「キュリナリーシネマ」をご存じだろうか?
これは、国際映画祭で食がテーマの優れた作品を選出する部門のこと。斎藤工さんの最新主演作『家族のレシピ』(3月9日[土]よりシネマート新宿ほか全国ロードショー)は、斎藤さん演じる日本人の父とシンガポール人の母を持つ青年が、家族の絆を取り戻すべく、亡き母の故郷であるシンガポールを訪れ、日本のラーメンとシンガポールのバクテーを組み合わせた「ラーメン・テー」を作り出すという感動作。松田聖子さんが出演することも話題を呼んでいる。
すでにベルリンやサンセバスチャンなどの国際映画祭のキュリナリーシネマ部門に招待され、食事券付き上映チケットは即日完売するほどの注目を集めた。
日本の国民食ともいえるラーメンと、スパイスの風味とやわらかな塊肉が存分に楽しめるバクテーの融合。映画の試写を見るとよだれが出るほど美味しそうだったけれど、実際どんな味なのか……? 映画出演者や監督と一緒に、取材記者もこの「ラーメン・テー」を実食できる日本初のキュリナリーシネマイベントが開催されるということで、私も参加を決意。いざ、会場となる銀座の「PLUS TOKYO」へ向かった。
洗練されたおしゃれなイベント会場に足を踏み入れると、無機質な折りたたみイスの記者席……ではなくゆったりくつろげるソファとテーブルが。ふかふかのソファに腰を下ろすと、イベントがスタート。主演の斎藤さんをはじめ、エリック・クー監督、斎藤さんの母を演じたシンガポールを代表する女優のジネット・アウさん、そして主題歌を担当したシシド・カフカさんが登場した。
「本日はキュリナリーという、日本では新しい映画の味わい方のイベントにお越しくださりありがとうございます。楽しい時間を過ごしましょう」という斎藤さんの挨拶にワクワク感が高まる。
本作は日本とシンガポールの外交樹立50周年を記念して作られた合作映画で、撮影は群馬県高崎市とシンガポールで行われた。シンガポール人のクー監督が、2つの国の共通点は「料理の素晴らしさ」だと感じ、それぞれの国のソウルフードを組み合わせる案を思いついたことがきっかけだったという。
いざ、実食!
まずは登壇者4人のもとに「ラーメン・テー」が運ばれる。少し緊張した面持ちだった4人の表情が一気に緩む。食の力は偉大だ。そしてフロアにはラーメンのいい匂いが!
「それでは、いただきます! ……ズルズル、ズルズル……」
しばし言葉を失い、美味しそうにラーメンを食べる4人。なかなか見られないだろう、目の前で斎藤工さんがラーメンを食べる姿! 待ってました!とばかりに、豪快に、美味しそうに麺をすする姿に見惚(みほ)れてしまう。
そんな注目の「ラーメン・テー」が記者である私のもとにも運ばれた。しょうゆベースと思われる透明なスープに浮かぶ細麺、そしてその上に堂々と鎮座するバクテー! バクテーは豚の骨つきあばら肉をスパイスやハーブなどと長時間煮込んだもの。いただいてみると、味がしみ込みほろほろと崩れるやわらかい肉は、ほっぺが落ちるほど美味しい! 唐辛子の効いたピリ辛のスープは後引くうまさで、アジアの風を感じさせる。バクテー、スープ、麺と、無限のループをたどりたくなるやみつき度だ(私の目の前のゲストはスープまで一滴逃さず飲み干していた!)。
バクテーを初めて食べたというシシドさんも「シンプルな中に、脂の感じやピリッと辛いところとかが本当に絶妙で美味しいです」と舌鼓。
すぐさま商品化できそうなこの「ラーメン・テー」を調理したのは、映画の料理監修を務めた竹田敬介さん率いるチームケイスケ。クー監督のアイデアを見事に形にした竹田さんに対し、監督は「天才!」と絶賛。監督、アウさんは特に日本産の豚肉の美味しさに太鼓判を押していた。
ちなみに、斎藤さんは「本当に簡単なので」とバクテーを家で自作しているという。監督業も行う彼は料理と映画に共通点を見いだしているようだ。
「自分のために作るのと誰かのために作るのとで違うと思いますし、人に喜んでもらうということだったり、いろんな材料を集めてひとつの鍋で合わせて、最後の味つけが決め手だったり、後片づけが大変だったり。すべてにおいて映画づくりに通ずる気がして、僕は同一線上にあるんじゃないかなと思っています」と語った。
「ラーメン・テー」の後は、ジネット・アウさんがロケ地の高崎市で食べて大好きになったという和菓子店『微笑庵(みしょうあん)』の名菓「ちごもち」がデザートとして供された。いちご一粒がまるごと薄い餅で包まれており、かぶりつくと口に広がるいちごのみずみずしい果汁と甘みは感動ものだ。
加えて、松田聖子さんの「がめ煮」、シシド・カフカさんの「ケサディア」(メキシコ料理※シシドさんはメキシコ生まれ)など、出演者が紹介する「家族のレシピ」が再現されて振る舞われた。どれも母の優しい味が感じられて、ほっこりとした気分に。
斎藤工にとっての「家族のレシピ」は?
最後に斎藤さんにとっての「家族のレシピ」は何か聞くと、本作の撮影最終日にクー監督が手作りして持ってきてくれたチキンスープだという。
「エリックがこのスープを作るために使った時間も、スープとともに味わって。もうね、号泣してしまいました。この物語自体が食を通じて国境を超えていくっていう物語でもあるんですが、実際に、そういう温かさで僕たち日本人キャストやスタッフを迎えてくれました。エリックはじめシンガポールチームに感謝の涙が止まらなくて。しかも本当に美味しくて。あのスープの味は忘れられないですね。大げさではなく、家族を見つけた味というか」
深い映画愛を持って俳優業・監督業に邁進する斎藤さんにとって、クー監督をはじめシンガポールのスタッフとの仕事は大きな出会いと希望になったようだ。実際、ベルリン国際映画祭のキュリナリーシネマ部門に本作を出品すると、約40か国でセールスが成立したという。
「映画館が減少していっている日本映画にとっても、大きなモデルケースにすべき体験をさせていただきました。彼(クー監督)と出会ったことは一過性ではなくて、自分が関わる映画だったり、周りにいる人たちに、映画の向かうべき場所は世界だと、具体的に見せてもらった作品でもあります」と熱く語った。
観客が映画に出てきた食べ物を味わうことで、映画の世界をリアルに感じ、遠くシンガポールと日本に思いを馳せることができる。まさに斎藤さんが言ったように「新たな映画の味わい方」を楽しむことができたイベントだった。
(取材・文・撮影/小新井知子)