「いつも応援してくださる皆さまへ」という書き出しで、鳴戸部屋がツイッターを使って、部屋の力士(20歳)による弟弟子への暴力事件の謝罪と今後の方針を、2月19日夜に行った。
ツイッターでのファンへの直接の謝罪はおおむね好評で、「応援しています」「心配していました」「隠さずに公表するのがいい」「大変なこともあるだろうけど、これからもがんばって」という応援リプライが連なり、「いいね」も1000を超えた(同日)。
新たに定められた「暴力禁止規定」
私自身、こうして直接ファンにSNSで謝罪するのは、とてもいいことに感じた。相撲部屋が直接つながるとなると後援会中心になりがちなのを、一般のファンに広く語りかけたことにとても好感が持てた。
この事件は、昨年12月19日に日本相撲協会が「暴力禁止規定」を決定したすぐ後に発覚している。1月31日に問題を発表、2月8日には力士の処分(引退勧告相当)、さらに親方への処分(3か月の報酬減額10%)が発表され、事件発覚から処分決定で迅速な対応が見られた。
このとき同時に、今回のような「力士養成員(十両以上が給料が支払われるプロで、幕下以下は力士養成員でセミプロ的立場になる)」では「成人ならば注意処分、未成年は指導処分」にされることも決まった。
しかし、この案件ではいじめが執拗で、弟弟子に柔道の絞め技をかけて失神させたり、金銭を要求するなどが認められ、引退勧告となった。ルールを決め、それに則するだけでなく、臨機応変に対応しようということもうかがえる。
その「暴力禁止規定」。
改めて確認したいと思って探したものの、昨年12月の発表から2か月が経つ今もまだ、相撲協会のサイトにはアップされていない(2月21日現在)。注目されているのだから協会のサイトに記載してほしいが、なんとか一部を「時事通信社」のサイトで読んでみた。
率直な感想として、これはいち競技団体の暴力禁止規定としては丁寧で、内部通報などに関しても細かく規定され、協会が厳しく暴力問題に取り組んでいるのが伝わった。
とはいえ、足りない点もある。12月19日の発表の際、一部ネットメディアから「現役の力士を対象としたもので、親方衆が弟子に暴力をふるった際の処分は明記されてない」と批判を受け、その2日後に「お知らせ」を協会のサイトで発表。
「暴力禁止規定は親方を含む協会員全員」を適用対象としていて、親方たちには力士たちより厳しい処分が課せられることを改めて書いた。
規定の決議とともに、外部委員を含めたコンプライアンス委員会も設けられたが(鳴戸部屋の処分もコンプライアンス委員会が決めた)、今後、コンプライアンス委員会による会議の要旨をホームページに随時、掲載していくのはどうだろう?
相撲協会が暴力問題に対して真摯(しんし)に向き合っていることが分かる。また外部コンプライアンス委員は会合に出席するだけでなく、年間を通じて相撲部屋を訪問し、親方や力士の生の声も聞いてほしいと思う。
これで相撲協会の暴力問題への対応、よし、OK!……だろうか?
今はやり直しが難しい時代
鳴戸部屋の力士と親方への処分が報じられた2月初旬、SNSでは相撲ファンたちが「暴力禁止規定が決まったから、鳴戸親方がすぐに報告して協会が対応した。これはいいことだ」という趣旨のことを書いていた。
同時に、相撲界に近しい人たち何人かが、この暴力をふるった力士は入門前からかなり“ヤンチャな子”で、そのことを分かっていながら鳴戸親方が「うちで面倒をみましょう」と預かったと書いていた。
私はこの両方の意見を読んで、いじめられていた側の力士たちにとっては早く対応してもらえて本当に良かったし、親方と協会にも暴力根絶の姿勢が強く感じられて素晴らしいと思った。
しかし、引退した元々ヤンチャだった子はどこへいくのだろう? とも思った。そういう子の行き場が果たしてあるのだろうか?と。自己責任と言われたらそうかもしれない。弟弟子をいじめ、金銭まで要求したなんて言語道断だ。
でも、まだ20歳そこそこの子どもだ。キャリアがここで終わってはつらい。今はやり直しが難しい時代。もしかして昔なら、この子はまだ部屋にいられたんじゃないか? と思う私は甘いのだろうか?
しかし、昔から相撲部屋にはそういう問題を抱えた子が多く入門し、育ってきたと耳にする。学校で問題を起こして退学したり、家庭環境が複雑で家出を繰り返したような子たちが、後援会などのツテで相撲部屋に入門してくる、ということはよくあるという。相撲界は年齢や体格の基準に合えば、ズブの素人でも入門できる。
生活が荒れて気持ちも荒れ、大人を信じられなくてふてくされイキがり、ケンカっ早くて腕っぷしだけは強い。そういう子が相撲部屋で鍛えられて相撲も心も強くなった、ということも多いはずだ。
そういった場面では、かつて、親方から檄(げき)とともにげんこつが飛ぶことも、同じく腕っ節の強い兄弟子たちから相当に痛い平手打ちだって飛んでくることも、多かったという。昔は稽古場に竹刀があるのも当然だったそうだ。
元力士に話を聞くと、みんな口をそろえ「兄弟子たちは殴ったことに責任を持ってくれる、ありがたかった」と感謝を言う。
「いや、和田さん、そういう思い込ませが、身近な人の暴力の特徴ですよ」と言われるかもしれない。そうなんだろう。だからこそ、新しい規定では「稽古中に握りこぶしで殴る」など細かく禁止されている。
しかし、そうなると、問題を起こした子にどういう対応をしたらいいのだろう? 教員をする私の友人は、問題のある子を叱責(しっせき)した折に「殴ればいいだろう」と薄ら笑いされて絶句したという。教師が手を出せないことを逆手に取って笑う生徒に対し、何をどうしたらいいのか? 長い葛藤と苦悩があったと聞く。
大切なのは信頼関係を築くこと。子どもに「何があってもキミを信じてるよ」と分からせること……。言葉で言うのは簡単だけど、難しい。長い時間がかかり、相当な忍耐が必要になる。
しかし、相撲部屋は教育機関ではない。
相撲ファンも一緒に考えてほしい
教育機関ではないが、長らくそれに準ずるような役目を自ら担ってきた。社会からこぼれ落ちそうな子たちを拾い上げ、朝から晩まで共に暮らし、たたき上げ、強い力士に育てた。
相撲部屋は、いわば社会のセイフティネット的な役割を果たしてきたのだ。あまり知られていないが、そういう側面を担ってきた。
しかも、ほとんどのプロスポーツはエリートだけが生きられる場所なのに、相撲界ではたとえ出世せずに序ノ口や序二段の下位に位置したままであっても、「契約解除」にはならない。
相撲部屋という衣食住が安定する中で相撲を取りながら、同時にセカンドキャリアを考えられることは、他に類を見ない素晴らしいプロスポーツの在り方だ。だからこそ、セイフティネットになりえる。最終学歴が中学卒業の子に、部屋がお金を出して高校卒業資格を取らせたり、専門学校に通わせることも珍しいことではない。
暴力追放の厳しく細かいルールが決まって、それが実施され始め、今現在、相撲部屋にいるかもしれない、こぼれ落ちそうな粗暴な子を抱える親方や兄弟子たちは、どう指導しているのだろうか? そこに混乱は起きてないだろうか?
もしかしたら大横綱になるかもしれない、今はまだ問題を抱えて混乱の中に生きる腕っ節の強い子どもは、これから相撲部屋に入れるのだろうか? セイフティネットとしての相撲部屋は今後も機能するのだろうか?
それを考えるのがコンプライアンス委員会なのだろうから、ぜひとも部屋見学は実施してほしいと願う。
私は決して拳での教育を肯定しているわけではない。
ただ、相撲部屋では長く、問題を抱えた子たちを受け入れ、強い関取に育て、また、たとえ出世しなくても見放すことをせず、次のキャリアへ進んでいけるよう、部屋みんなで見守ってきたという歴史がある。そして、そこには、拳もあったろう。
これからそうした部屋の在り方がどう変わっていくのか。私たちファンも知ることができるよう、コンプライアンス委員会の議事録要旨の公開を望みたい。この問題を相撲ファンも一緒に考えていけたらと願っている。
和田靜香(わだ・しずか)◎音楽/スー女コラムニスト。作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。主な著書に『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて〜44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』『スー女のみかた』(シンコーミュージック・エンタテインメント)がある。ちなみに四股名は「和田翔龍(わだしょうりゅう)」。尊敬する“相撲の親方”である、元関脇・若翔洋さんから一文字もらった。