近年はSNSの充実で、地方からも全国的な人気を獲得するコンテンツが誕生している。これからも確実に地方からスターは生まれ、それらの命は、東京のエンタメ観では見つけられない場所で産声をあげています。そんな輝きや面白さを、いち早く北海道からお届けします。(北海道在住フリーライター/乗田綾子)

写真はイメージです

 それはやっと遅いお正月休みをとり、車で実家に帰省しようとしていた、1月中旬のことでした。長いドライブの中でテレビも見飽き、ラジオも聴き飽き、最後に出てきたのは私の古いipod。

「もし入ってるなら、『can do! can go!』が聴きたい」

 いつもは自分からジャニーズソングを聴くことなどない運転席の夫が、珍しく曲名まで指定したのは、おそらく家を出るまで見ていた『ジャニーズカウントダウン 2018-2019』(フジテレビ系)の録画の余韻がまだ残っていたのでしょう。

 タッキー&翼のラストステージが放送されるということで、大きく注目された同番組。やはり楽しく見ていた私は、彼らが最後に歌った『can do! can go!』の盛り上がりを思い出しながら、再生ボタンを押しました。

 思わぬ“異変”が起きたのは、曲がちょうど1番に差しかかったときでした。「どんな楽しい時も……」の歌声が流れた瞬間、なぜか私の中で急激に込み上げてくる涙。しかも一瞬限りの出来事かと思いきや、予想に反してどんどん緩んでいってしまう涙腺。

 そしてついには、サビに到達したあたりで涙腺は完全に崩壊。車窓に映る爽やかな冬の青空とはまったく正反対に、車の中でひとり、アイドルソングにぐちゃぐちゃと大泣きする30代半ばの女。

 そんなわずか2分の変容を見ていた隣の夫は、突然のことに驚きながら、冷静にツッコミました。

夫「別にタッキーのファンとかじゃなかったじゃん」

“親孝行”の意味がわかりすぎた80年代生まれ

 そう、私は別に、芸能生活から引退した滝沢秀明さんの熱心なファンというわけではなかったのです。

 ただそんな私が、2018年末にかけてテレビ各局で展開された滝沢秀明引退特番を全部チェックしていた大きな理由は、滝沢さんと同じ80年代生まれだったから。

 そしてその中でも特に記憶に残っていたのは、12月28日に放送された『中居正広のキンスマスペシャル』(TBS系)の内容です。

 主演舞台の『滝沢歌舞伎』も好評で順風満帆なタレント人生を歩んでいた滝沢さんが、番組内でなぜここで芸能界からの引退を決めたのかと聞かれ、はっきりとこう答えました。

「ファンの方には本当に申し訳ないんですけど、みなさんがやる普通の“親孝行”を、僕はジャニーさんにしたい」

 そのひと言が深く心に落ちたのは、私自身もまた、ちょうど昨年末に親が体調を崩し、一日がかりの大きな手術を受けていたということがあったからでしょう。

 30代というのは、親の老いをこれまでになく実感していく、そんな時期なのかもしれません。いつしか年を重ねていた親のいろんな出来事、またそこに見える姿を通じて、きっと誰もが、これからの“親孝行”について改めて考える機会が巡ってきます。

 番組内では、幼い頃に実父と別れた滝沢さんにとって、ジャニーさんはいつからか父親代わりの大切な存在になっていたということも語られていました。

 そんなジャニーさんは今年、88歳になります。年齢を考えればなおさら、あの引退劇がまったく未練のない決断であったことは、同じ世代だからこそ、実感とともに強く響くものがありました。

 “30代のリアリティ”

 滝沢さんを筆頭に現在の嵐、関ジャニ∞など80年代生まれのアイドルを数多く輩出した、いわゆる“ジャニーズJr黄金期”。10代前半の未デビュー組が主役級の注目を一斉に浴びるという、それはジャニーズ史においてもかなり貴重な時代でした。

 そしてコンサートやテレビで表現されていた、当時の彼らの未熟さはある意味、まだ社会のことを何も知らない80年代生まれの幼さ、そのものでもあったように思います。

 そのように、同世代の人生とも密接に結びついていた彼らが20年後、テレビでもう一度歌った青春の歌。

「シュミレイションなんか誰にもされたくないね」「だけど僕は君に逢うまであきらめない」……あの『can do! can go!』の歌詞に込められていたのは、今振り返ると、仕事、家庭、あるいは介護と人生の大きな選択を迫られる年齢になった私たちにとって、もう遠い存在になろうとしていた10代のひたむきさ。そしてそこにある、純真ゆえの強さだったようにも思えました。

 そんなメッセージ性の強い楽曲を、芸能人生のラストソングに選んだ滝沢さん。また、同時に隣でジャニーズ人生のラストソングとして歌っていた今井翼さん。さらに二人の出発を同じ場所で見送っていた嵐や関ジャニ∞、現在はソロで活動するFour Tops(山下智久、生田斗真、風間俊介、長谷川純)の面々。

 彼らにはその歌詞の眩しさが、一体どう映っていたのでしょうか。

 そして同じくお茶の間で見ていた同世代の視聴者からすれば、笑顔で彩られたその旅立ちは「それぞれの決断の意味を言葉なくとも感じ取り、静かに受け入れていく」という、30代の私たちがいま向き合い始めたリアリティ……。なんだか、それをそのまま映し出しているようにも見えたのです。

最後に訪れるカタルシスとは

 同世代のアイドルの姿に思わず自分の20年も振り返り、大号泣してしまった30代。

 しかし同時に救われる思いがあったのは、まさにこの『can do! can go!』が、最後に「僕等は新しい世界へゆこう」というごく前向きなフレーズでフィナーレを迎えているということでした。

 30代は、人生の様々なターニングポイントがやってくるタイミング。でも、その中でも私たちは、若さに委ねないこれからの「新しい世界」を、まだまだ創造していくエネルギーがあるのかもしれません。

 そんなことを曲終わりに気づくと、涙は止まり、そして心に溜まっていたものがいつしか洗い流されて、なんだか気持ちはスッキリとしていました。

 ファンではなくても、やっぱり特別な思いで見てしまう、同世代のアイドルたち。立つステージは違っても、よりたくましく、より自由に。これからの人生もどうか実りある形で、歩んでいてほしいなと思います。


乗田綾子(のりた・あやこ)◎フリーライター。1983年生まれ。神奈川県横浜市出身、15歳から北海道に移住。筆名・小娘で、2012年にブログ『小娘のつれづれ』をスタートし、アイドルや音楽を中心に執筆。現在はフリーライターとして著書『SMAPと、とあるファンの物語』(双葉社)を出版している他、雑誌『月刊エンタメ』『EX大衆』『CDジャーナル』などでも執筆。Twitter/ @drifter_2181