メリー・クリスマス! な12月25日に、早くも2019年大相撲初場所の番付が発表になった。期待あり、不安あり、様々だが、2018年相撲界を総括したいと暮れも押し迫る中、大相撲の冬巡業を見に行ってきた。
巡業は朝稽古~握手会~取組~相撲甚句(力士独特の唄)、初っ切り(相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する見世物)などが朝8時~午後3時頃まで行われる、「興行」としての大相撲を楽しめるもの。力士たちと直接触れ合えるのも、また魅力だ。
人生の励ましに聞こえる親方の言葉
私個人的には、巡業の一番の面白さは稽古にあり! と思っていて、幕下以下から幕内まで、それぞれに熱心に繰り広げられる激しい稽古にワクワクしたりドキドキしたりするし、力士たちの今の調子も一番そこでよく見えてくる。
もちろん取組もそれはそれで楽しむけど、巡業に於ける取組はやはり「興行として」の色合いが濃く、本場所の熱いそれとは違うものだと思っている。
その朝稽古、遠くから見ていると聞こえないが、力士たちに親方衆が指導の声を掛けている。
その日、土俵下で指導にあたっていたのは春日野親方、立川親方、浅香山親方、九重親方、玉ノ井親方ら。なんと、私、その日は土俵の目の前、溜り席の一番前で観戦することができて、その声がよ~~く聞こえた。
「じっとしてちゃダメなんだよ。動かなきゃ」
「1回であきらめない! 2回目も押す努力が足りない! 2回押せたら3回押せるんだよ!」
「守るときも攻めるときも、きちっと自分の型を作ってから行け」
「相手の倍の力を出さないと!」
実はかねがね私は、相撲の稽古に人生を重ねて見ており、親方の言葉がまるで自分の人生への励ましに聞こえて仕方がない。
親方たちの真後ろの溜り席に座ってその声を聞きながら、(そうだ、じっとしてても何も始まらない、1回であきらめちゃダメだ、うん、自分のやり方で行けばいいんだね、私、がんばれ)と、勝手にうるうる胸熱くしていた。土俵の下で自分もどすこい!気合十分だ。
なのに、親方たちったら、乾燥してホコリっぽい土俵前に喉を枯らしたらしく「飴ちょうだ~い」なんて言ってるんだもん。すると、本当に呼び出しさんがいろんな飴の入った飴ちゃん袋を取り出して親方たちに回してるでないか。巡業飴ちゃん袋、なんか、かわいいんだからっ!
おすもうさんは休む暇がない
さてさて。力士たちはひたすら稽古に励む。この日は巡業に復活したばかりの豪栄道が明生(めいせい)に稽古をつけ、明生は泥だらけになりながら何度も豪栄道にぶつかっていた。
その度に転がされ、あおむけにゴロンと倒れると、親方衆から「ほら、早く起き上がって。大関待たせるのは失礼なんだよ!」という声が飛び、明生はハアハアしながら立ち上がる。
会場からも「頑張れ!」の声が飛ぶ。土俵に倒れる明生も、明生を投げる豪栄道も身体がまるで鋼のようだ。強くなるってすごいことだ、と間近で息を飲んで見た。豪栄道は九州場所、右上腕部を傷めて途中休場していたが、この日はだいぶ回復の兆しが見えた気がする。
大関昇進後にケガをした足指にはテーピングがまだ巻かれていた栃ノ心は、主に土俵下でトレーニングに励んでいた。ほかの力士たちは、おしゃべりをしている人も多いのに、彼は寡黙。ときどき春日野親方とアイコンタクトで語り合うくらいで、一人で腕立て伏せをしたり四股を踏んだり。その横顔、いや、もう、惚れ惚れするほどかっこいい。
そして間近で見た太もものゴツゴツした太さはビックリするほどだ。これがドーンとぶつかってきたら、どんな衝撃なんだろう。早く怪我を治して、また怖いほど強い栃ノ心を見せてほしい。
そして遠藤は、相変わらず土俵に上がるだけで大声援を浴びていた。
碧山と何番も稽古を重ね、いつも通りにサポーターなどは巻かずにいたけれど、5月場所で右腕を痛めてから調子は今ひとつのままだったなぁと思う。気づけば遠藤も28歳。決して若手ではない。期待も大きいだけに、踏ん張りどころかもしれない。
したり顔で土俵を見つめていると、錦木がせっせとタオルをたたんでいるのが目に入った。力士のみなさん、それぞれ自分のタオルを土俵の周りに置いて稽古をしているのだが、そのタオルを丁寧に一枚一枚畳む錦木……。
聞けば彼はいつもそうやってタオルをたたんだり、他の力士が土俵で転がり泥だらけになれば、そのタオルで拭いてあげたり、なぜかすすんで皆のお世話係をしてしまうようで。錦木、大好きになってしまうじゃないか!
そんな風にあれこれ楽しい稽古風景なのだが、しかし、なんとなく全体に疲れた空気が漂っていたのは否めない。直前までが沖縄巡業で、続いての寒い関東地域での巡業。風邪を引いてる力士も多く、土俵からたくさん咳が聞こえたし、土俵の端っこに置かれたくまもんのティッシュで鼻をかむ力士も大勢いた。
思えば、2018年は巡業総回数91回。本場所は年に6回、15日間で総回数90日。他に断髪式やら福祉大相撲などもあって、おすもうさんたちは休む暇がない。これでは成長する時間も、ケガを治す時間もないんじゃないか? と素人ながら考えた。
巡業での移動は普通の観光バスで、食事はお弁当ばかりだと聞く。もう少し、力士たちへのホスピタリティ改善や休日を増やすことをしてあげてほしいなぁと、力士たちのすぐ側で稽古を見てつくづく感じた。
白鵬の貫禄
そんな中でも気迫をみなぎらせていたのが、横綱・白鵬だった。
それまで土俵下や花道などでファンに写真をバシバシ撮られながら入念な準備運動に励んでいた白鵬、そろそろ稽古もお終いか?と思われる頃、のっしのしと土俵に戻ってきた。
春日野親方が「もう、時間ないよ」と告げたけど、横綱はニヤリとして「じゃ、十番ぐらい取りますよ」なんて笑って言って、二人の視線がバチバチっと交わされ、横綱は土俵に上がる。むふっ、二人のやりとりが面白い。
すると白鵬は正代(しょうだい)と8番、実践的な稽古をして、全部白鵬が勝った。正代は花道のむこうまでブッ飛ばされたり、土俵際でギリギリ競ってからガンっと押し出されたり。
白鵬の気迫に土俵の空気はたちまちピピリッと引き締まり、館内の興奮もどんどん高まって何度も拍手が起こった。最後に土俵を締めるのが横綱の役目。さすがだ。
白鵬は膝の手術で九州場所を休場していたが、圧倒的に身体が動いている。なんでも膝の手術後に「食べないことで身体を休ませメンテする」杏林予防医学研究所の山田豊文先生が勧める断食法を実践して身体を作り直したそうで、徹底した自己管理で強い身体を作っている。
2018年年は相撲界の世代交代が盛んに言われたけど、そう簡単にこの横綱には勝てないよ! そう思わせるに十分な稽古が終わると、納得顔の春日野親方の合図ですぐに序二段からの取組が始まった。
ちなみに、冬の巡業最終盤には参加するのでは?と言われていた稀勢の里の姿は見えなかった。なんだかそれがモヤッてしまった。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。