「セカンドレイプは本当にきついです。だけど泣き寝入りしたくない。未来の世代のためにも性被害にあった被害者はきちんと声を上げていかなくてはいけない」
被害者の純子さん(仮名・34)は、インターネット上で“ウソつき”呼ばわりされるなど逆風吹き荒れる中、控訴審での逆転有罪判決を信じて、そう話した。
私は警察を呼ぶほど冷静だった
2016年5月10日、純子さんは東京・足立区の柳原病院で右胸の乳腺腫瘍を摘出する手術を受けた後、執刀した乳腺外科の男性医師・佐田氏(仮名・43)に手術していないほうの胸を舐められたなどと被害を訴えた。
準強制わいせつ罪で起訴された佐田医師に対し東京地裁(大川隆男裁判長)は2月20日、無罪判決(求刑懲役3年)を言い渡した。東京地検は3月5日、判決を不服として東京高裁に控訴。決着は先送りとなった。
'16年8月25日の逮捕直後、現場となった柳原病院はホームページ上で《警視庁による当院非常勤医師逮捕の不当性について抗議する》と声明を発表。
純子さんに対しては《全身麻酔による手術後35分以内のことであり、その内容は、手術前の恐怖や不安と全身麻酔で行った手術後せん妄状態での幻覚や錯覚が織り交ざったものと確信する》と述べ、全面的に佐田医師を守る姿勢を見せた。
同僚医師らも「この事件が有罪となれば安心して医療行為ができなくなる」などと訴えたため多くの医療関係者が関心を寄せ、『外科医師を守る会』が発足した。佐田医師は「不当に105日も勾留され、職を失い、信用を傷つけられた」として多くの同情を集め、裁判前から冤罪事件の被害者として扱われることに。
一方、被害者である純子さんは、ネットでバッシングの対象となっていた。純子さんが“「ぶっ殺す」と叫んで暴れた”など、「医師側の言い分だけをもとに書いた記事だけが流れた」と純子さんは主張する。
続けて、純子さんは「事件当時、意識がハッキリしていて証拠を保全し、警察を呼ぶほど冷静だった。法廷でも“ぶっ殺すなんて絶対言っていない”と主張していたのに、こちら側に有利な事実がほとんど無視された情報が世の中に流され続けた」と主張。
事件当時、純子さんは芸能関係の仕事をしており、それを明かしていないのに個人情報を流されたという。医師の無罪判決後は冤罪事件の加害者呼ばわりまでされている。
「(病後の状態が不安なのに)病院にも行けません。乳腺外科医界隈で私の名前は知れわたっていますから」
純子さんは悲痛な面持ちで訴えた。
被害直後の胸は“証拠保存”
事件が起こったのは、その日の午後だった。右胸の乳腺腫瘍摘出手術を終えた純子さんは、病室のベッドの左側に回ってきた医師に不信感を抱いたという。
「なんで左側に来るんだろうって。手術をしたのは右胸だから右側に来るものじゃないですか? それに左側はスペースが狭いのに、わざわざ狭いほうに来るのは不自然です。それと右胸だけを出して診察すればいいのになぜか左胸もあらわにされたんです。
不思議に思っていたら胸を舐めだして。でも、おかしいと思われるかもしれませんが、あまりにびっくりして最初は“治療の一環なのかな”と思ってしまったんです。先生を信じていたし、そんなことをすると思いたくなかった」
純子さんと佐田医師は約6年間、主治医と患者の関係だったという。また、過去にも同様の手術を執刀してもらっていたことから信用しきっていた。
「でも、やっぱりおかしいと思ってナースコールを何回も何回も押したんです。押したときにわかったのですが、音は出ず点滅するタイプだったので、なかなか看護師さんが来ないこともあって、何度もボタンを押しました。やっと看護師さんが来たら佐田先生は逃げるように去っていきました」
裁判でも純子さんは《左胸の乳首や乳輪のあたりを吸い尽くすように舐めたり吸われたりした。よだれとかもべちょべちょで、すごく気持ち悪かった》などと証言している。
その後、病室に戻ってきた佐田医師は純子さんの母親がいたにもかかわらず、「傷口をみるから」と言って、母親を病室から追い出し、1度目と同じ場所に行って、純子さんの胸を見ながら自慰行為のような動作を始めたという。純子さんが会社の上司に送ったLINEが残っている。
3時12分 《たすけあつ》《て》《いますぐきて》
3時21分《先生にいたずらされた》《こわい》
「看護師やもうひとりの執刀医に訴えましたが鼻で笑われて相手にもされませんでした。佐田医師が舐めた私の左胸を看護師がふこうとしたため、それを拒否しました。気持ち悪いけれど舐められた胸を証拠として保存しました」
純子さんの上司は110番通報した。駆けつけた警察官が左乳首の付着物を採取したところ、1・612ナノグラムの佐田医師の唾液が検出された。これは会話などによる飛沫量の4000~4万倍にあたるとする法廷証言があった。
同年8月25日、事件から約3か月半後に佐田医師は逮捕され、9月14日に起訴された。すぐに病院側がホームページで「不当逮捕」と主張し始め、純子さんを苦しめた。
「はなから私をせん妄状態だと決めつけて嘘つき呼ばわりしました。それと私は芸能活動をしていることも一切、医師に話していないんです。起訴の段階で、私は会社員と表記されていましたし、私の職業と事件とは関係ないはずです。でも、なぜかすぐにネット上で私の個人情報が流れました」
佐田医師の無罪判決を求める署名運動が展開される一方、純子さんにとって裁判は屈辱の連続だった。
胸から検出された唾液は「手術前のほかの医師とのディスカッションでの会話による唾液の飛沫の可能性がある」とされた。
医師は逃げるように病院を出た
第2回公判で医師の弁護団は《性的に過激な表現の多い作品に出ている女優》などと純子さんを評した。純子さんは「私は芸能関係の仕事をしていますが、そんな仕事ではありません」と憤る。そのほかにも事件にまったく関係のない主張を続け、まるで純子さんが1日中、性的なことばかり考えているかのように貶めたという。
ほかにも弁護側の証拠提示の際、傍聴者に見える大型モニターで純子さんの上半身裸の手術前写真を映しだそうとすることもあった。傍聴席は毎回、佐田医師の支援者らで埋め尽くされ、検察側証人に対しヤジを飛ばすなど異様な雰囲気だったと、純子さんは裁判を振り返る。
「どうしたら信じてもらえるのか。私、被害者ですよね。せん妄の頭のおかしい女性として扱われ、既往歴などのさまざまな個人情報が漏洩しています。被害者の秘匿ってないんですかね? せん妄かどうかにかかわらず、手術をしていないほうの左胸から大量の唾液と佐田医師の汗などが出た時点でアウトではないですか?
佐田医師もやっていないのであれば、事件後、私のところにやってきて、せん妄の説明をし、誤解ですよ、と説得したはずです。それが、警察が駆けつけた後、逃げるように病院を後にしています。
法廷では、私から佐田さんがよく見えました。せん妄の患者に事件をでっちあげられていると主張するなら、怒って私のほうを睨みつけてもいいですよね。私だったらそうします。でも、佐田医師は後ろめたいことがあるのでしょう。私のほうを1度も見ることはありませんでした」
純子さんは大きな瞳に涙を浮かべながら懸命に訴えた。
胸から唾液を含む佐田医師のDNAが検出され、性被害裁判において最も重要視される証拠はそろっている。純子さんは実刑を信じて闘った。しかし、1審判決は、推定無罪にまとめられた。純子さんと医師の証言それぞれを「いずれも信用できる」として判断から逃げた。
「これで無罪だったらどうやって立証すればいいのか、私はただ手術を受けに行っただけなのに」(純子さん)
まぎれもないセカンドレイプ
純子さんには納得できない点がいくつもある。
「上半身裸の写真を15枚以上顔を入れて撮られました。通常は3枚程度で顔は写さないそうです。なぜ私のときだけ顔を写したのか。それに自分で服をめくらされる状態で写真を撮られました。普通はありえないやり方だそうです」
判決内容にかかわらず、純子さんへの誹謗中傷はまぎれもないセカンドレイプ。
無罪判決後、純子さん側にも12人の大弁護団が結成され、主任の上谷さくら弁護士は、「被害者をいわれなき誹謗中傷から守り、被害回復することが重要。被害者を支える体制を作り、控訴審で戦っていきたい」と話した。
一方、医師側は3月27日、東京・足立区内で『外科医師を守る会』の無罪判決報告会を開き、医療関係者など119人が参加する大規模な集会となった。そこには佐田医師の姿も。取材には応じないという佐田医師の代わりに、柳原病院・外科部長で『外科医師を守る会』呼びかけ人の八巻秀人医師が、
「(佐田医師は)105日も不当に勾留されているわけですから」
と、佐田医師を慮り記者の質問に答えた。
─(医師側が言うように被害者が)せん妄状態にあったとして、なぜ、その患者を当日に帰宅させたのか?
「麻酔の規定で4時間たったら正常に帰宅でき、4時間がたったのでお母さまの家に帰られました。被害者の方も“半年たったらまた先生(佐田医師)に診てもらう”というようなことをおっしゃっていました」
─被害者に対して謝罪なりのアクションは?
「被害届が提出されたので、直接のやりとりはできません」
佐田医師の弁護団の黒岩哲彦弁護士は「せん妄対策は日本の医療界の課題」とし、「(せん妄によるものだから)女性が嘘を言っているとは思っていない」と答えた。
医療用語に「QOL(クオリティー・オブ・ライフ)という言葉がある。患者や家族の「生活の質」を維持・向上させる考え方で、末期がん患者の苦痛を取り除いてその人らしい生活を送れるようにしてあげたり、望まない延命治療を強いることのないよう医療従事者側が配慮するときなどに使われる。患者目線で向き合う医療の理想だ。
純子さんの場合、QOLは最悪だった。重篤な患者ではないがそれはまだ続く。