「なんもしない僕を貸し出します」
パーカーにリュック、そしてトレードマークの青いキャップという出で立ちがアイコン化している“レンタルなんもしない人”。そのサービスは交通費と飲食代だけ支払えば「1人で入りにくいお店への同行」「愚痴をただ聞いてほしい」「離婚届の提出を見届ける」など、「ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーン」にいてくれる、というもの。
『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)は、そうしたサービスを利用する依頼者との交流で見えてきた物語を描いている。「ただそこに人がいてくれること」を必要とする現代の情景は愉快なものから、シリアスなものまで、圧倒的に多様。ときにおかしく、ときに寂しく、でも、どこか心が温まる不思議なノンフィクション。
本稿は、そんな“レンタルなんもしない人”に殺到している依頼に同行した、同著の編集者による観察日記です。
なんもできかねます。
2018年6月2日、Twitterに次のようなツイートが唐突に流れ、謎のサービスが始まった。
“『レンタルなんもしない人』というサービスを始めます。1人で入りにくい店、ゲームの人数あわせ、花見の場所とりなど、ただ1人分の人間の存在だけが必要なシーンでご利用ください。
国分寺駅からの交通費と飲食代だけ(かかれば)もらいます。ごく簡単なうけこたえ以外なんもできかねます。”(トップに固定されているレンタルさんのtwitterを引用)
ツイートの主は“レンタルなんもしない人”(@morimotoshoji)さん。サービスの依頼をするには彼に直接DMをして、返事が来たら完了となる(2019年5月1日現在、依頼が殺到しているので、依頼を考えている方はしばらく間をあけたほうがよいかもしれない)。
アカウント開設時はフォロワーもほとんどなく、依頼もまばらだったが、2019年1月末に『スッキリ』(日本テレビ系)に登場したのをきっかけに、またたく間にフォロワー数が増加し、4月26日放送の『ドキュメント72時間』(NHK)の取材対象となってからはその数を15万人強にまで増やしている。
TwitterのDMに届く依頼は、「体操服を忘れるな」とコメントしてほしい、といったものから、「引っ越しの見送りをしてほしい」「野球観戦に同行してほしい」「離婚届の提出に付き合ってほしい」など多岐にわたる。そしてそれらどの局面においても、レンタルさんは「ただ1人分の人間の存在」だけを提供している。
そんなレンタルさんの書籍刊行後の動向について、担当編集者である私が紹介してみようと思う。
【4月9日:写メがはやい】
昨年末より書籍制作を開始した『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』が無事にできあがった。この間、著者であるレンタルさんには「なんもしない」に徹してもらっていたので、そのぶん、自分をはじめ周りの人間がめっちゃなんかすることで、ようやく書籍ができたといった感じだった。
とはいえ、実際に本ができあがってみて著者がどのような反応をするのかは編集者にとってなかなか緊張する面もある。基本的には気に入ってもらいたいと思っているので、反応をうかがうのは怖くもあり、楽しみでもあるといったところだ。
待ち合わせは東京・国分寺の胡桃堂珈琲店。少し早めに到着して待っていると、階段をゆっくり「ユニフォーム」姿のレンタルさんが上がってきた。軽く挨拶をして、できましたと伝え、15冊ごとに包装紙に梱包(こんぽう)された書籍を出そうとしたところ、ものすごいスピードでパシャパシャパシャと写メを撮られた。
あまりのスピードに一瞬たじろいだが、平静を装い、「初めての本、どうですか?」と聞く。すると、満面の笑みで「いやー、本当に本になるんですね。できてみるとうれしいですね」と。
心から喜んでもらえたのがわかったので、いろいろ頑張ってよかったなと報われた気持ちになった。ともあれ、本にとってはここがスタート地点。
【4月16日:書店まわりでもなんもしない】
今日は、書店の店頭に本が入荷される日。そこを狙い、レンタルさんと都内の大型書店をまわってご挨拶がてら「なんもしない」をすることに。担当編集としては、その場で購入されレンタルさんに気づいた方だけにはサインするくらいのイメージで、そのほかはなんもさせないもの、と考えていた。
しかし、最初のお店について、店員さんのアテンドでエレベーターに乗り、事務室のようなところに入っていくと……そこには『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』が数十冊、積み上げられていた。
「え、サインしてもらうなんて聞いてないですよ!」、「なんもしない人になんかさせられないでしょう!?」と店員さんと同行していた弊社の営業部に食ってかかる。
彼らの視線は冷たく「お前は編集者なのに、本を売りたくないのか」「普通、著者はサインをするもんだ。してもらえるようにお前も頼め」(通常サイン本は返品ができないため、サイン本を置いてくれるということは書店側の多大な厚意でもある)と訴えかけてきているのがありありと感じられる。
しかし、ここでサインをさせてしまっては、すべてのコンセプトが崩れてしまう。
「……レンタルさん、どうしますか……?」
ということで、出た結論がこちら(この日、巡った各書店さま、ご理解いただきありがとうございました……)。
“書店の方から「サインをしてほしい」とこの状態を用意されていたけど「これはなんかしてる感じがするので」と断ってしまった。サインしてもらえなかったのは東京堂書店さん始まって以来のことらしい”(4月16日、レンタルさんのtwitterを引用)
【4月24日:看取ってください】
書店の店員さんたちがこぞって奮起してくれたおかげもあり、ありがたいことに売れ行きがが好調だったため、早々に第3刷を決めた。
そんな中、今日は文化放送にて『大竹まこと ゴールデンラジオ』へのレンタルさん出演に同行している。同番組はかなり書籍(出版文化)に寄り添ってくれている貴重な番組で、事前に出演者(著者)の作品を読み込んだうえで、愛のあるツッコミやコメントを寄せてくれるため、いちリスナーとしても信頼度が高い。
ふとレンタルさんを見ると、心なしかいつもより表情が硬い。さりげなく話をふってみると、「もともと、将来の夢として、お笑いの道も選択肢にあったから、プロのお笑いをやっている人たちに会うと緊張する」とのこと。それは競ってしまうから? と聞いたところ「そうではなく、リスペクトしているので」と。
緊張していても、そうでなくても、時間になれば本番が来る。それが生放送だ。スタジオに入ってしまえば、トークを切り開いていくよりほかはない(とはいえ、「簡単な受け答え」に終始するが)。
案の定、大竹さんはレンタルさんを気遣いつつ、鋭いツッコミを展開し、この日のパートナーの壇蜜さんはそれらをフォローしつつ話を広げてくれる。そしてレンタルさんは短い言葉ながらも的確に返答し、いま思っていること、感じていることを伝えていく。やはりラジオはいい。
すると終盤、壇蜜さんが突然こう切り出した。
「あの、未来の依頼ってできるんですか?」
全員が「未来?」と息をのんだところで、
「私、看取ってほしいんです。一人だから。大丈夫ですかね」
レンタルさんの返答は「日にちが確定していたら大丈夫です」(亡くなるまでの間の衣食住の提供があれば、とも返事していた)。
これでレンタルさんのサービスは(少なくとも)「壇蜜さんの看取り」が完了するまで続くことになった。壇蜜さん、くれぐれも健康で長生きしてほしい……。一方で、レンタルさんは壇蜜さんに「なんかレンタルさんは長生きしそう」と言われていた。
◆ ◆ ◆
というように、なぜかそこにいるだけで、何かしらの出来事が巻き起こってしまうレンタルさん。彼には不思議な魅力があるように思える。
依頼が100個あったら100通りの「必要とする理由」がそこにある。そして「なにもしない」という選択肢だけが、それらの理由とささやかな要望をかなえてくれるのではないだろうか。
このサービスが知れ渡り、「自分だったらどのような依頼をするだろうか」と、みんながふと立ち止まってちょっと考えてみること自体が、社会を見えない部分で揺り動かす力になっていくような気がする。
そんな希望を抱いて、「シーズン2」の制作に向けて動き出そうと準備を始めている。