“抑制の演技”に苦慮。鏡チェックで役作り
「ドラマは30年ぶりくらいで、自分でもびっくりするくらい初々しいです。撮影現場では(慣れない俳優業に)オロオロすることも多く、何より共演者の足を引っ張っちゃいけないという気持ちが強いです」
こう話すのは、フリーアナウンサーの古舘伊知郎。1988年に同局『殺したい女』に出演して以来で、民放連ドラでの本格的な演技は今回が初めて。2015年に好評だった『下町ロケット』(TBS系 日曜夜9時~)の続編に、主演の阿部寛扮する佃航平率いる佃製作所のライバル会社ダイダロスの社長、重田登志行役を演じている。
重田は、帝国重工の的場(神田正輝)によって、父の代からの会社を倒産に追い込まれ、虎視眈々と復讐の機会を狙っていた。
第2章“ヤタガラス編”のキーマンのひとりで、監督からは“抑制の演技”を求められているという。
「例えば、意外な事実を知らされる場面で、怒りで髪をかきむしった後に笑う演技。監督に“指先にすべての怒りを込めて”と言われたけれど、どうしても頭皮マッサージみたいになってしまう。笑うときは“ヨダレをたらすくらいの勢いで”と指摘され、テストではできても本番ではダメだった。でも監督からは“ヨダレはおまけだから”と、無事にOKになりました。
何度やってもOKが出なかったのは、怒りに燃える重田が歩いていくシーン。口を真一文字に結び、復讐に燃えているけれど、目はとろんとして怒りを抑え込んでいるというのができない! あまりの難しさに、“次の回で、いっそ重田を殺してくれないかな?”と思うほどでした。そんな難しさも含めて、演じることは面白いです。気は早いけれど、重田が好評で、またドラマ出演の依頼が来たら、ぜひお受けしたい!」
演技に邁進する日々で、新しい習慣ができた。
「報道は、笑ってはいけない、泣いてはいけないという縛りがあるんです。笑っていいのは、スポーツや天気、やわらかい街ネタぐらい。ドラマでは喜怒哀楽の表現がありますから、“今日は激高するシーンだから、こんな顔でいいかな?”と役作りのために鏡を見る機会が増えました」
しゃべりの達人が長ゼリフにつまづく
局アナ時代はプロレス実況で鳴らし、報道キャスター時代は、原稿もプロンプターも見ずにニュースを伝えてきたという古舘の得意技は、即興。“重田を実況して”の週刊女性の無茶ぶりには、囲みコラムの内容をスラスラ。
「僕はMっ気があるから、無茶ぶり好きですよ(笑)。自分の言葉でなら、いくらでもしゃべれますが、ドラマのセリフは、一字一句、変えてはいけない。
先日の撮影では長ゼリフにしゃべりづらい箇所があって、何度もそこでつまずき焦りました。その焦っている自分を俯瞰している自分がいることにも驚き、さらに焦る。しかも、しゃべりづらい箇所がもうひとつあったので、はさみうちのようになって、気持ちいいくらい(セリフが)出てこなかったです(笑)」
試練がありながらも撮影は快調で、共演者とはこんなエピソードも。
「伊丹役の尾上菊之助さんとご一緒することが多いんですが、とてもまじめな方です。冗談を言っても“とんでもないことでございます、一生懸命やらせていただきます”と。
阿部さんも面白い方です。以前、僕が司会をしていたトーク番組に出演されたことをまったく覚えていない。説明しても納得せず、噛み合わない。今回が初対面だと思っているんです。
安田顕さんからは“この人(阿部)は忘れるんですよ”と言われました。俳優さんは自分以外の誰かを演じ、終わったら全部捨て去って、まっさらな状態にして、新たな役柄に入っていくんでしょうかね」
連日の撮影を乗り切るためサプリメントやチアシードなどのスーパーフードで体調管理を心がけている。
「良薬、口に苦しっていうでしょう? スーパーフードはおいしいと思わない。嫌いなバルサミコ酢をかけてサラダにして、まずくして食べています。おいしくないから身体にいいと思って食べるのが好きです(笑)」
しゃべりの達人とはひと味違う俳優・古舘の怪演ぶりにもご注目を!
“重田&ドラマの見どころ”を実況!
「さあ、この重田という男はかなり悪辣な手段、メソッドによりまして、人々を追い込んでいく、大企業を丸飲みしようという魂胆でありますが、ただ悪いだけではありません。悪の中に善があります。人には善の中に悪が潜んでいる。あの親鸞聖人が悪人正機説で“善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや”と語ったように、善と悪は表裏一体であります。
いったい重田を貫いている悲しみとは何なのか、怒りの源泉とは何なのか。これを見るだけで楽しい『下町ロケット』であります。
さらに全体を覆っているのはモノづくり大国日本。加工大国日本といわれている時代にありまして、悠久の時が流れて今やグローバリズムの経済となりまして、モノづくりに執念を燃やすというのはいいことなのか。モノづくりに酔いしれていたのは、高度経済成長の時代だけだったのか、そんな疑問符に対して人工知能、あるいはAI搭載型のロボットが労働のかわりをやるというこの時代にありまして、はたして人間の情け、涙とは? モノづくりのエンジニアの執念とは?
その素晴らしい人間性と、私の扮する重田の悪辣ぶりが混然一体と、マーブル状になるところが妙味であります」