第11回 小林麻耶
今年の8月に芸能界引退を発表した元フリーアナウンサー・小林麻耶さんの初の著書『しなくていいがまん』(サンマーク出版)が売れ行き好調なようです。
すべての人に愛されるため、がまんを重ねてきた麻耶さんが考える「しなくていいがまん」。最後にはご主人と巡り合うという素晴らしいオチがついています。麻耶さんと同じように、日常生活で自分を押し殺すクセがある女性たちに響いたのでしょう、発売後わずか数日で増刷が決まりました。
本書は「しなくていいがまん」とは何か、どうやってそれらをやめたかについて、麻耶さんの体験を元に書かれています。考え方そのものは人気カウンセラーがよく言っていることなので、それほどの目新しさはありません。それよりも私が思ったのは「本当にここに書いてあることで、がまんがやめられるのか?」なのでした。
麻耶さんは「ほめられること」を求めてしまうため、つい「しなくていいがまん」をしてしまうタイプです。具体例を挙げると「みんなの役に立ちたい(そしてほめられたい)」と思い、その結果、がまんをしてしまうわけですが、それをやめるために「人に認めてもらう前に、自分で自分を認めてあげよう」と書いています。しかし、いかにして「自分で自分を認めてあげる」のかについては、触れられていないのです。
麻耶が抱える本当の問題
麻耶さんは「しなくていいがまん」をしてしまうことが問題だと思っているようですが、本当の問題は「なぜ、そんなにほめられたいのか」なのだと思うのです。一般論で言えば、誰でもほめられればうれしいでしょう。しかし、ほめられることが“結果”ではなく、“目的”であるのはちょっと幼すぎやしませんか? 私に言わせると、オトナになっても「ほめられるために」生きている人は、悪い意味で“ヤベェ女”なのです。
麻耶さんはプロローグで「『がんばっているよね。ありがとう』という言葉が、ボーナスよりもずっと嬉しいという人も、珍しくありません」と書いており、麻耶さんの周囲には、“ほめ言葉>おカネ”という価値感を持っている人がいることを明らかにしています(ちなみに私ならほめ言葉よりもボーナスがほしいですし、ほめるくらいなら、ボーナスを上げてほしいです)。
麻耶さんはほめ言葉をほしがる理由を「そのままの自分に自信がないから」と自己分析していました。人の役に立っている自分なら、存在価値があると思えるからでしょう。
しかし、ここには優等生ならではの“甘さ”があるように私は思います。それはほめ言葉が真実だと信じて疑っていないのです。
こういう時は、逆の立場から物事を見ると、冷静に考えられるようになります。もしあなたも麻耶さんのようにほめられたくて仕方ないタイプであれば、どんな時にどんな気持ちで、あなたが他人をほめるのか考えてみればいいのです。
人が人をほめる時は、以下のようなパターンがあります。
(1)心からの賞賛
オリンピックの金メダリストなど、点数や数字で表せる競技で高得点をたたき出し、トップに輝いた人は、惜しみない賛辞が贈られるでしょう。ただし、このほめ言葉はその結果を出した時限定なので、周囲はそのうち忘れていきます。
(2)角を立てたくない
職場の部下や後輩の仕事の出来がいまいちでも、特に問題があるわけではないので「がんばっているよね。ありがとう」と言ったことはありませんか? オトナの世界では角が立たないように「とりあえず、ほめておく」場合もあります。
(3)お金が介在する
先輩にもらったお土産のお菓子がいまいちな場合でも、わざわざ買ってきてもらったものに「おいしくないです」と報告することは、まずないでしょう。お金を使ってもらった側の気づかいです。
(4)関わりたくない
仕事で問題を起こしがちな後輩がいるとします。その後輩に相談された場合、面倒くさいので「よくがんばってるよ。大丈夫だよ」とほめたふりをして逃げることもありえます。
(5)特に話すことがない
たとえば、女性同士で話題に困ったときに、「とりあえず相手の持ち物をほめる」ということがあります。場を和やかにするためです。
(6)見下し
これはレアケースですが、自分より下の人を「がんばっていて偉い」というようにあえてほめることがあります。見下しているから、優しくなれるのです。
(7)下心がある
ほめるべき結果がなくても、相手に好意や下心があると、ほめたくなります。
上記のセブンルールでもわかるとおり、ほめ言葉は必ずしも純粋な賞賛を意味するとは限らないのです。だとすると、嘘かもしれないほめ言葉を必死に求めることは無意味だと思いませんか? 本当にあなたが評価されているのなら、具体的な行動(昇進、抜擢など)に現れるはずです。
もう1つ、「ほめられたがり」のヤベェ点
「自己評価が低いので、ほめられたくてがんばってしまう」と自称する人はネットの世界にもたくさんいて、だからこそセラピーの類いが繁盛するのでしょう。そういったものを否定する気はありませんが、反対の立場から物事を見る、つまり客観性を磨いたほうが、おカネもかからず、一瞬にして心がラクになるのではないかと私は思います。
もう1つ、麻耶さんの書籍には「ほめられたがり」のヤベェ点が表れているように感じました。麻耶さんは交際0日婚を果たしたご主人のことを「麻央ちゃんに似ている」と書いています。よく意味がわかりませんが、最愛の妹さんに似ているということですから、ほめ言葉なのでしょう。
ここでまた立場を逆にする“客観”をやってみましょう。女性のみなさん、配偶者に「キミは亡くなった弟に似ている」と言われてうれしいですか? おそらく否でしょう。私はオトコじゃないし、身代わりでもないと思うはず。自分はほめ言葉が欲しくて泣いたり叫んだりする割に、他人に対しては案外、無神経。これがほめられたがりな人のヤベェ部分です。
結婚は自分の人格を変えるチャンスとも言えます。違う価値観の人と暮らすことで、自分の価値観もいつのまにか変わっていくのです。夫君との生活で健康的になった麻耶さんが、新たな姿で私たちの前に現れることを祈っています。
プロフィール
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に答えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。他に、男性向け恋愛本『確実にモテる世界一シンプルなホメる技術』(アスペクト)。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」。