近年、まるで姉妹のように見えるお母さんと娘さんがいて、驚かされることがあります。外見が若々しいお母さんが増えてきたということなのでしょう。
これが単に見た目だけのものであれば、とくに気にする必要はないのですが、もし精神的な部分まで母娘そっくりとなると、娘さんの健全な成長に影響が出てしまう懸念があります。
依存関係に陥りがちな擬似姉妹
私は都内にある鷗友学園という中高一貫教育を行う私立の女子校で、校長職を含め44年間勤務してまいりました。多くの女子学生、そしてその母親と接するなかで、近年気になっているのがこの「擬似姉妹」と呼べる母娘の関係です。
たとえば母も娘もお互いに、「若くて素敵なママ」「私に似たかわいい娘」と感じ、洋服を交換したり、一緒に買い物に行ったりします。「友達といるよりも母親と遊ぶほうが楽しい」と感じている子もいます。
母親は「私は娘を一人前と認めている」と思い込んでいたりします。ところが、実際にはそうではありません。筆者が長年見てきたかぎり、お互いに依存する「共依存関係」にあることも少なくないのです。
娘が小さいうちはいいのですが、成長してくるにつれ、蜜月に変化が生まれます。たとえば紹介された彼氏を悪く言ったり、娘が買ってきた新しいワンピースに対して、「ちょっと派手すぎじゃない?」などと言ってしまったりするのです。
理由はさまざまでしょうが、一心同体だった娘が自律的に動き出したことがショックということもあるかもしれません。
ここで共依存関係が壊れればいいのですが、本来母親思いの娘は、母親の心の中にある「私から離れないで」というメッセージを敏感に感じ取ります。そして母親の意向に沿うように行動してしまうのです。これが娘の自立の妨げとなります。
私が感じる、擬似姉妹になりがちな家庭のパターンがあります。それは夫婦関係が悪い家庭です。
母親が娘を自分の味方に引き入れて「お父さんはダメだから、2人で頑張ろう!」とメッセージを発しているような場合は、注意が必要です。擬似姉妹までいかなくとも、このような家庭では母と娘が共依存関係に陥りやすいということは、理解しておいたほうがいいでしょう。
「子どもをほかの子と比較してはいけない」とはよく言われることですから、友達やきょうだいと比較しないように気をつけて子育てをしている方も多いと思います。
そんなお母さんでも、うっかりしてしまう比較があります。それはほかならぬ自分自身との比較です。私はこの比較が、ほかのどの比較よりもよくないと考えています。お母さんご自身も気づかないことが多いため、より深刻です。
表面化するのは、能力における比較です。「私は数学が得意なのに、なんであなたはダメなの?」「私は足が速かったのよ」。日常的にこのように言われ続けては、子どもは参ってしまいます。
ハイキャリアの親御さんの中には、大学は有名国立大学でないと認められないと考えている方もいます。有名私立大学に合格したくらいでは、喜んではくれないのです。
これが容姿に及ぶこともあります。いつも「綺麗」と言われている母親の場合、娘の容姿が自分の「基準」を超えていないと、それを残念に思うことがあります。
そういった気持ちは敏感に子どもに伝わりますから、思春期になると、娘は派手な化粧をし始めたり、逆に極端に容姿に対して無頓着になったりします。
子どもが求めているのは、「私みたくなれるようにがんばりなさい」というプレッシャーではなく、「ありのままでいいよ」というメッセージです。ありのままの存在を認めることで、「認められているから、がんばろう」と、安心してその能力を伸ばすことができるようになるものなのです。
娘は自分の分身ではない
母親と娘の関係が近い家庭では、母親が自分の自己肯定感の欠如を娘で補おうとしているのではないかと感じることもあります。
子育てが楽しく、生きがいを感じているのであればいいのですが、なかには夫から強く専業主婦になることを求められた、という方もいます(共働きが増えていますが、現在でもこのような話は実際にあるのです)。
そのような方は、自分の娘をまるで分身のように扱ってしまうことがあります。「私はキャリアを諦めてしまったけど、この子には負けてほしくない!」と、子ども以上に受験勉強に没頭したりするのです。
娘はそもそも「母の期待に応えたい」という気持ちを強く持っているものですから、このような過剰な期待は、娘にとっては大きな重荷です。
やっと期待に応えて中学受験を終えても、大学、就職、よき伴侶、孫……と母親の期待はとどまるところを知りません。これでは、誰の人生かわからなくなってしまいます。
娘は、お母さんの分身ではありませんし、お母さんが期待する人生を歩む義務もありません。このような母親に必要なのは、もっと自分を大切にすることです。夫のために、子どものためにではなく、自分のために何かを始めてください。
いきなり大きな目標を立てるのではなく、スモールステップで小さなことからスタートしましょう。
まったく自分の時間がなかった方なら、まずはその時間を確保する。何かお稽古を始めてもいいですし、資格の勉強をするのでもいいですね。
母親がイキイキとしていれば、そのエネルギーは娘にも伝わります。母親が自分の人生を生きてはじめて、娘も自分の足で歩むことができるようになるのです。
(構成:黒坂真由子)
吉野 明(よしの あきら)私立鷗友学園女子中学高等学校名誉校長 東京三鷹市生まれ。一橋大学社会学部を卒業し、鷗友学園の社会科の教師となる。以来、44 年間、女子教育に邁進。鷗友学園における高校3年生時点での文系・理系選択者はほぼ半々という、女子校の中では極めて高い理系選択率を実現。女子の発達段階に合わせて考えられたプログラムなどにより、女子生徒の「自己肯定感」を高め“女子が伸びる" 学校として評価されている。