ジョニー・デップが、苦境に立たされている。
スキャンダルに悩まされ、ヒット作に恵まれない状態が続く中、ついに『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの主役をはずされてしまったのだ。
1作目のストーリーにたずさわった脚本家スチュアート・ビーティがイギリス紙「Daily Mail」に語ったところでは、ディズニーは新しい俳優でシリーズをリブートするつもりだそうである。
ディズニーから見捨てられたジョニー・デップ
1作目のときからデップは「この役は、これから何度でも演じていきたい」と、ジャック・スパロウへの愛を語っていた。ディズニーにとってもそれは大歓迎で、映画はこれまでに5本作られている。
だが、興行成績は2作目『デッドマンズ・チェスト』をピークに毎回下がり、昨年の『最後の海賊』の北米興行成績は1億7200万ドルと、2億3000万ドルの予算をかけた大作にしてはがっかりの結果に終わった。
4作目と5作目の間にも6年空いているのだが、シリーズ最低の数字が出たのを見て、ディズニーは、この貴重なヒット作を今のまま続けるわけにはいかないと判断したようだ。
もちろん、デップを責めるのはフェアではない。基本的に、シリーズ物はいつか飽きられる運命にあるもの。だから、ジェームズ・ボンドにしろ、スパイダーマンにしろ、演じる俳優は代替わりしていくのである。
それに、そもそも1作目が大成功したのも、デップの功績が大きかったのだ。インディーズに出ている個性派だった彼が、ロックミュージシャンのキース・リチャーズから多くのインスピレーションを得て作り上げたこのキャラクターが、ディズニーランドのアトラクションをテーマにした映画で暴れ回るというのが、実に新鮮だったのである。
ビーティは、「彼は長い間よくやってくれた」「この役で彼はずっと人々の記憶に残るだろう」とも語った。まさにそのとおりだが、デップ本人にしてみたら、そうあっさり割り切れないはずである。
キャリアは下り坂、私生活もボロボロ
2015年のトロント映画祭での記者会見で、デップは、「興行成績は、僕にとっても最も関心がないこと。この仕事を始めた19歳のときから、ずっとそうだ」と語っていた。
それはおそらく本音だろう。だからこそ彼は、『シザーハンズ』『デッドマン』『ラスベガスをやっつけろ』など、ユニークな映画でキャリアを積んできたのだ。
その頃のデップは、有名ではあるがスターではなかった。2003年の『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』が、彼の立ち位置を突然変えたのである。
ここまでのビッグスターになることを、本人は決して望んではいなかったのだが、そこからの6年ほどは、彼のキャリアの黄金時代となった。
『チャーリーとチョコレート工場』『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』『アリス・イン・ワンダーランド』などはいずれも大成功。毎回違うルックスになることは、デップのクリエイティビティを満たしてもくれている。
一方で、『ネバーランド』『パブリック・エネミーズ』などシリアスな映画では、演技力を証明した。この間に、彼は、3度のアカデミー賞候補入りを果たしている。『ツーリスト』だけはアメリカでこきおろされたものの、それくらいの失敗は可愛いものだ。
その間、彼のギャラもインディーズ時代よりずっと上がった。高いギャラをくれるのは、客を呼んでもらえると思われているからで、そこには新しい責任が加わる。なのに彼は、2012年以降、『ダーク・シャドウ』『ローン・レンジャー』『トランセンデンス』など、期待された主演作を、ことごとく失敗させてしまった。
ここ3年は、さらにひどい。6000万ドルをかけた『チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密』(2015)の北米興行成績はわずか700万ドル、1億7000万ドルをかけて製作された『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』(2016)も、たった7700万ドルで、大損だ。
カメオ出演だから一緒にするのはかわいそうではあるが、アンバー・ハード主演の『London Fields』は、訴訟問題で3年経った今ようやく公開された揚げ句、拡大公開作としてはアメリカで史上2番目に低いオープニング成績だった。
さらに今年、北米公開予定だった『City of Lies』(製作中は『LAbyrinth』と呼ばれてきた)は公開中止になっている。とにかく、ひとことで言うなら、デップはスランプにはまってしまっているのだ。
そうやってキャリアが下り坂になっても、お金の使い方は変わらなかった。それがさらにイメージダウンという追いうちをかけることになる。
現在、デップと訴訟し合っている元ビジネスマネジャーによると、デップが月に使うワイン代は3万ドル、ボディガード代は月15万ドル、プライベートジェット代は月に20万ドルとのこと。
ビジネスマネジャーが必死に止めても借金をしてさらに家を買い、南フランスの家を手放すように言っても手放さない。訴訟となったのも、ビジネスマネジャーが貸した金をデップが約束どおり返さなかったことから、契約に従い、担保だった家を売って返済してもらおうとしたのが発端である。
どちらが悪いのか、まだ裁判の決着は出ていないが、こういう話にいい印象をもたらさないのは、言うまでもない。
ようやく「復活の兆し」が見えてきた?
だが転機は、すぐそこに来ているかもしれない。彼の次回作は、今月公開予定(日本では11月23日公開)の超大作『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』。『ハリー・ポッター』のスピンオフであるシリーズの2作目で、ヒットが期待されているのだ。
デップは助演ではあるが、役柄は英語版の副題(『The Crimes of Grindelwald』)にも出てくるグリンデルバルドで、いくつかあるポスターの中には、彼が中心に立つものもある。お得意の変身ぶりも発揮できるこの役で、観客は、彼ならではの魅力を再確認してくれるのではないだろうか。
だが、日本の観客としてはもっと気になる作品がある。来年、日本でロケ開始が予定されている『Minamata』だ。デップが演じるのは、暴力を受け、カメラを壊され、片目を失明させられても、水俣病の取材を続けてはその実態を発表したアメリカ人写真家ウィリアム・ユージン・スミス。
実在の勇敢な人物を描くものとあって、うまくいけば、4度目のアカデミー賞候補入りにつながるかもしれない。
デップは、現在55歳。女優と違い、男優には厳しい賞味期限がないが、それでも歳を取るにつれ、映画の中で演じる人物像は、変わっていくものだ。デップのジャック・スパロウをまだ見たかったという人は多いに違いないものの、今、彼はきっと変化の流れの中にいたのである。
『パイレーツ』に出る前と出てからに分かれていた彼のキャリアは、これから、『パイレーツ』を去った後のステージを迎えることになった。それはいったい、どんなふうに展開していくのだろう。
彼のことだから、また、誰もがびっくりするような役をやってくれるのではないだろうか。ジャック・スパロウをいちばん代表的なキャラクターと呼んでしまうのは、まだ早いかもしれない。
猿渡 由紀(さるわたり ゆき)◎L.A.在住映画ジャーナリスト 神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。