鈴木弘毅さんは、駅の構内やその周辺にある「駅そば」の研究家として知られる。これまでに巡った駅そば店は約3000軒。何度も訪れた店もあり、これまでに食べた駅そばは1万杯を超えるという。「駅そば」とタイトルにつく本を何冊も出版している。
その鈴木さんが、本書で挑んだのはなんと「駅ラーメン」! 全国の80軒を取り上げている。
駅ラーメンの世界
「私の定義では、駅ラーメンは駅構内と駅ビル、その地下街などにあるラーメン店のことです。ラジオに出演して駅そばのことを話すと、リスナーから“駅ラーメンを紹介してほしい”という声を多くいただきました。それでやってみようと思ったんです」
いざ取材をはじめると、鈴木さんがつまずいたことがあった。それはラーメン店の独特の匂いだ。
「私は駅そばの香りをかぐのが大好きなんですが(笑)、駅ラーメンの店から漂うにおいは、かなり強くて、ちょっと食欲が湧きにくかったんです」
しかし、各地の駅ラーメンを訪ねて食べるうちに、だんだん気にならなくなってきたという。
「助手席に座っているときには車酔いしたのに、自分で運転するようになったら平気になるようなものでしょうか」
と笑う。それだけ、駅ラーメンの世界へと入り込んだということか。
街なかには多くのラーメン店があるが、それらの店と駅ラーメンはどう違うのだろう?
「駅そばほど多くはないですが、東武鉄道の春日部などでは、駅のホームで営む立ち食いラーメン店があります。
また、駅そば店でラーメンをメニューとして出す店も増えています。ラーメン用のゆで釜を用意する手間を考えても、それだけ客の需要があるのだといえます」
街のラーメン店との違いは、営業時間にも表れている。駅構内の店は朝からやっているし、駅ビルの店でも午前中からラーメンを食べられるところが多い。
カレーラーメン!?
「いつでもラーメンが食べられるという安心感がありますね。私は店主が腕組みをしている写真を使っているラーメン店が苦手です(笑)。威圧感を感じてしまうんです。今回はそういう店ははずして、気軽に入れる店を選びました」
本書では、しょうゆ、みそ、塩のほかに、さまざまな味のラーメンを紹介している。そのひとつが、カレーラーメンだ。
「調べてみると、街なかのラーメン店より駅ラーメンのほうが、カレーラーメンを出している店が多いんです。それも関西では、スープにカレーのルーを入れるのではなく、麺に直接カレールーをかける店が多くて驚きました。
また、女性や高齢者が気軽に食べられるヘルシーラーメンも増えてきています。地場産の野菜を使うことで、ご当地ラーメンとして売り出している例もあります」
鈴木さんは大学生のときから駅そばを巡りはじめた。ホームページでその探訪記を発表し、2007年に『「駅そば」読本』でライターとしてデビューした。その後、駅そばを中心に道の駅、温泉、スーパーなどを訪れ、そのルポを書いてきた。
「“行ってみると面白いのに、なんでみんな行かないんだろう?”と思うところを取材しています。鉄道で各地を旅して、いろんなものを自分の目で見て、食べます。調べることは日常になっていて、いつも次に取り上げるネタを探している感じですね」
鈴木さんのベスト3
客の目線で文章を書きたいので、店で話を聞くときも、いかにも取材という雰囲気を出さずに自然に店員の話を引き出すようにする。
「店を出てから、その場でメモ帳に書きとめます。いまは55冊目になっています。ポイントは味や店のレイアウトや店員の動き、衛生面などです。ときには辛口のコメントも書きますよ(笑)。
このメモ帳があるおかげで、何年か後に行ったときに、その変化にも気づくことができるんです」
最後に、たくさん回った駅ラーメン店から、鈴木さんのベスト3を選んでいただいた。
「まずは、横浜駅の『中華一 龍王』です。正統派の中華そばで、しょうゆスープに深みがあります。日替わりや週替わりのメニューがあり、安く食べられるのもいいです。店の雰囲気も気楽で、居心地がいいです。
次は、北海道のJR釧網本線・止別駅の『ラーメンきっさ えきばしゃ』です。ここの“ツーラーメン”がおすすめ。
刻みチャーシューと白髪ねぎをトッピングした塩ラーメンで、時間をかけてじっくり煮るためにスープが赤っぽくなっています。
最後は、佐世保駅『香蘭』の長崎ちゃんぽんです。カウンター席から、山盛りの具材を豪快に炒める様子を見ることができます。
この店の向かいには『大善』というちゃんぽん屋もあるので、はしごして食べ比べもできます(笑)」
旅に出かけるときには、バッグに忍ばせておきたい最強のガイドブックだ。
ライターは見た! 著者の素顔
駅そば・駅ラーメンの取材では、スープまで飲み干すことをルールにしているという鈴木さん。
「最後の1滴まで飲んでどう感じたかを書きたいんです」。
そのかわり、健康維持のために、いつも歩いているそうです。
「今日も自宅まで3時間歩いて帰りますよ。ほかにも野球観戦、釣り、荷物梱包用のPPバンドを使っての工作と趣味は多いです。また、小説を書いていた時期もあります。1日でいちばん楽しい時間は、ホームページを更新しているときです」
(取材・文/南陀楼綾繁)