税理士法人ネイチャー国際資産税のオフィスの様子

「2020年までに指導的地位の女性を30%に」と政府が掲げる「2030(ニイマルサンマル)」目標。'20年にリーチのかかった今年だが、'19年2月1日に発表された総務省による労働力調査('18年度年次統計)によれば、管理的職業従事者における女性比率は14.8%。昨年より1.6ポイント増加しているものの、目標の30%を大きく下回っている

「女性活躍」の推進が旬のテーマになっている日本社会において、女性たちが理想の働き方を実現するために考えなければならないことは何か。『日本一働きやすい会計事務所』(クロスメディア・パブリッシング)の著者であり、自身も会計事務所の代表として、職場の働き方改革・女性が活躍できる環境整備に精力的に取り組む芦田敏之氏に話を伺った。

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昇進を希望する女性が少ないのはなぜ?

 政府は女性活躍法を強化し、女性の採用数の拡大を求め、女性管理職を増やそう、女性役員を増やそうと呼びかけていますが、日本における女性の管理職比率は各国と比較してもずいぶん低いのが現状です。

 国の政策という面だけでなく、女性の管理職登用が必要だという声が一般論としても主流になってきている一方で、なぜ依然として女性管理職の比率は上がっていかないのでしょう。

 原因として、「女性が希望しない」「女性に昇進意欲がない」ということがよく指摘されます。また、「女性は仕事に対してやる気がない」と言われることすらありますが、このイメージは本当に正しいのでしょうか。

 独立行政法人労働政策研究・研修機構『男女正社員のキャリアと両立支援に関する調査』('13年3月)によると、課長以上への昇進を希望する者の割合は、男性の一般従業員(役職無し)では5~6割いるのに比べて、女性の一般従業員では1割程度と、顕著に低くなっています。

 ただし、昇進を望まない人にその理由を尋ねると「自分には能力がない」、「責任が重くなる」を挙げる者の割合は3割前後で、男女でほとんど差がないようです。

 つまり、管理職になりたいと思っている女性の割合は確かに少ないようですが、「女性だから責任を負いたくない・自信がない」というのはミスリードで、「自分には能力がない」「責任が重くなる」という不安自体は女性に限ったものではなく、男女ともに感じているのです。

 一方、同調査において「仕事と家庭の両立が困難になる」や「周りに同性の管理職がいない」という理由は、女性の方が男性より多く挙げています。

 これらの回答から、女性が管理職にならない理由は仕事へのモチベーションの低さにあるとは決して言えない現状が見えてきます。

 仕事か、生活か、取捨選択せざるを得ない現在の日本の状況が「管理職にはつきたくない」という言葉を生み出しているのではないでしょうか。現実的な視点で自分の周りの環境を見渡し、バランスの取りやすい位置を見きわめて生きているのが、いまの女性の姿なのだと考えられます。

「自分で選べる環境」が必要

 前述の通り、管理職には不安があるという人は、女性に限らず若い人を中心に増えています。大変さ以上のやりがいがあると言われても目には見えないものですから、それよりも「忙しそう」「部下の責任までも負わないといけない」「今までの生活が変わるのが心配」と、想像しやすいマイナス要素ばかりが浮かんできてしまうのは無理もないことだと思います。

 このような管理職に対する漠然とした不安を解消するため、一例ですが、弊社では役職につく人に対して「お試し期間」を設けています。「その人自身が望むなら、役職を降りることも可能」というものです。

 一度そのポジションになってしまったら戻ることはできないと思うと躊躇(ちゅうちょ)してしまいますが、お試しでいいならやってみようと、チャレンジするハードルが下がるのです。自分にストレス耐性があるかどうかというのは、実際にその環境に身を置いてみないとわからないものですし、周りから見ても適切に測れるものではありません。

 実際、お試し期間を経て「私には難しそうだ」と言って役職を降りる人はいます。これまで女性・男性にかかわらず数人からそういった申し出はありました。

 いったん役職に就いた人がまた一般社員になることは、多くの人にとっては体面などを気にしてしまうところかもしれません。そこで、この制度のポイントとなるのは、「経営・人事側から役職を降ろすことはしない」という点です。

 能力不足によって役職を降ろされるわけではないので、モチベーションが下がったり、周りからの視線を気にしたりするということもないようです。むしろ就いてみた経験があるからこそ、いまの自分自身の“働き方のライン”を知ることができるわけです。

 一度ギブアップしても、また時機が来たら声をかけます。このような流動的な人事が日常的に行われていると、管理職にチャレンジすることも、降りるということも、当然のように受け入れられていくようになるものです。

 ただ、これから出産や育児を考えている人にも同じように管理職についてもらうことを推奨するべきかと問われると、そこは慎重になるべきだというのが私の考えです。

 結婚生活や子育てを大切にするために、現時点では仕事量をある程度セーブしたいと思っている人に、「優秀だから責任ある立場についてほしい」と言っても、苦しめてしまうだけの可能性があります。

 しかし、そこで昇進を断って家庭を取ったら今後のキャリアを諦めないといけない、という二者択一の状況はなくすべきでしょう。

 一度は産休・育休や時短の勤務体制を選んだとしても、家庭のことが落ち着いて会社や仕事の優先度を上げていきたいと本人が思ったときに、管理職や、部下を率いる責任ある立場になってもらえるようにする。このような土台を作っておくことが、女性の自由なキャリア選択につながっていくのではないでしょうか。

 現在盛り上がりを見せている働き方改革においても、副業解禁やワークライフバランスの改善など、「働く者一人ひとりが生き方を選択できる環境」を作ることが重要視されています。女性が活躍していくために必要なのは、自発的に何かを「やりたい」と思ったとき、その環境が整っていることだと感じています。

長期的なキャリアプランを描くべき

 そして女性が自由に選択をするためには、ゆっくりでもいいので、「キャリアを途切れさせないこと」も大切だと考えます。

 私の事務所では、勤続年数に応じて法定を超えて産休・育休を取得できる制度を取り入れています。上限はありますが、勤続1年目では産前・産後合わせて3年間の休暇、勤続3年目では5年間の休暇……といった具合です。現在育休を取っている女性社員の場合は、最長7年間の休暇を取れることになっています。

 復帰後、産休・育休を取っていなかった社員に対して「遅れ」を感じるのでは? という声もあるでしょう。しかし、人生100年時代といわれるように働く期間が長くなっている現在、出世のスピードを急ぐことに大きなメリットはあるでしょうか。

 それよりも、安心して働き、休みを取り、いつでも戻ってこられる職場で長期的なキャリアを継続し、適切な時期にキャリアアップを考える。そういった視点を持つことで、無理なく仕事と生活のバランスを取っていくことができるはずです。

 また、結婚や出産を伴わなくても、プライベートの時間に比率を置きたいという要望を持つ人も増えています。

 弊社でも、入社一年ほどたった社員から「プライベートを重視するために転職を考えている」という相談を受けたことがありました。そこで提案したのが、時短でも正社員としての契約ができる『短時間正社員制度』です。

 契約社員やパートタイムという選択もありますが、将来的に見ると不安が残る働き方になってしまいます。短時間正社員制度なら、仕事の内容や責任はフルタイム正社員と同じ。給与は就業時間に比例し、継続的な雇用も保証されます。

 弊社ではその社員に対し、週3の短時間勤務を提案しました。結果、制度を利用して弊社に残ってくれたこの社員は、今では週3日の勤務時間の中で仕事のスピード・質を上げることを目標に働いてくれています。さらに「この会社で得られることはまだまだある。もっといろいろな分野で経験が積みたい」と言って、意欲的に仕事に取り組んでいます。

 最近は弊社以外でも、もともと会社に制度はなかったものの、勇気をもって相談することで短時間正社員制度が始まったという事例をよく耳にします。ただ、会社が許してくれるからラクをしようという考えだと、将来の自分を苦しめてしまう可能性があるということは考えておかなければいけません。

 自分のペースを把握し、その範囲の中では集中して働いて経験やスキルをしっかりと身に付けていくこと。それがキャリアを継続的につなげていくためには重要な考え方になるはずです。

女性が社会で重要な役割を果たすために

芦田敏之=著『日本一働きやすい会計事務所』(クロスメディア・パブリッシング)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします。

 最後に、女性が活躍するために必要なことですが、前述のとおり管理職になることへの消極的な姿勢は、現在の環境に原因があるかもしれません。会社としては管理職登用を促すことよりも先に、ライフイベントにとらわれずにキャリアを積み重ねていけるための環境を整備し、働きやすい会社だと思ってもらえるための土台作りをすることが必要だと考えます。

 一人ひとりの生き方になるべく寄り添える制度を考えることが、これからより重要になってくるでしょう。自分に合った選択をしていけることが、女性がのびのびと活躍できる社会をつくる源泉となるのではないでしょうか。

 女性活躍の推進は、もちろん女性の自己実現の場を広げるためではありますが、社会全体の「働き方」をスムーズにする働きも持っています。多様性は企業の生産活動を活発化し、性別によらない優秀な人材によるマネジメントは、組織をより円滑に回していく重要なカギとなるはずです。


<プロフィール>
芦田敏之 ◎あしだ・としゆき。税理士法人ネイチャー国際資産税・代表税理士。1978年、神奈川県横浜市生まれ。大手税理士法人に勤務後、'12年に税理士法人ネイチャー国際資産税を設立。近年は、働きやすい職場環境づくりへの取り組みが各メディアに取り上げられるようになり、新聞、経済紙などへの記事掲載の他、web媒体への取材協力やテレビ番組出演など、税務業界以外からも注目を集めている。著書に『日本一働きやすい会計事務所』(クロスメディア・パブリッシング)。