中江有里さん 撮影/坂本利幸

 女優であり作家としても活躍中の中江有里さんが、6年ぶりの小説『残りものには、過去がある』を刊行した。物語の舞台は、若く美しい花嫁と、カバのような体形の中年男性との結婚披露宴が行われている老舗ホテル。

 披露宴会場のテーブルのひとつはワケありの招待客の席で、幸せの絶頂にいるかのように見える新郎新婦には、2人だけの秘密があった……。本作は披露宴に集った人々の人生を通し、家族や幸せのあり方を問いかける連作短編集だ

儀式としての結婚式に興味があった

「私自身、結婚式に出席するのが好きなんです。式場には知らない人がたくさんいて、でも、誰もが新郎新婦のなんらかの関係者で、自分もそこに着飾って出かけていく。

 これってちょっとした非日常的な体験ですよね。以前から結婚式というシチュエーションがおもしろいなと感じており、1度、小説にしてみたいと思っていたんです」

 中江さんはもうひとつ、結婚式におもしろさを感じる点があるという。

「人は成長過程において、入学式や成人式といった儀式があって“おめでとう”と祝ってもらえますよね。でも、二十歳を過ぎると還暦まで、無条件に祝ってもらえる儀式はないんです。そんな中で結婚式というのは、自分たちで計画して自分たちを祝う儀式ですから。ひとつの儀式としてもすごく興味がありました」

 本作は6編の短編から構成されており、1作目の『祝辞』は、祝辞を述べる新婦の友人、栄子の視点で描かれている。実は、栄子はレンタル友達だった。

「ニュースを見ていたときに、インスタグラムでリア充生活をアピールするためにレンタル友達を雇っている人がいることを知ったんです。それからレンタル友達のことを調べはじめ、栄子の設定に生かしました」

 栄子は初対面にもかかわらず、新婦が思わず涙を流すほどの祝辞を読む。

「小説を書きはじめるときに考えていたのは、物語の舞台とおおまかな登場人物くらい。展開や細かいエピソードなどは、書きながら考えていきました。私は自分がおもしろいと思うものを書きたい気持ちが強いので、先の展開をあまり考えず、私自身が思わぬ方向へ引きつけられるようにと意識して書いているんです」

 2作目は新郎の友人、3作目は新婦のいとこと、物語が進むにつれて視点人物は少しずつ新郎新婦に近づき、2人の過去が見えるような構成となっている。この作りも書き進めることによって自然に組み立てられていったという。

「俳優業をしているせいなのか、登場人物の過去がすごく気になるんです。役者としてひとりの人間を演じるときには、その人がどんな親に育てられ、どういう学生生活を送り、どんな出来事があって今にいたっているのかを考えて、履歴書に書いたりもします。

 小説の登場人物も、過去があって今がある。例えば、『祝辞』の栄子なら、“彼女はどうしてレンタル友達として祝辞を読まなければならないのか”と逆算して考えながら、登場人物たちの身の上を確立していきました

心地のいい人間関係

 5作目の『愛でなくても』は、新婦の早紀が視点人物となり、壮絶な過去と新郎との出会いが明かされる。この作品の中には、新郎の次のようなセリフがある。 《人を妬んだり憎んだりはするけど、あらためて祝福することって滅多にないよね。(中略)たぶん自分を浄化するために、人の幸せを祈っているんだよ。その儀式が結婚式なのかもね

中江有里さん 撮影/坂本利幸

心から誰かを祝福するのって、心地がいいですよね。その心地よさは、小説を読んで泣いたり笑ったりしたときと同じで、自分が浄化されることで得られる感覚だと思うんです。私が結婚式に出席するのが好きな理由も、ここにあるような気がします」

 中江さん自身にも、誰かを妬んだりひがんだりする瞬間があるのだという。

「自分の状況に応じて、人のことがすごくうらやましく見えることってありますよね。私なんて、つらい気持ちのときはデパートの地下食品売り場を歩いているだけで、“みんな幸せそうだな”って思ってムッとすることがありますから(笑)。でも、それは単なるひがみだということも、自分ではわかっているんです」

 中江さんは、人間関係をテーマの根幹に据えて小説を書いているという。

「結婚はひとつの幸せのカタチとされていますが、結婚によって苦しんでいる人も意外と多くいますよね。新しく結ばれた人間関係によって、これまでにない不穏な物事がもたらされることもあります。

 どうして人間は、幸せになろうとして苦しんでしまうのか。その原因のひとつは、人間関係の近さにあると思うんです

 心地いい人間関係について考えた結果、次のような答えにたどり着いたという。

「例えば、学生時代の友達とは、久しぶりに会ってもすぐに当時のような空気感になるし、次に会う約束をしなくてもあっさりと別れることができます。そういう友情関係って、すごくラクですよね。

 だから、家族をはじめ、いろいろな人と友情に近い感情で付き合えたら、すごくラクだなぁって思うんです。そうした思いを込めてこの小説を書きました

ライターは見た!著者の素顔

 中江さんが今、いちばん興味があるのは5歳の甥っ子さんなのだそう。

「お正月に一緒にトランプで遊んだんです。私、一緒にトランプができるのがうれしくて、普通に本気で遊んでしまい、2回連続で勝ってしまったんですね。後になって、いつもはみんなが手加減して、甥っ子を勝たせていることがわかって焦ったのですが、結果的にはよかったみたいです。甥っ子に初めて負けを教えるという、貴重な役割を果たすことができました(笑)

『残りものには、過去がある』
中江有里=著
新潮社 1500円(税抜)
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PROFILE●なかえ・ゆり●1973年、大阪府生まれ。女優・作家。法政大学卒。1989年、芸能界デビュー。2002年『納豆ウドン』で第23回『NHK大阪ラジオドラマ脚本懸賞』最高賞を受賞し、脚本家デビュー。作家としては、『結婚写真』『ティンホイッスル』『ホンのひととき 終わらない読書』を刊行

(取材・文/熊谷あづさ)