寂しかったり、くじけてしまいそうな心に優しく寄り添い、じんわりと温かい気持ちにしてくれるエッセイの紡ぎ手である女優の酒井若菜さん。2013年から今年までの5年半の間にWebマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』と、自身が編集長を務める『marble』に書いたエッセイをまとめた『うたかたのエッセイ集』(キノブックス)を上梓(じょうし)した。
厳選された33編
「ストックしてた原稿が700ページくらいあったので、読み返してみたインスピレーションで◯、△、×をつけていって、後から△を入れるか考えようと思ったんです。
でも、◯だけで書籍になるくらいの量だったので、編集の方に“悩みだすと大変なことになるから、◯をつけたのだけでやりましょう”と提案していただいた感じでした。
『メルマ旬報』の読者は主に男性で、『marble』は女性向けなので、読者層に合う内容を書いていた感覚だったんですけど、読み返してみると、わりと軸は同じだなって自覚しました(笑)」
本書には日々の出来事、旅先での話、不思議な思い出、敬愛するという脚本家の向田邦子さんのこと、そして亡くなった家族についてなど33編が綴(つづ)られている。
世間になじめなかったり、思い悩んでいる人たちのために文章を書いているという酒井さん。書くテーマは毎回どうやって選んでいるのか?
「プライベートでも仕事でも、私はいつも何かしら誰かの悩みを聞いているので、それに答えられるものは何かないかと探している感じなんです。そのときにQ&Aのような“質問◯◯、答え□□”とやると芸がないかなと思って。
エッセイとして間接的に答えることで、その内容が悩んでいる子にとっての解決の糸口になるといいな、と思いながら書いているんです」
自分の体験や思っていることを書きたい
当の酒井さんは、とてもさっぱりとした性格なのだそう。
「私、もともと承認欲求が極端に低いんですね。何かを伝えたいという欲もない。だから誰かの悩みに答える比喩(ひゆ)として、自分の体験を書いているだけなんです。
例えば浮気されている女の子から相談されたら、“じゃあ別れればよくない?”で終わっちゃう可能性もあるんです(笑)。
でも、その子の思いに真剣に答えるために自分の似た経験を引っ張り出して、“あのときの元彼の発言は、本当はこういう意味があるかもしれない”みたいな感じで、そこを探って書いていく。
文章を書くからそうやって感情を引っ張り出すけど、普段の私とは違うので、読んだ方からよくギャップを持たれます(笑)」
本書のカバーは酒井さんが「すごく大好きで、ずっとお仕事させていただきたかった」というイラストレーターの宇野亞喜良さんによるもの。
「もうひとつ書籍の企画があって、それで宇野さんとご一緒できたらと編集の方と話していたんですけど、このエッセイを先に出すことになって。
保留になった企画がいつ実現するのかわからないし、自分の感覚では宇野さんと今お仕事したいという気持ちが強かったので、思い切ってお願いしてみたんです。そうしたら即答で承諾してくださって。うれしかったですね!」
宇野さんは原稿を何本か読み、打ち合わせをした際の印象でこの表紙の絵を描いてくれたそう。さらに、その打ち合わせの帰り道で、タイトルも決まった。
「もともと『うたかた』というフレーズは頭にあって。宇野さんに“タイトルって考えているの?”と聞かれたとき、とっさに『うたかた』が出てきたんです。
いくつか候補があったのに、その言葉が出たということは……と、運命的なものを感じて決定しました」
本は自分の分身であり、嫁がせる“娘”
本は自分の分身で、みなさんのところへ嫁がせる娘と話す酒井さん。本書の楽しみ方を教えてくれた。
「基本的には1日で一気に読んでほしいとは全然思っていなくて。読まなきゃいけない義務感みたいなものを持ってほしくないんです。
だから“今日は1ページだけ”とか“今日はこの話だけ読もう”とか、気軽に読んでいただけたらいいなって思います。1冊読み通そうと思うとつらくなりますしね」
今後はどんなものを書いてみたいのか? その胸中を尋ねてみると……。
「ライトなエッセイになっていく感じはしてますね。年を重ねれば重ねるほど、ふざけられそうな気もするし。
堅苦しい大人よりも、ちょっとふざけている人が書くエッセイのほうが、読んでて楽しいんですよ。私が大好きな向田さんにしても、阿川佐和子さんにしてもいい意味で軽さがありますよね。
年を重ねてあんまりまじめなことばかり書いてると、説教っぽくなってくるじゃないですか(笑)。それは避けたいな、って思ってるんです」
ライターは見た!著者の素顔
本書収録の『ツララ』は「私はモネが好きだが、モネを好きな男性はいまいち好きになれない。勝手な言い分」という書き出し。その真意を聞いてみると……。「それは訂正したいです!
モネを好きな男性って繊細というか、ピュアすぎて傷つけちゃいけない、と当時思ってたんですかね。配色が女性的だからかな……今はそんなこと思ってないです(笑)」
(取材・文/成田全)