萩尾望都、木原敏江、山田ミネコ、里中満智子……。かつて少女まんがを読みふけった経験がある人なら、聞き覚えがある名前だろう。これらの人気まんが家に共通している点は、「吸血鬼が登場するまんがを描いている」ということなのだ!
『ポーの一族』が少女まんがを変えた
本書では、1950年~'70年代に少女まんが雑誌で描かれた153作品の「吸血鬼まんが」を紹介する『少女まんがは吸血鬼でできている 古典バンパイア・コミックガイド』。なんと376ページの厚さだ。その理由を著者の2人に尋ねると、
「最初はこんなに厚くなるとは思わなかったんですよ。調べているうちに次々と、吸血鬼が登場する作品が見つかりました」
と、大井夏代さんが言い、
「書きながらどんどん増えていって。最後まで目次が決まらなかったんです」
と、中野純さんは笑う。
おふたりはご夫婦で、子どものころからの少女まんが好きが高じて、1997年に東京都日の出町に『少女まんが館』という私設図書館を開設した。のちに、あきる野市に移転し、約6万冊の少女まんが雑誌と単行本を所蔵する。
「2人ともに大好きなのが、萩尾望都が'70年代に描いた『ポーの一族』。エドガーとアランという吸血鬼の少年が主人公です。吸血鬼といえばそれまでは映画でクリストファー・リーが演じるドラキュラだったイメージが、透明感あふれる美少年に変わりました。
最初に読んだときは、私も主人公と同じ14歳の少年だったこともあり物語に引き込まれました」
と、中野さんは当時の衝撃を語ってくれた。
一方、大井さんも、
「彼らが生きる素敵な世界に連れていってほしくて、毎晩、窓を開けて寝ていましたね(笑)。
この作品からは“成長して大人にならなくてもいいんだよ”という強いメッセージを感じました。少女まんがに限らず、いまのまんがは『ポーの一族』の影響を強く受けていると思います」
そんな彼らが萩尾望都と並んで大事にしているのが、木原敏江だ。
「『摩利と新吾』で知られているまんが家ですが、実はデビューのころから吸血鬼まんがを描き続けています。特に『花伝ツァ』をはじめとする『夢の碑』シリーズでは、日本の鬼を生き生きと悲しく、いじらしい吸血鬼として描かれています」(中野さん)
そんな両者をつなぐ要素である「吸血鬼」に注目したことから、本書は生まれたのだ。
いまこそ少女まんがの世界に戻る時期
では、なぜ少女まんがにこれだけ多くの吸血鬼が出てくるのだろうか?
「ひとつは少女にホラー好きが多いからですね。それと、『ポーの一族』のように、ヨーロッパのきらびやかな世界を舞台にしていることです。少女にとっては憧れの世界です。また、吸血鬼が血を吸うのも重要な要素です。
もともと少女まんがには血縁をめぐる物語が多いのですが、吸血鬼は血を吸うことで誰とでもつながることができるというファンタジーなんです。これまでの固定化した血筋とは異なる、新しい家族のありかたを見せてくれたんです」
中野さんが解説してくれた。とはいえ、本書は評論ではなく、まんがファンとしての立場で書かれている。
「何人かでチームを組んで調べればもっと早くできたかもしれませんが、私はふたりだけでやりたかったんです。完璧じゃないかもしれないけど、ふたりでやったという熱意のかたまりを本にしたかったんです」
こう力説する中野さんに対し大井さんは、
「私は絶対ムリだと言ったんですけどね……(笑)。でも、そのおかげでいい作品にたくさん出会うことができました。最近の少女まんがにこんなに多くの吸血鬼ものがあることを知ったのも収穫でした。水城せとな『黒薔薇アリス』はとても面白いですよ!」
ふたりが22年も少女まんが館を続けてきたのは、まんがを寄贈してくれる人たちの思いを受け継いだから。
「とにかく、やりたくないことは無理にやらないというのが、続いた理由ですね。いまでは三重県多気町と佐賀県唐津市に少女まんが館の姉妹館があるんです」
と、大井さん。さらに、
「少女まんがが好きでも、ある時期にパタッと卒業してしまう人は多いです。子育てをしたりすると、そんな時間もありませんし。でも、何年、何十年たってもいいから、少女まんがの世界に戻ってきてほしいです。
イメージが変わるかもしれないから、昔好きだった作品を読み直すのが怖いという人もいるかもしれませんが、読んでみたら絶対面白いはずです。少女のころの感覚を取り戻せます」
ふたりは少女まんがの素晴らしさをこう強調する。
しかも今年は、『ポーの一族』の最新作が発表される予定で、萩尾望都の展覧会もあるという。また、イギリスの大英博物館が日本のまんが展を開催し、そこに『ポーの一族』も展示されるとか。ふたりが口をそろえて言うとおり、いまが「少女まんがの世界に戻るのにいちばんいい時期」なのかもしれない。
ライターは見た!著者の素顔
中野さんは『闇を歩く』『月で遊ぶ』などの著書を持ち、夜の山や街を歩く「闇歩きガイド」としても活動。また、地獄の老婆鬼・奪衣婆についての『庶民に愛された地獄信仰の謎』を書くなど多彩な顔をお持ちです。
「リアルなものの傍らにファンタジーなものがあるという意味で、少女まんがも含めて、私のなかでは全部つながっているんです」と話します。大井さんもいろんなことを追求されているようで、ふたりはお似合いで最強のコンビなのです。
■なかの・じゅん 1961年、東京都生まれ。『パルコ』を経てフリーに。'97年に大井夏代らと『少女まんが館』を創立。著書に『「闇学」入門』『闇と暮らす。』など
■おおい・なつよ 1961年、神奈川県生まれ。パルコ『アクロス』編集室を経て、フリーに。著書に『あこがれの、少女まんが家に会いにいく。』など
(取材・文/南陀楼綾繁)