《外国人スタッフなので「会話の内容を聞かれてしまう」「手紙や書類を見られてしまう」といった心配はございません。日本人スタッフだとどうしても気にしてしまう「気遣い」も不要です》
介護サービス業大手のニチイ学館は、家事代行サービスにおける「フィリピン人スタッフのメリット」と称して冒頭の広告を自社のホームページに掲載した。
「外国人差別だ!」「失礼すぎる!」
目にした利用者からの批判は瞬く間に広がり、昨年11月から掲載されていたこの広告は1月8日、ニチイ学館のホームページから削除され、かわりに謝罪文が載った。
「外国人だから日本語がわからないという決めつけがそもそもひどい。時代錯誤です」
と、介護職員の上田雄一さん(56・仮名)は憤るが、
「でも実際に家事代行サービスや介護現場でのフィリピン人女性への扱いは特にひどい」と明かす。
セクハラは日常茶飯事だった
フィリピン人のジェシカさん(29・仮名)は、4年前に介護留学生として来日。
「国に残っている家族に送金したいのと、憧れの日本で人助けができる仕事だと聞いて喜んで来日しました」
埼玉県内の介護施設で働き、手取り月収は約15万円。その中から5万円を仕送りしていた。待遇面での不満は特になかったというが、
「私が最初に担当していたのは要介護1とか2のご老人でそのときすごく大変でした」
要介護の数字は増えるほど重度を示すため、比較的介助を必要としない1~2で大変だったのには別の理由があった。
「セクハラがひどかったんですよ。利用者のご老人もまだ70歳とかで全然、若いよ。だから元気いっぱい。
介護やるにはある程度の日本語は必須条件です。だから基礎的な日本語はわかっていたんだけど、いわゆるシモの話、エロ話はわからないわけよ。それを面白がられてね」
言葉によるセクハラは日常茶飯事だったという。
「性器の名前を言わされたり、入浴介助をしていたら男性利用者のアソコが大きくなっちゃったりしてね。それは生理現象だからしょうがないんだけど“ボッキ”と言わされてそれでげらげら笑われたり」
日本語のおぼつかないジェシカさんにあまりにも卑劣な振る舞いだ。セクハラ行為は言葉だけではなく、ときには肉体に及んだことも。
「立ち上がるときに胸をつかまれるのは当たり前でした。自分で排尿行為ができるのに手伝わされていました。利用者の尿が便器に届くように持ち上げたりするため、性器を触らなきゃいけなくて嫌でしたね。健康なお年寄りなのになんで、とは思ってた。でもそのときはそれが普通なのかなとも思っていました」
「オプション料金でジェシカのお尻触れる」
男性利用者から性的な目で見られるようになったジェシカさんは、女性利用者に誤解されて嫌われるようになったという。
「私が利用者に身体を触らせてお金をとっているように見えたみたいです。そんなことはもちろんない。だけど1度ついた印象は消えないね。私に触られたくない、介助されたくないという女性利用者が増えていったよ」
しかし、ジェシカさんには利用者への怒りはない。
「施設長の熊川(50・仮名)っていう男がいてね、そいつが利用者をたきつけてたんですよ。熊川は英語ができたから私たち外国人労働者の相談窓口みたいな役割だったわけ。利用者に“オプション100円でジェシカのお尻触れる”とかよく言っていました。
セクハラはオプション料金として熊川がもらっていたのか、ふざけてそういうお店ごっこをしていたのかは今となってはわからないけど、もしお金をとっていたとしたらもっと許せないよ!」
度重なるセクハラ行為に耐えかねたジェシカさんは配置転換を訴え、県内の別の施設へ移動し、セクハラ地獄からも解放されたという。
「外国人を差別する熊川みたいな悪いやつがひとりでもいると、その職場は外国人にとって地獄になるよ。熊川は利用者によく言っていたよ。“ここは介護ホームじゃない、フィリピンパブです”ってね。ふざけるな! だったらもっと金寄こせ、だよ(笑)」
ジェシカさんは「日本人は大好き、でも熊川は大嫌い」と言って笑った。
施設長の熊川氏に話を聞こうとしたが、昨年7月にこの施設は閉鎖され真意を聞くことはできなかった。
2025年には34万人の人材不足に陥るとされる日本の介護現場。厚生労働省によると、'25年の介護職員需要が244万6000人であるのに対して供給は211万人にとどまる見込み。約34万人も介護職員が不足してしまう。
この打開策として目をつけられたのが外国人だ。
辛い介護職を外国人に押しつけている現状
介護問題に詳しい野党の国会議員が、知られざる現状を説明する。
「介護職は、以前は『きつい』『汚い』『危険』の3Kと呼ばれ、今では『暗い』『臭い』も加わって5Kです。加えて低賃金の問題もあります。厚生労働省の統計によれば、介護福祉士の平均年収は378万円で、全職種の平均422万円を大きく下回っています。肉体的に激務であるばかりでなく、他人の命を預かるという精神的な重圧ものしかかる。
これでは介護職につきたがる日本人がいないのも当然といえるでしょう。だからといって日本人がやりたがらないことは外国人にやらせる、と言わんばかりの政府のやり方は承服できませんね」
さて、冒頭の広告問題に戻ろう。
ニチイ学館の広報課に広告の真意を聞いてみると、
「人種差別的な意図はございませんでした」
と釈明し、
「本件に関しましてはさらなる職場環境の整備や生活サポートに努め、人権、文化、宗教、思想等にかかる細かな配慮を徹底することが重要であると考えており、これらの実行をもってフィリピン人スタッフへの対応とさせていただいております」
と答えた。
同社に登録しているフィリピン人スタッフには直接謝罪せず、研修制度の充実をはかることで対応するという。
現在、日本にはEPA(経済連携協定)によるフィリピン、ベトナム、インドネシアの介護士受け入れ制度や留学制度なども含めて3500人超の外国人介護士が滞在している。制度を利用していない外国人なども含めればもっと膨大な数にのぼる。
今年1月にはミャンマーから初の介護実習生が来日。外国人労働者の業種拡大により介護分野のグローバル化は加速するとみられている。外国人労働者の手を借りたいのであれば、最低限、相手を理解・尊重することが求められる。“言葉の壁”を悪用するようでは話にならない。