田代万里生 撮影/森田晃博

哀しみや弱さにも多面性を乗せて

 ブロードウェイの史上最長連続上演記録を更新し続ける、アンドリュー・ロイド=ウェバーの傑作ミュージカル『オペラ座の怪人』には、衝撃的な続編があった。それが『ラブ・ネバー・ダイ』。5年ぶり2度目の上演となる今回、前回に引き続きラウルを演じるのは、田代万里生さん(小野田龍之介さんとWキャスト)。

僕にとっては、すごく思い出深い作品です。前回はセットや照明の豪華さに驚きましたし、日本版『オペラ座の怪人』の元祖である市村正親さんの気迫、ファントム役への思い入れにも感銘を受けました。

 僕が子どもを持つ役をやるのは5年前のこれが初めてで。その後、そういう機会も増えていろいろな出会いや経験があり、年を重ねた今回、“また全然違う景色が見えるんだろうな”という意味でも楽しみなんです

 ストーリーは、かなりショッキング。意外な事実が明かされ、人間のドロドロとした感情がせめぎ合うのだが、なかでもいちばんの変貌を見せるのがラウルだ。

 ハンサムなお坊ちゃんだった彼は、クリスティーヌと結婚して息子が生まれるものの、いまや酒とギャンブルに溺れて借金まみれに!

「ロンドンで観劇したとき、最初はあれがラウルだってわかりませんでした。“え、もしかしてあれがラウルなの!?”って、かなりたってから気づきました(笑)。あまりにもキャラが変わっていて。

 クリスティーヌと息子と過ごした10年、ずっと不幸だったわけではないと思うんですが、何か違和感を感じていたんでしょうね。それが膨らんでひとりぼっちになり、酒やギャンブルに走ってしまった。ふたりのことが嫌いなわけではないので、よけいにつらいんですよ。きっと共感してくださる人は多いと思います」

 闇を抱え、哀切さを呼ぶラウルは「弱さを見せるのが難しい」と田代さん。

「カッコいい役のほうが、カッコよくやろうとすれば自ずと方向性が見えてくるのですが、哀しみや弱さを伴った役って、ただ哀しみや弱さを見せればいいわけではない。多面性を感じてもらわなきゃいけませんからね」

 そうした複雑な感情を乗せて歌うことは?

「メロディーは超絶的に美しいんだけれど、オーケストレーションはめちゃめちゃ濁っている。それがロイド=ウェバーさんの曲ではよくあって。例えば『なつかしい友よ』という曲も、歌詞はフレンドリーな感じで言っているのに目は笑っていない、みたいな内容なんです。

 そういう複雑なものが、すでに音楽で完成している。一方で、音楽なしの台本だけを読んだときに感じるものから役作りをしていって、音楽とお芝居が同じ足並みでリンクしたとき、ミュージカルになると思うんですね。そういう感覚をいつにも増して得られるので、ロイド=ウェバーさんの作品で舞台に立てるということは、役者としてうれしいんです」

歌手である前に俳優でなければ

 テノール歌手の父、ピアノ講師の母のもとに生まれた田代さんは、物心がつく前から音楽(なかでもクラシック)の虜だった。

ほかの家庭でいつもテレビがついている感覚と同じように、ずっと生のクラシック音楽が鳴っていました。だから音楽に目覚めたきっかけはないんですが、舞台に目覚めたのは13歳のとき。

 オペラ『マクベス』に子役で出させていただいて、大人の人たちが本気で役作りに取り組んでいる姿を見て感動したんですね。それまでは器楽ばかりやっていたんですけど“舞台に立ちたい”と思いました。それには声楽が必要だと言われて、本格的に学び始めたんです

田代万里生 撮影/森田晃博

 10年前『マルグリット』でミュージカル・デビューを果たすが、“ミュージカル俳優”と呼ばれることには違和感があったという。

インタビューなどで記事に“俳優・田代万里生”と書かれたら、NGを出していました。“え? 俳優?”みたいな(笑)。

 それくらい、違う世界だと思っていたから、肩書は“歌手”か“俳優・歌手”と両方書いてもらっていました。“僕なんかが俳優って名乗っちゃダメでしょ”ってずっと思っていたんです。

 その後、超一流の俳優さんたちとご一緒したり、ストレートプレーをさせていただく中で“俳優にならなきゃ”と思うようになったのは、5年くらいたってからです。歌のうまさだけではない説得力とかリアルな感情を共演した先輩たちから感じて、それはやっぱり“お芝居だな”と。“舞台に立つからには歌手である以前に俳優でなければ”と実感して、“俳優”って書かれても受け入れるようになりました

 その後、こまつ座『きらめく星座』の正一や、ミュージカル『エリザベート』のフランツ・ヨーゼフ、『マリー・アントワネット』のフェルセン伯爵など、ますます充実した演技力・歌唱力を発揮してきた田代さん。『ラブ・ネバー・ダイ』を「ミュージカル10周年の集大成にしたい」と意気込む彼にとって、いまの夢とは?

僕はいま、10年前にミュージカル・デビューしたときには思いもよらない場所にいるんです。それってめちゃめちゃ面白いじゃないですか。だから、常に未来の自分が楽しみな自分であり続けたい。それがいちばんの夢ですね。ゴールとかではなく“何が待っているんだろう”とワクワクし続ける状況が、この先もずーっと続いたらいいな」

<作品情報>
『ラブ・ネバー・ダイ』
『オペラ座の怪人』の10年後を描く続編。日本では2014年に開幕。今回はそれ以来の再演となる。10年前、ジリー親子の手引きでニューヨークのコニーアイランドへ渡ったファントムは興行主として成功、コンサートの出演依頼をしてクリスティーヌを呼び寄せる。ギャンブルに溺れた夫のラウル、息子のグスタフとともに渡米したクリスティーヌと再会した彼は、衝撃的な事実を知ることに。1月15日~2月26日 日生劇場で上演。公式サイトは(http://www.lnd2019.com

たしろ・まりお 東京藝術大学の声楽科に在籍中、『欲望という名の電車』で本格的にオペラデビュー。その後、2009年に『マルグリット』でミュージカルデビューを果たす。以後、コンサートや音楽活動と並行して舞台作品に多数出演。主な作品に『スリル・ミー』『CHESS THE MUSICAL』『きらめく星座』『エリザベート』『グレート・ギャツビー』『ジキル&ハイド』『マリー・アントワネット』などがある。

<取材・文/若林ゆり>