「ボクは最終的に殴った先生も、挑発した生徒も、どっちも悪いと思いますよ」
と1年の男子生徒は言う。
「ツイッターで炎上させようぜ」
東京都町田市の都立町田総合高校(生徒数705人)で1月15日午前11時ごろ、生活指導を担当する50代男性教諭による体罰事件が起こった。1年生のクラスで3時間目の授業が始まったばかりだった。ピアスをつけている男子生徒Aくんが、
「表へ出ろ!」
と教室に入ってきたばかりの男性教諭に迫った。
廊下に出た2人は至近距離でしばらくにらみ合い、Aくんが、
「ふざけんなコラ! どう落とし前つけるんだよ。あ? こんだけ言われて、オレがキレると思わねえの? バカじゃねえの」
などと、生徒とは思えない乱暴な口調で教諭を罵った。
さらに、
「脳ミソねえのかよ! 小さい脳ミソでよく考えてみろよ」
と挑発した。
すると、教諭は逆上して、「この野郎、ふざけんじゃねえよ!」と、Aくんを殴り倒し、馬乗りになって、廊下を引きずった─。
こうした一連のやりとりを別の男子生徒が柱の陰からスマホで撮影しており、その動画はツイッターに上げられてインターネット上で拡散し、テレビでも報道された。
最初に拡散した動画は、体罰部分を中心とする約10秒の短いバージョンだった。
しかし、その後、
「ツイッターで(先生を)炎上させようぜ」
というまた別の生徒の声が入った約1分のフルバージョンが拡散したため、被害生徒らが組んで“炎上目的で体罰を誘発したのではないか”との見方が広がった。体罰は問題だとしながらも、生徒側の教師をなめきった行動や言葉遣いに非難が集中した。
体罰を受けたAくんは、中学時代は野球部だった。自宅近くの1歳下の後輩によれば、
「確かキャプテンをやっていたと思うけど、少しワルい感じで、先生にたてつくようなタイプだった」
という。高校でもいったんは野球部に入部したが、すでに退部している。また、高校ではピアスをしていた。
「イキがってはいるけど、特別なワルではないですよ。ピアスや茶髪は校則違反だけど、うちの高校ではまあまあ、いますからね」(同校2年の男子生徒)
「先生がかわいそう」
かたや、Aくんを殴った教諭は昨年4月に同校に赴任。Aくんが一時期所属していた野球部の顧問という間柄だった。体育教師で生活指導も担当していた。生徒の評判はすこぶるいい。
「生徒の態度が悪いと、強い口調で叱ることはありますが、人情味があって、とてもいい先生。殴るような先生じゃない。先生が一方的に悪いとされるのはかわいそう」
と複数の生徒がかばった。
体罰事件から2日後、殴った教諭はAくんとその両親に、
「ついカッとなって殴ってしまい、申し訳ありませんでした」と謝罪している。
Aくんと両親は、
「許せません」
と一部のマスコミに話したという。
同校は、「体罰をした教師が悪かった」(信岡新吾校長)
とコメントしたが、ネット上では“ことなかれ主義”などと叩かれ、生徒側への批判はおさまらなかった。
事件のことはSNSを中心に、あることないことが書かれ、広がっていった。Aくんや撮影した生徒らの実名が公開されたり、自宅や家族の職場、携帯番号とする情報まで明かされた。生徒のブログを探り当て、掲載画像から“飲酒疑惑”を指摘する声も。教師を陥れた計画的犯行とする見方は消えなかった。
「ピアスをしている息子を認める親も親だという意見もあります。ホントにもう、何がなんだかわからなくなって、みんなSNSにはうんざりしていますよ」(同校2年の別の男子生徒)
東京都教育委員会はこの事件について、次のように話す。
「事件の約30分後に校長から報告を受けております。当該教諭は、以前の学校でも同校着任後も、体罰などの問題のなかった先生でした。被害者の生徒さんについては、評価するところではありませんし、プライバシーの問題もあるので話せません」(担当者)
体罰を与えた教諭はどうなるのだろう。
「学校が当該教諭や被害生徒、動画を撮った生徒、目撃者などに詳細を聞き取ったうえで校長から報告書が提出されますので、それによって懲戒免職、停職、減給、戒告などの処分を決めることになります」(同教委の担当者)
Aくんの両親に取材を申し込んだところ、「話すことはありません」などと断られた。
校長は「教諭の非」と言うが…
真相をつかむべく情報収集中の信岡新吾校長(54)に話を聞いた。
「この事件はピアスの指導うんぬんはまったく関係なく、直接の原因をつくったのは教諭です。事件の数日前、教諭がほかの生徒に“Aくんは○○なんだよ”などと教師としては不適切なことを言った。
大ざっぱでフランクで、そこが生徒から慕われるところでもあるんですが、いわゆる軽口だった。その発言を事件直前の休み時間にほかの生徒から知らされたAくんが怒ったんです」(校長)
Aくんが怒ったのは、自分のいないところでそう言われた悔しさからとみられる。3時間目が始まり、教諭が教室に入ってきたとき、Aくんはこの件を持ち出して「なんでオレには言わないんだよ」などと詰め寄り、廊下に出たという経緯だった。
「教諭に非があるのだから、“それは悪かった”と率直に謝ればよかったんです。しかし、Aくんの言葉遣いに感情的になってしまった。先生として示しがつかないというか、先生の中には威厳、プライドを持っている先生がいるんですよ。そういうタイプの先生だったので、カッとなって体罰に及んだ。原因をつくり、結果も含めて、やはり先生が悪い」(同校長)
体罰動画を撮影した生徒は3人いる。「炎上させようぜ」と発言した生徒を含め、生徒側が結託して教諭をハメようとした事実はあるのか。
「それはない。Aくんのクラスは2時間目が自習で、Aくんらが“次の授業(3時間目)もかったるいねぇ。つぶれればいいのに”などと話していたため、そういうストーリーがつくられてしまったのかもしれません」(同)
隣のクラスは、たまたま自習だった。そのため廊下の騒ぎを聞きつけて動画を撮った生徒がいた。前出の校長は、
「Aくんらは“動画を撮っておけ”などと打ち合わせはしていません。その証拠に、Aくんは撮影した生徒に“(体罰を受けたという証拠のために)動画を撮ってくれてありがとう”と言いながら、“動画をなんでツイッターに上げるんだよ。オレの顔が映っているじゃないか”とも怒っているんですね」と話した。
動画は生徒から生徒へ渡りその中の一部がネットに上がった結果、拡散していった。
教諭は事件後、学校に出勤しているが、当面、授業と部活顧問、生徒指導はしない。関係した生徒たちは批判や噂にさらされて休みがちになったようだが、平穏な日々を取り戻しつつあるという。
やまさき・のぶあき 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物虐待などさまざまな分野で執筆している