あの三谷幸喜さんが、またもや仕掛ける。
完全オリジナルのミュージカルを手がけるのだが、ただの和製ミュージカルで終わりそうもないのだ。なんとタイトルは『日本の歴史』。
卑弥呼の時代から太平洋戦争まで、実に1700年にわたる物語をぎゅっと2時間半にまとめて歌と踊りで紡ぎ、精鋭キャストの7人が50以上の役を演じるという。
できるんです、やっていいんです!
そんなこと、できるんでしょうか、川平慈英さん?
「できるんです! なぜならミュージカルだから、って三谷さんもおっしゃってます。これちょっと川平慈英調ですよね。“できるんです、やっていいんです!”(笑)。
僕自身のことでいえば、中学・高校時代は日本史に対して拒絶反応がありました。もともと歴史に興味がない。過去をどんどん捨てていく男なので(笑)。
でもね、歴史に精通していなくても、この物語は面白いんです。歴史の話というより、人間の話ですから。
歴史上の事柄がどーんと舞台上から押し寄せてくるんだけど、人間の生きざまとかドロドロとした感情、結局は人間って同じことを繰り返しているんだな、というドラマが繰り広げられるんです。
そこに、三谷さんならではの伏線がちりばめられていて、それが最後にどうなるか? 乞うご期待です」
ムムッ?
三谷さんとはやはりオリジナルのミュージカルだった『オケピ!』で初タッグを組んで以来、ニューヨークで初演の幕を開けた『Talk Like Singing』、『ショーガール』などで厚い信頼関係を築いている川平さん。それでも今回はとにかく、驚くことが多いのだそう。
「最初に台本を読んだときは“ムムッ? これ、いったいどんなエンターテイメントになるんだろう?”って思ったんですよ。
“三谷さん、いままでにない引き出しを開けてきたんじゃないかな”と。僕らの知っている三谷さんといえば、危機的状況に陥った人々がどんどん追い込まれていくシチュエーション・コメディーでしょ?
でも今回は、そういうドストライク・ゾーンじゃない。でもこれが、稽古場でどんどん面白くなっています」
川平さんは、約10もの人物を演じることになる。
「10役というのは時代も老若男女も問わず、変身、ワープしますよ。
“僕がこれやるの?(笑)”という役までね。それは全員同じ。あえて予想を裏切るくすぐり方をしてきます。“(中井)貴一さん、これやっていいのかなぁ?”とか。
もう僕ら7人、いったん始まったら楽屋へは戻れません。着替えているか、舞台上にいるか。見ている人は驚くでしょうけど、出ているほうも“え? 今ここにいる僕が、このタイミングであそこから出る!? 無理でしょ!!”みたいな(笑)。
僕がふたりいないと無理だから、出てくるのは博多華丸だったりして(笑)。それくらいマジカルな、デヴィッド・カッパーフィールド的なことをやるようですよ」
川平さんは今回「歌以上に、芝居を求められている」という。
「この作品でいちばんの目玉は、貴一さんが初ミュージカルで新たな魅力爆発、という点だと思うんです。その貴一さんと僕、ふたりっきりでいいシーンがあるんですよ。
日本史の中のある時代なんですけど、貴一さんは翻弄(ほんろう)されるほうなんです。僕がたぶん、劇場内でいちばん楽しんでいるんじゃないかな、お客さんを差し置いて(笑)」
僕のピッチでありフィールド
いままでにないミュージカルを作ろうという現場には「生みの苦しみと楽しさ」がいっぱいだ。
「“相当、実験的なことをやってるな”という実感はありますね。だから薄氷の上を歩くような怖さもあるんです。“これ本当にウケるのかなぁ”って。
でも、三谷さんは永遠の演劇アイデア少年だから、僕らの稽古を見て、突然いろいろぶっ込んできています。
目をキラキラさせて“ジェイさんそこ、こうやってみて” “えっ!?”みたいなね。誰にも言わずにやらせるから、みんな“えっ!”ってなる(笑)。
幕が開いたときにどうなっているのか、まったくわからない。だからこそ楽しさが格別なんですよ。顔合わせの日に、音楽の荻野清子さんが言ったんです。“このミュージカルが新しい日本の歴史になればいいな”って。
僕が“清子ちゃん、ナイスなコメント、そうとう家で考えてきたな”って言ったら、“そんなこと言うな”ってみんなに怒られましたけど(笑)。
日本ミュージカル史の、エポックメーキングにしなきゃいけないと思ってます」
この作品が、106本目の舞台作品になるという川平さん。「俳優・川平慈英の歴史にも深く刻んでいかないとね」と意気込む。
「テレビの影響は大きいから、僕をサッカーの人とかタレントって認識している人も多いと思います。でも最後は俳優として、日本演劇史の1ページに川平慈英という名前を刻みたいんです。
僕にとってミュージカルは、なくてはならない元気の源。いちばんの喜びを感じるし、お客さんとの交流ができる。僕が僕であることをいちばん実証できる、最高のツール。僕のピッチでありフィールドなんです。
だから今回も、そこでめいっぱい輝きたい。そして70歳か80歳になったとき“この作品で歴史を作ったね”なんて、仲間たちと同じ老人ホームで、お茶をすすりながら語れたらいいなぁ」
■ミュージカル『日本の歴史』
演劇界および映画界の奇才と呼ばれる脚本家・演出家の三谷幸喜が、古代から太平洋戦争までの1700年を舞台に紡ぐオリジナル・ミュージカル。この作品で中井貴一が初めてミュージカルに挑戦! そのほか、香取慎吾、川平慈英、シルビア・グラブ、新納慎也、秋元才加、宮澤エマという最強の7人が50人以上の人物に扮し、ミュージカルの常識を覆す!? 12月4日~28日 世田谷パブリックシアターにて、2019年1月6日~13日 梅田芸術劇場 シアター・ドラマシティにて上演。当日券あり。
公式サイト http://www.siscompany.com/mitani/
かびら・じえい●1962年9月23日、沖縄県生まれ。大学在学中にミュージカルで俳優デビュー。歌・ダンス・芝居と三拍子そろった実力で舞台を中心に活躍しながら、サッカーキャスターとしても人気者に。出演作に舞台『雨に唄えば』『Shoes On!』シリーズ、『オケピ!』『趣味の部屋』など。テレビ『ちりとてちん』『表参道高校合唱部!』『コレナンデ商会』など。映画『THE 有頂天ホテル』『手をつないでかえろうよ』など。来年11月には'17年に大好評を博した主演ミュージカル『ビッグ・フィッシュ』が再演予定。
(取材・文/若林ゆり)