有名芸能人が亡くなると、時おりニュースにのぼる遺産相続の問題。作曲家の故・平尾昌晃さんのご遺族が揉めていたのが記憶に新しいですね。あの時、“遺言書”があるのかないのかが、争点となっているようでした。

 税理士で現役モデルの日沢新によるお金に関する連載、『銭ちゃんねる』。『遺言書』をテーマに、全2回に分けて解説していきます。今回は第1回目、『遺言の重要性と種類』について理解を深めていきましょう。

写真はイメージです

財産がなくても遺言書は作った方がよい?

 Aさんという70代の男性から遺言書について相談を受けました。

Aさん「同い年の友人が、最近、公証役場で遺言書を作ったと言っていました。私もいい歳ですし、遺言を残そうか悩んでいます。

 ただ恥ずかしながら、私は友人と違ってそれほど財産もありません。遺言書ってなんだか作るのが難しそうなので家族には、『つまらない財産争いはしないでくれよ』と冗談で言って、それで十分なのかなと(笑)。先生はどう思いますか」

日沢「なるほど。争いがなかったとしても、遺産に関するご遺族の負担を考えると、遺言書は残しておいて損はありませんよ」

 では、遺言書とはどういうものなのか、これから解説していきましょう。

そもそも遺言はなぜ書くのか

日沢「まずは、Aさんの家族構成を教えてください」

Aさん「はい。私と5歳下の妻と暮らしてます。あとは結婚をして家を出ていった子どもが2人いまして、孫もいます」

日沢「ありがとうございます。仮にAさんが奥様より先に亡くなられた場合を想定してみましょう。

 Aさんが亡くなった場合、遺族の方の法定相続分は奥様が2分の1、2人の子どもが残りを分けるので、それぞれが4分の1の相続となります(ちなみに法定相続分とは、民法で定められている財産の配分割合です。これは強制ではないので、この通りに財産を分けなくても構いません)。

 まず遺言書がないと、Aさんの財産をどう分けるかで、相続人全員で遺産分割協議が必要となります。上記の法定相続分通りに分けてもよいのですが、実際はその通りにならないケースも多いです。

 遺産分割協議には時間や手間がかかり、何より互いの権利の主張がぶつかった場合には、遺産を巡るトラブルに発展する可能性もあります」

Aさん「なんと。それは避けたいですね」

日沢「おそらくAさんの相続では奥様が取り仕切ると思いますが、奥様もその時はご高齢ですから、あまり負担をかけられません。そこにもし遺言書があった場合は、その遺言書通りに遺産を相続すればすべて丸くおさまります。また、相続人も遺産をどう分けるか悩まずにすみますね」

Aさん「妻に負担がかからないのであれば、そのほうが良いですね。でも先生、うちは自宅と多少の預金だけだし、みんなが争うほど財産はないのですよ」

日沢「いえ、むしろAさんのように、財産を不動産が占める(遺産を簡単に分割や現金化ができない)ケースほど、遺産争いのリスクは高まります。その不動産を相続する方がほぼ財産のすべてをもらう形になりますからね。その不動産を巡って争うようなことにならないよう、生前に遺言書をしっかりと書いて、誰になぜ自宅を相続させるのかというメッセージを残すことが重要なのです」

Aさん「なるほど。遺言って大事なんですね。やはり遺言書は作ろうと思います! でも遺言書って、どう作ればよいのでしょうか」

日沢「遺言書を作成する場合、方法は3つあります。(1)自筆証書遺言、(2)公正証書遺言、(3)秘密証書遺言の3つです。

(3)の秘密証書遺言は、文字通り遺言内容を秘密にしたまま残す方法です。ほかの方法と比べて手間がかかりリスクもあるため、実際はあまり利用されていません。ということで、(1)自筆用証書遺言と(2)公正証書遺言をみていきましょう」

自筆証書遺言書を作成しよう

日沢「まずは一番オーソドックスなのが自筆証書遺言です。これは文字通り、自分で遺言書を書く方式です。この遺言方式の最大のメリットは、書き直しがしやすいことと、費用が安い点です。内容に訂正がある場合には、新しい遺言書をまた書き直せばOKです」

Aさん「よくドラマとかで見るやつですね。遺品整理をしていたら遺言書が見つかった! という(笑)」

日沢「そうです。ただしデメリットが2つあります。1つ目は、書き方を間違えると遺言書自体が無効になる可能性がある点です。遺言書には作成日付を正確に書くなどルールがありますから、そういったルールを守っていない遺言書は、残念ながら法的に無効となります」

Aさん「せっかく遺言書を残しても無効になったら何の意味もないですね」

日沢「はい。2つ目は、遺言書の存在が知られないまま相続が終わってしまったり、相続人による遺言書偽造や火事などによって紛失したりする危険があることです。遺言書の存在を誰に伝え、どう保管するかが重要となります。

 また、法務局による自筆証書遺言書の保管制度が2020年7月10日から開始します。これを利用すれば安心ですね」

Aさん「それはよい知らせです。でも先生、すべて手書きだと相当、疲れますよね。しかも書き間違いや書き直しが大変そうで、とても最後まで書ける自信がありません」

日沢「実は自筆証書遺言の作成については2019年1月13日から、財産目録などの一部については自書でなくてもよいこととなりました。例としてパソコンでの作成も可能となります。ただ変わらず自筆が必要な部分もありますから、利用に関しては必ず制度を確認しましょう」

Aさん「それはだいぶラクになりますね。ただ、きちんと法律的に有効な遺言書が書けるかどうかが、やはり不安です」

日沢「そういった方は、次の公正証書遺言を検討しましょう」

公正証書遺言書を作成しよう

日沢「公正証書遺言とは、プロの公証人がAさんの代わりに作成してくれるものです。公証役場への費用はかかりますが、自筆証書遺言と違って家庭裁判所の検認も不要で、無効になる心配がありません。速やかに遺言書を使用した相続手続きに移ることができます」

Aさん「それは安心ですね。費用は大体いくらくらいかかるんですか」

日沢「遺言の目的である財産の価額が100万円以下であれば5000円、1000万円を超え3000万円以下ならば2万3000円など、手数料は決まっています。それを基にして、財産を継承する人ごとに計算し合計します。証人立ち合いのもと、公証人が遺言書を作成します。基本は法務局に出向いて作成しますが、有料で自宅に公証人が出向いて作成することも可能ですよ」

Aさん「多少費用はお支払いしても、お願いする価値はありそうですね」

遺言書には付言事項を書こう!そして……

Aさん「いろいろとありがとうございます。どちらの方法がよいか、じっくりと考えてみます」

日沢「そうですね。どちらの方法もメリットとデメリットがあるので、Aさんがお好きな方を選んでいただけたらと思います」

Aさん「はい、そういたします。また、お話を聞いて、財産の分け方についていろいろと考えてしまいました。まず、財産は自宅を含め、大部分を妻に相続させたいと思います。

 もちろん子どもたちにも多少の現金を渡したいと思いますが、妻にはこれまでたくさん迷惑をかけましたからね。ただ、この財産の分け方について、子どもたちに説明する機会がないのが多少、心配です」

日沢「なるほど。それでしたら付言事項を残すのはいかがでしょうか。付言事項とは、遺言書の最後に書くメッセージのことです。この内容自体に法律的な効果はありません。ですが、どうしてそういった財産の分け方をしたのか、だれに感謝しているのかなど、Aさんの思いを遺言書に書くことができます」

Aさん「ありがとうございます。付言事項ですね。それも併せて考えてみます」

日沢「はい。ただし、財産の配分が偏った遺言書を書く場合、ひとつだけ注意すべき論点があります。それは『遺留分』の問題です」

Aさん「いりゅうぶん、ですか?」

日沢「はい。遺留分の問題は、遺言とは切っても切れない重要な論点です」

 次回は、“遺留分”について、詳しく解説していきます。

(続く)


日沢新(ひざわ・しん)◎税理士。1987年生まれ。2013年に、税理士の国家資格を取得。税理士事務所NEO FRONTIER TAX OFFICEの代表税理士(https://hizawa-tax.com/)。おもに個人や中小企業、そして相続に関する相談に乗っている。身長185cm、70kg、体脂肪率8%。日々のジムトレーニングで、鍛え抜かれた肉体美を目指す。好きな言葉は「黄金の精神」。