“オッパ(年下の女性が年上の男性や夫に対して使う)”はムリだし」
シギョン「そうですね。反対に日本では旦那さんのことを“主人”と言うでしょう。日本の謙遜の文化が表れていると思いますが、韓国ではありえないですね。
“チャギア(私の彼氏、私の彼女)”と呼んでもらったらどうですか? 岩井さんは“エギア(年上女性が年下男性に対して使う)”と呼んだらいいのでは?」
志麻子「それって“ダーリン”とか“ハニー”とかいう感じですよね。恥ずかしいわー」
シギョン「韓国では全然恥ずかしくないです。日本人はあんまり感情をその場で出さないし、いろいろ細かい。“少々お待ちください”と言われて15分くらい待たされる。あと、“検討します”“考えておきます”って、NOのことですよね(笑)」
志麻子「日本人はなんでもはっきり言わないのが美徳ですからね。しかしほんとに日本語をよく知ってますね」
シギョン「でも、その違いが楽しいじゃないですか。いま『ハングル語講座』に出演させてもらって、日本語も勉強して……と、これまでの人生にないくらい言葉に向かい合っているのですが、言葉を学ぶと、その言葉を使っている人たちの気持ちもわかってくるんです。それがすごく楽しい。日本語をしゃべっているときの僕は、いつもより日本人ぽい考え方になるなあと自分でも思いますね(笑)」
志麻子「確かに私も韓国語を使っていると、韓国の人の気持ちがわかるような気がしますね。文化を学ぶのも大切だけど、単純に言葉を学ぶことって、お互いの感情を分かり合うのに本当に大事ですね。とはいえ、ソンさんのお歌のうまさは世界共通だと思うけど」
シギョン「今度一緒にお酒を飲みに行きましょう。日本式の挨拶ではなくて、本当に行きましょう(笑)」
志麻子「ぜひぜひ。どのあたりがいいのかしら。私は新大久保の近くに住んでいるので、そこのコリアンタウンはいかがですか?」
シギョン「いや、もっと日本らしいところがいいです(苦笑)。そうそう。韓国の食べ物は身体にすぐ効くものが多いですが、サンナッチという、生きたタコを食べる料理は、岩井さんがお好きな話だと思いますが、肌によくて、夜のパワーになると言われています」
志麻子「サンナッチを食べたソンさんを見てみたいわー」
シギョン「(苦笑)。反対に、僕が岩井さんを日本のおいしいお店に連れて行ってあげたいです。東京の鶯谷に、とてもおいしい鶏料理を出すお店があるんですよ。『孤独のグルメ』にも出たお店です。昼間からお酒が飲めます」
志麻子「鶯谷ですって! そんなディープなところ……。何度も言うようだけど、こんなになんでもできて、私より日本に詳しいなんて、なんかずるいわあ」
<プロフィール>
岩井志麻子
1964年12月5日、 岡山県生まれ。高校在学中の1982年、第3回小説ジュニア短編小説新人賞に佳作入選。少女小説家を経て、1999年『ぼっけえ、きょうてえ』が選考委員の絶賛を受けて、日本ホラー小説大賞を受賞。2000年には同作で第13回山本周五郎賞を受賞。 2002年に『trai cay (チャイ・コイ)』で第2回 婦人公論文芸賞受賞。半生を赤裸々に語るトークや“エロくて変なオバチャン”を自称する強烈なキャラクターが注目を集めている。『5時に夢中!』(TOKYO MXほか)、『有吉反省会』(日本テレビ系)にレギュラー出演中。
ソン・シギョン
1979年4月17日生まれ、186センチ、A型。2000年韓国でデビュー。翌年の各種新人賞を総なめに。これまでのアルバムのセールスは通算で200万枚以上。韓国を代表するバラード歌手であり、マルチタレント。2018年4月から日本でも本格的に活動を始動。バラエティー番組への出演や、『テレビでハングル講座』(NHK Eテレ)にレギュラー出演中。公式サイト http://sungsikyung.jp/
『ソン・シギョンJAPAN CONCERT 2018 “君がいるよ”』公演日程
■神奈川:パシフィコ横浜 国立大ホール
2018年12月28日(金) OPEN 18:00 / START 19:00
■大阪:グランキューブ大阪 メインホール (大阪国際会議場)
2018年12月29日(土) OPEN 17:00 / START 18:00