※写真はイメージです

 人手不足から働くシニアの活躍に注目が集まる一方で、安く買い叩かれ、使い捨てられるケースも珍しくない。実態をよく知る社会運動家・藤田孝典氏が緊急報告!

使いつぶされるシニア女性と広がる貧困

 女性の貧困といった際に「若い女性」の貧困をイメージする人が多いだろう。事実として、メディアで報じられる女性の貧困の多くはそうした事例であり、「シニア女性の貧困」はその陰に隠れてしまっている。しかし生活困窮者支援の現場に携わっていると、シニア女性の貧困は深刻な状況にあることがわかる。

 そして、彼女たちの貧困問題は労働問題と切り離せない関係にある。なぜなら、貧困であるがゆえに、高齢になっても生活のために働かざるをえない状況にあるからだ。今回は、働くシニア女性の実態と、その背景にある貧困問題について考えていきたい。

◆  ◆  ◆

 働かざるをえないシニア女性の労働実態はどのようなものだろうか。筆者も支援している労働組合『労災ユニオン』に寄せられる相談事例からは、安く都合のいい労働力として使い捨てられる高齢者、そんな実態が見えてくる。

 69歳の女性・Aさんは「少しでも年金の足しに」するために、契約社員としてビルメンテナンス会社で清掃業務に携わっていた。80歳になる夫は、定年後、心臓と足を悪くしており、その介護をしながら毎朝早くから働いていた。時給1000円で週5日、午前8時半〜午後2時半までの勤務だった。

 しかしAさんは勤務中に階段から足を踏みはずして転落し、首を骨折してしまう。さらに、下の歯を複数失うなどの大ケガを負い、救急搬送され入院することになってしまった。

 本来、業務中のケガは労働災害保険が適用され、治療費や働けない期間の所得補償が支払われる。ところが、Aさんが労災申請の手続きをしようとすると会社側はそれを妨害してきたそうだ。

 再三、書類を送るよう伝えても3か月間、放置されたあげく、電話で社長から家族へ威圧的で怒鳴り口調の対応がされた。また、入院中のAさんに対して「会社を辞めてほしい」と電話1本で告げてきたという。

 彼女が働く職場は高齢者ばかりで、人手不足が常態化していた。それでも施設の職員らとの人間関係を良好に保ちながら、求められている以上の成果をあげ、会社に貢献してきたという自負がAさんにはある。それにもかかわらず、ケガをした途端に切り捨てられてしまった。

 Aさんは、そのときの心情についてこう語る。

「まるでそれは“姥捨て山”に捨てられたような、とてもつらく、とても情けなく、屈辱的な、それまで生きてきた人生を否定されたような思いで、ただただ涙が止まりませんでした」

 Aさんだけではない。マンションの清掃を行っていたBさん(62=女性)も、ケガをした途端に辞めるよう迫られた。

 Bさんがマンション内の駐車場の排水溝を清掃していたところ、マンションの住人の車と接触事故を起こしてしまい、骨折。そのまま入院した。1か月ほどで退院したが、療養のため2か月は仕事ができない状況にあった。

 保険の手続きのために保険会社の担当者が会社へ連絡を入れたところ、退職手続きを進めていたことが判明。そのことをBさんは知らされていなかった。

 その件についてBさん本人が問い合わせたところ、会社から「今月いっぱいで退職してくれ」と言われ、契約途中での「雇い止め」を宣告されてしまった。

 Bさんは、せめて療養が必要な2か月は休んで労災保険による補償を受けることを希望しているが、ケガをした途端に切り捨てるような会社の対応を目の当たりにして、「迷惑がかかるから辞めたほうがいいのかな」と漏らす。

「労災隠し」「雇い止め」による切り捨て

 シニア世代が正社員として働き続けることは難しく、多くは非正規労働者として働いている。そのため企業内での立場が弱く、事故を起こしても声をあげられずに泣き寝入りしてしまうケースも少なくない。

 事故が起きたことをきっかけに、会社から切り捨てられ、労災として扱われない「労災隠し」が広がっている。また先の事例が示すように、働けなくなったシニア世代は簡単に「雇い止め」され、切り捨てられてしまうのだ。

 AさんやBさんのような相談事例は後を絶たず、安全衛生の不備などによる「高齢者の使いつぶし」とも呼べる労働実態が広がっている。その一方で、政府は「一億総活躍社会」を提起し、人手不足を補うために高齢者雇用を促進している。未来投資会議における中間報告でも、現行65歳以上とされている継続雇用年齢を70歳まで引き上げることが提起された。

 厚生労働省の労働災害発生状況によると、1989〜2015年までの間に労災全体の件数は減少しているものの、60歳以上だけは件数が減少しておらず、世代別労災発生件数の全体に占める割合が12%から23%へ増加している。'17年の死亡災害事案のうち、60歳以上は328件で3分の1を占める。

 そもそも、これらの実態が示すように、シニア世代は労災のリスクが高い。老化による運動機能の低下によって、思わぬケガにつながる事故が相対的に起きやすい。また、シニア世代のケガは大事故になりやすいことも特徴的だ。だからこそ、より精緻な労務管理、労働者への安全配慮義務が企業に求められるといえる。

 働くシニア世代は年々増加傾向にある。内閣府がまとめた『平成30年版高齢社会白書』によれば、'17年の労働力人口総数に占める65歳以上の労働者の割合は15年連続で増加し、12・2%に達した。

 さらに、同白書の世代別の就業者割合では、男性の場合65~69歳で54・8%、70~74歳で34・2%、同じく女性の場合65~69歳で34・4%、70~74歳でも20・9%となっており、70歳代においても2~3割の高齢者が働いている現状がある。老後も働き続けなければならないシニア階層が、かなりのボリュームで存在していることがわかるだろう。

 なぜシニア世代が働かなければならないのか、その背景には貧困問題がある。

 '15年に拙著『下流老人―一億総老後崩壊の衝撃―』(朝日新聞出版)でも指摘をしてきた問題だ。

 '15年度の日本全体の相対的貧困率は15・7%だが、とりわけ65歳以上の高齢者は19・4%と高い。経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均は12・6%なので、これを大きく上回っている。

 単身世帯の高齢者では、状況はさらに深刻だ。高齢単身男性は38%、高齢単身女性では52%にまで相対的貧困率が跳ね上がる。また、65歳以上の単身世帯のうち女性が占める割合は67・4%であり、単身のシニア女性は深刻な貧困状態にあるケースが多いことがわかる。

 労働政策研究・研修機構によると、妻が高齢者の共働き世帯数は、'14 年に39万世帯となっており'02年の2・8倍である。また、65歳から69歳の就業者が働く主要な理由は、「経済上の理由」(51・9%)が最も高く、第2位の「生きがい、社会参加のため」(14・9%)を大きく上回っている。

シニア女性を貧困に追い込む構造

 シニア世代のなかでも単身女性の貧困率が際立って高いのはなぜだろうか。その理由は男性が働き、女性に家庭内のケア、家事労働を押しつけてきた日本型の生活保障モデルにある。

 その結果、女性は家庭内に囲い込まれ、夫との死別や離別によって貧困化するリスクを常に抱えている。また家事労働を担わされている女性は非正規雇用比率も高く、低賃金労働へと押しやられ、それが低年金へと結びつき、シニア女性の貧困問題を生み出してきた。

 こうした構造から、シニア女性の多くは、専業主婦(あるいはパート労働者)として男性に従属的に生きてこざるをえなかった。企業社会から排除されていたために、職業スキルを十分に形成することができておらず、低年金で貧困に苦しんでいる人が多いのもこうした事情による。

 また、そのような状況に耐えざるをえない状況にあったために彼女たちは「我慢強い」傾向があり、それが職場での「労災隠し」や「雇い止め」に対して声をあげられない要因のひとつにもなっている。

 冒頭に紹介したAさんはなんとか労災申請・認定までたどり着き、休業補償を受けることができた。また、労災ユニオンに加盟し、会社との団体交渉を通じて再発防止などを求めている。

 Aさんは「高齢者は非正規の人が多く、安く都合よく雇用されて解雇されやすい。安心できる環境を整えてほしい」と訴える。シニア世代が安心して働ける環境を少しでも整備していくために、職場でのケガや病気の問題に取り組む労災ユニオンのような活動は、きわめて重要だ。

 自分自身、あるいは自分の親などが働き方に問題を抱えている場合、泣き寝入りすることなく支援団体やユニオンに相談してもらいたい。こうした取り組みを広げていくなかで、シニア女性の働き方や老後のあり方を社会に問うていかなければならないだろう。

(文・藤田孝典)


《PROFILE》
藤田孝典 ◎社会福祉士、社会運動家。NPO法人ほっとプラス代表理事、ブラック企業対策プロジェクト共同代表、聖学院大学客員准教授。著書に『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』など