精神疾患の患者数が増加の一途をたどっている。厚生労働省の患者調査によれば、1999年には204万1000人だったが、2002年には258万4000人に達し、'05年には302万8000人と初めて300万人を突破。
国が重点的に対策に取り組むべきと指定していた、がん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病の「4大疾病」のうち、最も患者数が多かった糖尿病の237万1000人を超える数字だ。最新調査('14年)では392万人と過去最高を更新した。
精神疾患を経験する成人は国民の4人に1人以上
この状況を受けて、厚労省は前述の4大疾病に精神疾患を追加、'13年度から「5大疾病」として位置づけるようになった。職場でのうつ病や認知症の患者数が増え、発達障害の理解が広がったことも大きいとみられている。
国民の約20%が生涯のうちに精神疾患を経験するという報告もある。『精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究』('16年)によると、精神障害の生涯有病率は、アルコール依存症が14・9%と最も高い。
いずれかの気分障害は7・0%。階層別にみると、気分障害は女性の若年・中年層に、アルコール依存症は男性、若年者、結婚歴がない人に多くみられたという。
元国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター長で、現在は川崎市の精神保健センター所長の竹島正氏は「精神疾患を経験する成人が国民の4人に1人以上いることが明らかになり、国民病という意識を高めたと思います」と話す。
患者調査では、精神疾患で増えているのは入院患者ではなく通院患者の数だ。うつ病の理解が進んだことが一因といわれている。調査は全医療機関を対象にしているわけではないため、実際の患者数はさらに多いと予測される。
患者のなかで大きな割合を占めるのが、気分が高揚したり落ち込んだりする「気分(感情)障害」。うつ病や双極性障害(そううつ病)が、その代表例だ。
気分障害は'08年に初めて100万人を超え、精神疾患のなかでの割合としても32・1%を占める。'11年には103万6000人(宮城県の一部と福島県を除く)だったが、'14年には112万2000人に膨らんだ。特に目立つのが30代の患者だ。'99年の29万1000人から、'14年には60万7000人となり、2倍以上にも増えている。
自殺未遂者の75%に精神障害あり
精神疾患は自殺との関連性が高い。自殺予防総合対策センター(現在は自殺総合対策推進センターに改組)は、自死遺族の協力をもとに、自殺した人の背景を調査した「心理学的剖検」を行っている。
自殺した人の生前の行動を調査し、精神疾患を経験しているかどうかを調べたものだ。それによると、自殺者の3〜5割はうつ病だった。年間自殺者が急増した'98 年以降、精神疾患、特に気分障害が増加したこととも重なる。
自殺未遂者の75%に精神障害があり、うち約半数はうつ病という調査結果もある。うつ病対策は自殺対策と連動するともいわれる。
静岡県富士市は、「お父さん、ちゃんと眠れている?」というキャッチフレーズで睡眠キャンペーンを行っている。自殺対策のなかでは「富士モデル」ともいわれ、うつ病の身体症状、特に不眠に注目した取り組み。働き盛りの中高年男性を想定し、かかりつけ医や産業医と精神科医をつなぐことが狙いだ。
「メンタルヘルスの関心の高まりとともに、治療を求める行動にも変化があったのではないでしょうか」(竹島氏、以下同)
その背景として見逃せないのが、厚労省が'04年に提示した「精神保健医療福祉の改革ビジョン」だ。「国民意識の改革」「精神医療体系の再編」「地域生活支援体制の再編」「精神保健医療福祉施策の基盤強化」が謳われ、「入院医療中心から地域生活中心へ」という方針が示された。
'10年の閣議決定では、社会的入院の解消に向けた検討や医師や看護師などの人員体制の充実に向けた検討がされるように。都市部での病院の病床数(受け入れる入院患者の数)は増やさず、精神科のクリニックが受け皿になってきている。
「以前、精神科のクリニックは目立たないところで開業していましたが、いまは人通りが多いところにあります。通院患者が増え、精神医療への抵抗感が薄らいできたといえます」
精神医療の現場では、どんな治療がされているのか? 都内の精神科クリニックに勤務する男性医師は「カウンセリングと投薬治療が中心。そのほか、精神療法を受けたり、(共通の悩みや問題を抱える当事者が集まり、分かち合う)自助グループに参加する体制をとっています」と言う。
どんな症状が出て、何に困っているのかを問診し、必要に応じて向精神薬などを処方するのが一般的だ。
2人の患者の実体験を紹介
例をあげよう。
関東地方に住む内田真美子さん(仮名=40代)は、10数年前から精神科クリニックに通っている。
「眠れなくなったり、イライラが続き、友人からクリニックを紹介されました」
当初から、抗うつ剤などの向精神薬が処方されていたが、診断名は気にしていなかった。しかし、職場を休む都合で診断書をもらったとき、うつ病と知った。
すぐに改善はせず、自殺を考えたこともあった。医師に状態を話すと、処方される薬が変更された。
「自助グループに参加して、気分が明るくなったこともありました」
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関西地方に住む上村里奈さん(仮名=30代)は、そううつ病と診断されている。自殺願望が強く、未遂を何度も繰り返した。そのため通院だけでなく時折、入院もしている。
「10代のころから死にたいと思うことがありました。虐待を受けたり、いじめを受けていたことが原因かもしれません。家出を繰り返して、気分転換をしていましたが、働いてひとり暮らしをすると、精神的なバランスがとれず、病院に通うようになりました」
カウンセラーや相談員に話すと気持ちが安定することもあるが、ひとりになると、どうしても悲観的な考えばかり浮かんでしまう。そのため自殺願望が強まったときに数か月間、入院を繰り返している。
「医師を信頼して、つらいときはきちんと話すようにしています」
警察庁の統計(速報値)によると、'18年の自殺者数は2万598人で9年連続の減少となった。2万1000人台を下回ったのは実に37年ぶり。ピークの'03年が3万4427人だったことから、約1万4000人も減っている。
「医療や介護、福祉へのアクセスがよくなったほか、自殺の背景にある多重債務や生活困窮、虐待、アルコールの問題に目が向いた面もあると思われます。しかし最近の自殺者の減少は手放しには喜べません。事件性のない死の場合、警察の捜査の範疇ではなく、公衆衛生としての死因究明が不十分です」(竹島氏)
精神疾患は幅広い概念だ。最近では発達障害や依存症なども注目を集める。医療や保健、福祉の連携や支援体制は必ずしも十分ではない。地域の中でサポート体制の整備が求められる。
(取材・文/渋井哲也)
《PROFILE》
しぶい・てつや ◎ジャーナリスト。自傷、自殺、いじめなど若者の生きづらさをめぐる問題を精力的に取材。『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』(河出書房新社)ほか著書多数