「ヤバい女になりたくない」そうおっしゃるあなた。ライターの仁科友里さんによれば、すべてのオンナはヤバいもの。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、仁科さんがさまざまなタイプの「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」を分析していきます。
吉田沙保里

第23回 吉田沙保里

 アテネ、北京、ロンドンオリンピックで金メダルを獲得し、あまりの強さに“霊長類最強女子”とうたわれた吉田沙保里(以下、吉田サン)がバラエティー番組に進出し始めたころ、とてもイヤな予感がしたものです。

 テレビが知名度のある人、話題性のある人にオファーをかけるのは当然で、だからこそ、偉業を成し遂げた好感度女王・吉田サンにもお声がかかるわけですが、吉田サンの扱われ方から見るに、すぐに炎上女王になることは想像に難くなかったからです。

 吉田サンに限らず、女性アスリートがバラエティー番組に出演すると、恋愛ネタを要求されます。あれだけのアスリートですから、自由になる時間は少なく、恋愛もしにくいでしょう。当然、実らなかった恋愛の話が多くなるわけですが、女子アナやタレントなど“キレい職”の女性は、アスリートの恋話に「かわいい!」と言うことがよくあります。一途な姿がかわいらしいとほめていると解釈する人もいるでしょうが、ひねくれ者の私は思うのです。キレい職のみなさん、人気女優が恋愛や失恋の話をしても「かわいい」とは言いませんよね?

「かわいい」という言葉は、造形の美しさ、愛らしさをほめる言葉として使われることが一般的ですが、赤ちゃんや子犬など自分より「弱いもの」「未熟なもの」を表現するときに使うこともあります。バラエティーの共演者が吉田サンに言う「かわいい」は、私には後者に感じられたのです。ここで言う「かわいい」とは、競技中心の生活をしていて、おしゃれや恋愛は初心者。そんなあなたが健気に頑張っていて偉いという、少しの見下しを含んでいるのではないでしょうか。

 競技から離れ、いろいろな制約から解き放たれた吉田サンはネイルやエステなど、本格的に「かわいい」を磨き始めます。現役引退会見の際は話の内容はもちろん、肌の美しさやまつげエクステ、カラコンをしていることをニュース番組でも取り上げていました。こりゃ、そろそろ始まるなと思っていたら、案の定。ウェブメディア『まいじつ』では「吉田沙保里のTPOを『完全無視』したカラーコンタクトに呆れ声」といった具合に、「そんなの本人の勝手じゃね?」としか思えない記事が躍るようになってきたのです。“常識をわきまえていないヤバい女”というイメージに誘導したいのではないでしょうか。

バッシングを経験した先輩アスリート・リョウコ

 女性アスリートを上から目線で「かわいい」とほめそやし、本人が真剣に「かわいい」に励もうとすると、世間がバッシングするというのは、今に始まったことではありません。

 シドニー、アテネの両オリンピックで金メダルを獲得した元柔道選手の谷亮子(以下、リョウコ)も、同様の「かわいい」バッシングを経験しています。長く低迷する柔道の救世主として現れた彼女が成人式を迎え、振り袖で会場に向かう姿をスポーツニュース番組が密着していましたが、沿道の女性たちは「かわいい」という声援を送っていました。

 しかし、リョウコがオリックス・ブルーウェーブの谷佳知選手(当時)と交際を始め、キャンプ地に白いワンピースを着て差し入れに行ったあたりから、なんとなく空気感が変わった記憶があります。その後、リョウコが男性週刊誌のグラビアに挑戦したり、始球式でおヘソを見せての投球後に「サービスしちゃいましたね」と発言したころには、すっかりバッシングの対象となっていたのでした。

 さて、みなさんはこういう女性アスリートへの「“かわいい”手のひら返し」、どう思われますか? 自分の立場をわきまえないからだ、アスリートらしくしていればいいのに、急におしゃれに目覚めてしまった勘違いヤバ女だからしょうがないと思いますか?

 もし、谷・吉田の両アスリートを「調子に乗っている」と思うのだとしたら、それは「プロの理論」にはまりすぎではないでしょうか。

バラエティーで刷り込まれる価値観

 テレビのバラエティーに出る女性は、職業によって人格や行動が決められてしまいます。例えば、オンナ芸人で「私はモテています、リア充です」という発言をする人はほとんどいません。実際の生活がどうかは問題ではないのです。彼女たちはお笑いのプロですから、テレビというショーで、女子アナなどモテる人をやっかんで面白いトークを見せるのがお仕事です。

 下に見られているオンナ芸人がかわいそうと思う人もいるかもしれませんが、1分1秒でもテレビに出て名前を売るのが芸能人の仕事だと仮定すると、ある程度、過激にかみついたほうがテレビ画面に映る確率は上がります。女子アナよりも、かみついた芸人側のほうが多く映っていることはよくありますから、まったく損はしていません。

 しかし、視聴者にはそのあたりのからくりが伝わらず、特に女性には「女子アナなどキレいな人は、そうでない人より価値がある、キレいでないと不利益をこうむる」といった刷り込みがなされていきます。

 こういったバラエティーの仕組みを「真実」だと信じてしまうと、無意識に「こういう職業の人は、こうふるまうべき」という具合に、バラエティー界の序列で人をジャッジするようになります。吉田サンをイタいと叩く人は、バラエティーの世界で主流派といえない職種の彼女を、当初はちょっと見下しつつも好感を抱いていたのに、いつの間にかキレい職の女性陣と同じようなファッションとメイクで、タレントとしてテレビに出ているのが「アスリートらしくない」ので、気に入らないのではないでしょうか。

 容姿で女性を差別するというと男性のする行為だと思われがちですが、女性が女性を容姿で差別していることもあるのです。差別している側が無自覚だからこそ、ヤバい問題です。

 今のバラエティーで、女性というジャンルはコンテンツの一種でもあります。以前と比べるとだいぶ少なくなりましたが、結婚できないと言って笑い、こんなオンナが嫌いと叩く番組もあります。現段階で、アスリートとしての吉田サンに敬意を払うようなバラエティー番組はなく、おそらく今後も、結婚願望が強いとかイケメン好きとか女子力とか、そういう切り口でしか吉田サンは扱われないでしょう。

 世界の頂点を極めた吉田サンがバラエティー界に入ることは、結果的に「金メダリストと言えども、“キレい職”でなければ軽んじられる」という価値観を視聴者に植え付けることつながりますし、何より吉田サンにとっていいことなのか疑問です。

 ここは元祖アスリートヤバ女と言われたリョウコに、今後の身のふり方を相談したらいかがでしょうか。バッシングも何のその、人気の野球選手と結婚し、結婚披露宴をテレビで中継させるという往年のスター的人生を歩んできたリョウコなら、いい知恵を授けてくれるかもしれません。


プロフィール
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に答えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」。