ロマンティックなストーリーに、ガーシュウィン兄弟による数々の名曲、スタイリッシュなステージング、そしてバレエをはじめとするダンスの雄弁さと美しさ。2015年のトニー賞で4部門に輝いたミュージカル『パリのアメリカ人』は、まさに洗練の極みだ。この名作の日本版が、劇団四季によって間もなく幕を開ける。主人公、ジェリー役の候補として稽古に励む酒井大さんと松島勇気さんは、ともにバレエダンサーとしての経験の持ち主。ふたりに作品の魅力や、稽古場で感じていることを語っていただこう。
バレエの魅力が詰まったミュージカル
─この作品を初めて見たときの印象は?
松島 僕はニューヨークで観劇したんですが、そのころ僕は、俳優としてスランプに陥っていた時期だったんです。だから作品も素敵でしたが、演じている人たちにノックアウトされました。プロダクションごとにオーディションを受け、役を勝ち取って仕事をしている。そういう人たちが“プライドを持って、楽しんで仕事しているんだ”という顔をしているようで、光り輝いて見えたんです。“自分に足りないのはこういう思いだな、もう1度、俳優として頑張らなければ”と思えて、背中を押してもらったような感じがありました。
酒井 僕もブロードウェイへの旅行中に見ました。僕が憧れているロバート・フェアチャイルドさんがジェリー役で“バレエダンサーでもこんなに素晴らしく演技をしたり歌ったりできる方がいるんだ!”と衝撃を受けました。作品については、バレエの魅力をミュージカルにいい形で取り入れているな、と思いました。型が決まっているバレエに比べて、ミュージカルの演技は自由だと思えるところがあったんです。でも、この作品はミュージカルとバレエのいいところが融合してお互いを高め合っていたのでうれしかったですね。
アナログな表現がおしゃれで新鮮!
松島 バレエのスタイルが大きな要素としてありますけど、バレエ以外にも、その当時に全盛だったフレッド・アステアをオマージュしたステップや、ジーン・ケリーのオマージュも盛り込まれていて、すべてがおしゃれなんですよね。しかも、振付のクリストファー・ウィールドンさんいわく“セットも踊る”。俳優が踊りながらセット転換をしていくんですが、その手法がいい意味でアナログ。とても洗練されていて、かえって新鮮に感じます。
─酒井さんは、これまでミュージカルや演技をやってみようとは思っていなかったのですか?
酒井 この作品のオーディションがあると知るまでは、まるで考えていませんでした。ただ、僕はもともと、いろんなことに興味を持って挑戦するのは好きで。実はバレエダンサーをやめて、イタリアンのレストランで働いていたこともあるんですよ。でも、ほかの職業を経験したことで、やはり自分は踊ることがいちばん好きだということに気づき、バレエの世界に戻りました。この作品のオーディションも持ち前のチャレンジ精神で“この作品にかかわってみたい”という一心で受けました。
普通に立つことがこんなに難しい!?
─ジェリー役を演じるうえで苦労していることは?
松島 ジェリーは太陽のように明るくてエネルギッシュな青年なんですけれども、実は第2次世界大戦で受けた傷、トラウマや苦しみを抱えています。そんな彼が戦後すぐのパリで“芸術が人々のエネルギーになる”と信じて、前へ進もうとしている。だから恋に浮かれているだけではなく、その根本にある影の部分がお客様に伝わらなければならないんです。そこが難しいところですね。
酒井 僕はバレエ以外の経験がないので劇団四季で一から教えていただいているのですが、大変なこと、難しいことだらけです(笑)。
松島 大丈夫だよ! 誰もが通る道なんだから(笑)。苦労しながらも努力している彼を見ていると、入団した当時の自分をよく思い出すんです。
酒井 僕はいつも勇気さんを見ていて、いとも簡単に場の空気をなごませ、明るい雰囲気にしてしまうのがすごいなと思っているんです。ジェリーも、そこにいるだけで場が華やかになるという男だから、ピッタリだなと思って。きっと僕と勇気さん、全然違うジェリーになるんだろうなと感じています。
松島 僕は新しいことに挑戦している大からすごく刺激をもらっているんだよ。
酒井 バレエの表現は、型が決まっていることが多いんですよね。だから、普通に舞台上に立って、役の感情で動いて、ということが僕はまだ不慣れで。自然に立っていようとするのに、バレエダンサーの立ち方になってしまっていたり(笑)。必死ですが、ミュージカルという新しい世界に飛び込んで、作品の中に役としていられることが新鮮で、楽しくなっています。
松島 もっとバレエ界からもミュージカルの世界を目指してくれる人が増えるといいな、と思っています。『パリのアメリカ人』は、いまの日本では劇団四季にしかできない作品だと僕は思いますし、お客様にもそう思っていただける作品にしたいです!
ガーシュウィン兄弟の名曲をちりばめ、1952年にアカデミー賞を受賞したジーン・ケリー&レスリー・キャロン主演のミュージカル映画『巴里のアメリカ人』を舞台化。英国ロイヤル・バレエ団で活躍するクリストファー・ウィールドンの演出・振付、洗練された舞台装置などが評判を呼んでパリからブロードウェイに進出、トニー賞4部門に輝いた。第2次世界大戦直後のパリで、画家志望の元アメリカ軍人、ジェリーはリズに恋をするが、彼女を思う男は彼だけではなかった。
東京公演は1月20日~3月8日 東急シアターオーブ、横浜公演は3月19日~8月11日 KAAT神奈川芸術劇場〈ホール〉。 【公式サイト】https://www.shiki.jp/applause/aaip/
PROFILE
まつしま・ゆうき◎12月12日、神奈川県生まれ。5歳のときに劇団四季の『キャッツ』を見て衝撃を受ける。中学より本格的にバレエのレッスンをスタート。バレエダンサーとして数々の賞に輝き期待を寄せられながら、2002年に劇団四季のオーディションを受けて合格。以後、『キャッツ』のミストフェリーズ、『コーラスライン』のリチー、『ウィキッド』のフィエロ、『クレイジー・フォー・ユー』のボビー、『アラジン』のカシーム役などを演じ、実力を発揮している。
さかい・だい◎4月5日、東京都生まれ。11歳のとき大塚礼子バレエスタジオに入所。'07年ゴー・バレエ・アカデミーに、翌年ワシントン・スクール・オブ・バレエにスカラシップ留学し、ユース・アメリカ・グランプリなどで数々の賞を受賞する。'10年に谷桃子バレエ団に入団し、'11年『白鳥の湖』のジークフリート王子役を踊るなどソリストとして活躍。'17年、『パリのアメリカ人』のバレエダンサーオーディションに合格した。
(取材・文/若林ゆり)