シリーズ累計58万部を突破し、11月には北川景子主演で映画化された『スマホを落としただけなのに』がデビュー作。恋人がスマホを落としたことが端緒となり自分の人生が狂わされるという日常と背中合わせの恐怖を描いている。発刊当時には、日本国内に向けて情報セキュリティーへの取り組みや注意喚起等の情報を発信する内閣サイバーセキュリティセンターのSNSでも紹介された作品だ。
書くまでは、LINEやツイッターもろくにやっていなかった
シリーズ第2弾となる『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』は、前作の個人情報の脅威から情報化社会全体の脅威へとスケールもグレードアップさせ、ホワイトハッカーvsブラックハッカーの戦いを描く。前作に続き私たちの生活に潜む見えない危機に対して警鐘を鳴らしている。
著者の志駕晃さんはデビュー作刊行当時、ニッポン放送に勤務し、これまでに『オールナイトニッポン』などのさまざまな人気ラジオ番組を制作したディレクターでもあった。
2作品ともにスピード感あふれる怒濤(どとう)の展開で読者を飽きさせることなく、ぐいぐいとストーリーに引き込んでいく。まず驚かされるのがその圧倒的な情報量だ。IT情報関係の専門用語も多用しているため、志駕さん自身もIT情報関連に明るいのかと思いきや、実際はSNS関連の知識にも乏しかったと振り返る。
「デビュー作を書くまでは、LINEやツイッターもろくにやっていませんでした。作中に“ランサムウエア(コンピューター・ウイルスなど悪質なソフトウエアの一種)”や“闇ダークウェブ(サイバー犯罪者たちが跋扈(ばっこ)する闇の空間)”というのが出てきますが、それも執筆中に調べて知ったくらいなんです」
自分の得意分野の知識を基に小説にするスタイルではなく、“調べて書く”を基本としているという。このため読者が聞きなれないIT・ネット用語も本文内で、話の流れを止めることなくわかりやすく説明してくれ、読みやすい。『スマホを落としただけなのに』の着想も知識ありきではなく、スマホを落とした実体験がきっかけだった。
「私の場合は、最終的に警察やタクシー会社で見つかりましたが、スマホを落とすという経験は誰しもあるものです。それを悪用したらどうなるか……という着想からはじまり、もうあとは犯罪者の気分になって書き進めました」
情報量とともにたたみかけてくるスピーディーな展開も本シリーズ、志駕さんの作品の特徴だが、これはラジオのディレクターとして番組制作に携わった経験が大きく影響しているという。
「ラジオ業界でよく言われるのが、“人間の集中力は3分しかもたない”ということ。ですから3分の中に、必ずつかみからオチまで入れて、すぐに曲にいく。そうじゃないとリスナーは聴いてくれないのでは……という恐怖心があるんです。これはラジオマンの宿命でしょうね。それが作風にも出ているのではないかと。わたしの作品を1冊読んだら10冊くらいの知識を読者に得てほしいと思い、意識的にさまざまな情報をどんどん放り込んでいるんです。そうでなければ読者が飽きるのではないかという思いが常にあるんです。展開の早さについても同じです」
“いまを書く”ことを信念に
シリーズ第2弾となる『囚われの殺人鬼』だが、実はシリーズ化の予定はまったくなかったという。
「1作目が映画化されて、周囲からシリーズ化の話が出てきたときは、無理だよ!と正直思っていました。1作目ですべて完結していると思っていましたし、そのつもりで書き上げましたから」
それでも周囲からの熱い期待(!?)や構成のアイデアなどを聞くうちに「これなら書けるかな」と気持ちが切り替わった。映画の公開中ということで詳細は割愛するが、第1作とのつながりはあるものの『囚われの殺人鬼』は単体としても十分に楽しめるサイバー・サスペンスとして仕上がっている。内容にもリアリティーがあり、現実社会で実際に話題となった事件や人物がストーリーに登場する。これは現実の出来事をモデルにしたもの?
「いや、まったくの偶然だったんですよ。執筆中に事件が起こり、ニュースや周囲からの情報を聞いて私自身も驚きました。それと同時に、“いま”が書けているな、という思いもありましたね」
志駕さんが作品づくりで、今後も含めて信念にしているのがこの“いまを書く”ことだという。しかし、時代は進んでいくため“いまを書く”ことは後年、作品に“古い”印象を与えると指摘する声もあり、リスクも伴う。
「約20年前に宮部みゆきさんが書いた『火車』は、カード社会の多重債務者、自己破産者を扱ったミステリー小説ですが、これも当時の“いま”が題材。でも、この作品を今日、読んだとして決して古さは感じない。その時代の社会問題をあのタイミングで書いたことに意味があると思います」
また、“いまを書く”ことで、久しく小説を読まなかった人々が興味をもち、一気に読んだ、という感想が数多く寄せられたことにも目を細める。
今後も私たちが生きる“いま”をテーマに、読者が飽きることのない怒濤の展開を繰り広げるエンターテイメント小説を提供したいと語ってくれた。
ライターは見た! 著者の素顔
絶賛公開中の映画『スマホを落としただけなのに』の感想を聞くと、「小説とはまた違った形ですが、よくできていました。主人公こそ北川景子さんのイメージはあったのですが、恋人役の田中圭さんはじめほぼ出演者全員が私のイメージにピッタリ。初めて北川さんにお目にかかったとき、髪の毛を黒のストレートに変えてらして驚いたのですが、よくよく考えれば、自分が書いた主人公が黒のストレート! 『あの北川景子が主人公に合わせてくれたんだ……』と感慨深いものがありました(笑)」
しが・あきら◎1963年生まれ。神奈川県横浜市在住。明治大学商学部卒業。ニッポン放送入社後、ラジオ番組制作に関わる。担当番組は『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』『ドリアン助川の正義のラジオ ジャンベルジャン』『中居正広のSome girl'SMAP』など多数。宝島社主催・第15回『このミステリーがすごい!』大賞の「隠し玉」として『スマホを落としただけなのに』で作家デビュー。『スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼』はシリーズ第2作となる。
(取材・文/松岡理恵)