1987年のデビュー以来、声優界を牽引(けんいん)する存在のひとりといえるのが森川智之さんだ。アニメの有名作品には枚挙にいとまがないほど出演。洋画の吹き替えも数々こなす。その幅広い“統治”ぶりで、いつの間にかついたあだ名は“声優界の帝王”!
仕事の幅は広がっても、いちばん大切なのは声の演技
そんな森川さんは2011年に、声優事務所と養成所を立ち上げた。以来、声優業とともに所属声優たちのマネージメントや、次世代の育成にも力を注いでいる。以前にも増して責任ある立場となった今、最近の声優界の変化をどう感じているのだろうか?
「今は歌もダンスもこなして、イベントやテレビに出演するのも当たり前。さまざまなスキルが声優として強みになる時代になったな、と思います」
日本のアニメや声優に憧れて、海を越えて彼のもとを訪れる志願者も多いのだとか。
「中国、韓国、アメリカやフランスなど、国籍は実にさまざまです。この職業がこれだけグローバルな存在になっているのは実にうれしいです。
海外の映画関係者に聞くと、縦書きで構成されている日本の台本は、画面と台本を両方見るのに実に適していて、うらやましいと言われました。技術だけでなくシステムも注目を浴びていている。今後も声優の可能性は広がっていきますよ、絶対」
その一方で、声優として大切なことを見失わないでほしいと自身の生徒たちには伝えている。
「仕事の幅は広がっていますが、やっぱりいちばん大切なのは声優としての声の演技。そこをおろかにするとプロにはなれません。もちろん、歌唱力もダンスも、世に出る強みのひとつでしょう。
ただ、声優志望で、“夢は武道館でコンサートをすることです”なんて子がいたりするのですが、それは違うんじゃないかな、と思います。なんて偉そうなこと言いながら、自分もバラエティー番組に出ていたりするんですけど……(苦笑)。優先順位だけは間違えないでほしいなと思います」
お茶の水博士役で知られる勝田久さんや、いわずと知れた野沢雅子さんなど、名だたるベテランを身近で見て来た森川さんだからこそ、「いくつになっても現役で活躍できるプロになってほしい」と未来の声優に思いを託す。今後、挑戦してみたいことは?
「自分の経験を若い子に伝えていく。そして僕らの先輩がそうであったように一語一語に対する意識を高く持って、美しい日本語を残していきたいなと思っています。
それは、言葉を生業(なりわい)にしている僕らだからできることじゃないかな」
言葉に携わってきたプロの矜持(きょうじ)……まさに帝王の美学!
Q&A
Q.子どものころの夢は?
A.学生時代はアメフトをやっていて、体育教師に憧れていました。結局、実際にはなれなかったけれども、教師でも警察官でも、どんな職業にもなれるのも声優の魅力だと思います。
Q.初めての出演作品は?
A.外国人向けの日本語教材のナレーション。意外と地味な仕事が多い印象でした。
Q.尊敬する人は?
A.たくさんいますが、しいて挙げるなら野沢雅子さん。家が近所だったこともあって、よくご自宅で教えてもらっていました。この業界のお母さんのような存在です。
Q.声優になったきっかけは?
A.高校3年のときに、首の骨を折る大ケガを負ったこと。今後の生き方を見つめ直して、声が大きいことを活かせる職業に就きたいと思い声優の養成所に入りました。
(取材・文/清談社)