「振り袖を着た新成人に“きれいな着物ですね”と声をかけ、背後を汚すのが男の手口でした」(全国紙社会部記者)
振り袖にソースのような液体をかけたとする暴行の疑いで警視庁荻窪署は今月14日、埼玉県蕨市の無職・斎藤拓容疑者(23)を逮捕した。
将来に不安とストレス
成人の日の午前7時35分ごろ、美容室で着付けを終えた新成人A子さん(19)は杉並区のJR荻窪駅近くを歩いていたときに斎藤容疑者から声をかけられた。
「A子さんの母親がいったん帰宅した娘の振り袖や帯にソースのような液体がかかっていることに気づき、交番に届けました。その後、A子さんは別の振り袖に着替え、式典会場に向かう途中の駅の改札付近で斎藤容疑者を発見し、警戒に当たっていた警察官に取り押さえられました」(前出の社会部記者)
現場付近の防犯カメラには容疑者が振り袖にソースをかける姿が映っており、所持品からはソースの小袋数点が見つかったという。
取り調べに対し、
「将来に不安とストレスがあり、晴れ着を汚すことで気持ちが晴れると思った」
などと容疑を認め、
「ひとり(にかけただけ)では気持ちが晴れず繰り返した」
と、余罪をほのめかしているという。
実際、杉並区と新宿区でほかに4件以上の類似した被害相談が寄せられている。
被害に遭った新成人は大変だっただろう。
B子さんもその1人。着付けを担当した美容師が明かす。
「着付け後、B子さんは窓から店内をジロジロ見る若い男を目撃して気になっていたそうです」
午前7時半前、B子さんは店を出た。駅近くのT字路の角に店の中を覗いていた男が立っており、声をかけてくることもなくすれ違った。
すると……。
「迎えに来たお母さんが振り袖を汚されたことに気づいたそうです。“ソースのような液体をかけられた。染み抜き方法を教えてください”とすぐに戻ってきました」(前出・美容師)
美容室を出てから5分もたっていなかった。
感心した被害女性の言葉
「B子さんの背中にはソースのような液体がべったりとついていました。食べ物をこぼしてつくようなところではないし、ソースで汚れた場所に寄りかかることもありえない。誰かにかけられたのでは、と考えました」(同)
ソースといっても、サラッとしたウスターソース、粘り気のあるとんかつソースなどさまざまある。B子さんにかけられたソースは、
「触った感じはちょっとベタベタしていました。独特の甘辛い香りがして、これはお好み焼き用のソースかもしれないと思いました」(同)
液体は振り袖の肩甲骨あたりから帯、足袋まで広範囲に滴っていた。
当時、店内はヘアセット・着付けの順番を待つ新成人でごった返していたが、手の空いたスタッフが協力してB子さんの着物や帯を洗ったという。
「だって、晴れの日にあんまりじゃないですか。スタッフだけで洗おうとしたところ、B子さんは“私もやります”と率先して手伝い、テキパキと働くんです。泣いたり、怒ったりせず、明るく振る舞うしっかりしたお嬢さんでした」(同)
洗った振り袖は、ドライヤーで乾かしたという。
さらに、スタッフたちを感心させたのはB子さんが事件について語った言葉だった。
「犯人に対して“かわいそうですね。こんなことでしかストレス解消できなくて”と話したんです。ひどい目に遭ったのに本当に立派ですよ」(同)
式典が始まる前までに、どうにか汚れを落とすことができた。濃い緑色の着物だったため、残ったシミも目立たなかった。
翌日、B子さんの母親が美容室にあらためてお礼と報告に訪れた。B子さんは式典後の同窓会も振り袖で参加できたという。
この美容室の顧客にはもう1人被害者がいた。B子さんの事件から約1時間後、C子さんが成人式会場の近くで被害に遭った。
「“ソースの落とし方を教えてほしい”と電話がありました。式典直前だったため、洗ったりほかの着物を用意することはできず、口頭で染み抜きの方法を伝えるくらいしかできませんでした」(前出・同)
C子さんの振り袖は黄色っぽい明るい色。応急処置だけではソースの色は目立つ。その後、C子さんからの連絡はなかったという。
クリーニングに出すと…
狙われた新成人は、ほかにもいる。
D子さんは、知らないうちに着物にソースをかけられていた。
「レンタルした着物を返却する際、D子さんは背中にソースをかけられていることに気がつきました。背中から下に80センチほどの範囲でソースがかけられていました。着物や帯だけでなく裏地、襦袢にまで染みていました」
と明かすのは首都圏のレンタル業者。
そのとき、D子さんが着ていたのは白っぽい色の振り袖だった。
「D子さんは“クリーニング代は必要なのか”と不安がっていましたが、故意に汚したわけではなく、事件の被害者なので追加料金は請求していません。着物は染み抜きしていますが、完全にきれいにするのは難しい。それよりも、成人式は一生の思い出ですからトラウマにならなければいいんですが……」(同)
とD子さんの胸中をおもんぱかった。
ソースがかけられてしまった着物をクリーニングすると、どれくらいお金がかかるのだろうか。
杉並区にあるドライクリーニング専門の業者は、
「ソースはワインなどと違い、繊維自体が染まるわけではないので洗えば落ちます。ただ、染み抜きが必要な場合、うちだと安くても5000円はかかります。汚れの範囲や素材などで金額は変わるため数万円かかることもあります」
と説明する。
斎藤容疑者の蕨市の自宅は単身者用のアパートで、6畳のワンルーム。家賃は月4万円。犯行現場まで電車で約1時間半かかる。
同じアパートの男性住人は、
「(斎藤容疑者を)まったく見たことがない。そんなひどいやつが住んでいるとは思わなかった」
と驚いた。
振り袖だけでなく、新成人の心や思い出も汚した卑劣な犯行─。被害者の大人な見識と周囲の思いやりある対応だけが救いだった。