テレビや新聞の第一報では、事件の本当の姿はわからない。
愛知県名古屋市中川区で、75歳の辰巳宏昭容疑者が64歳の妻・美恵子さんの顔を殴り、傷害の容疑で逮捕されたニュースも、まさにそんな感じだ。
辰巳容疑者は取り調べに対し「ご飯の支度をしてくれなかった」と動機を供述していると第一報は伝えるが、単純な理由の裏側には、別の理由が見え隠れする。
飲みに行くと必ず頼むお土産
事件発生は5月上旬、と警察は認定する。美恵子さんの意識と呼吸がなくなり、辰巳容疑者が119番通報して事件が発覚したのが16日だった。
「逮捕事実の概要は、被疑者が自宅で、被害者の顔面を左手で殴る暴行を加え、皮下出血を伴う打撲傷と鼻骨骨折のケガを負わせた」(捜査関係者)
美恵子さんは同日朝、搬送先の病院で死亡が確認されている。暴行との因果関係はわかっていない。
取り調べの供述と同じようなことを、辰巳容疑者が周囲に漏らしていたことがある。地元の居酒屋のオーナーは、「家事をまったくやってくれないって、ぼやいていましたね」
と記憶し、行きつけのスナックの女性店主は、
「よく愚痴を言っていましたね。“たまにはみそ汁のひとつでも作ってほしいんだけど、何にもしてくれないんだよね”って。もともと奥さんはあまり料理をしなかったうえに、認知症になって余計に……。ストレスがたまって、どうしても手が出てしまうんだって話していたこともあります」
ご近所では、自転車で買い物や娯楽の競馬に行く辰巳容疑者の姿が頻繁に目撃されていて、
「本当にひとりで、何でもこなしている感じでした」
と前出・スナックの女性店主は同情する。
飲み方も、自由に飲んでいた数年前とは変わったという。前出・居酒屋のオーナーは、
「1週間に2回くらい来てくれていましたが、最近は2か月に1回くらいのペースになりましたね。今年の3月1日の来店が最後でした」
と振り返る。その店には、
「午後4時の開店と同時に来て、生ビール2杯とおつまみ1品程度。滞在時間はだいたい1時間くらいでした」
帰り際、必ずお土産に頼むものがあったという。茶碗蒸しを2つ……。
「別居する娘さんの子で、20代後半くらいの年齢だと思います。障害があって、うまく身体を動かせないから、食事も食べさせているとか。排便も全部やってあげていました。固い食べ物は細かくして食べさせるって話も聞きました。生まれてからずっと面倒を見てきているからね。あんな年齢になってまで、本当によくやっていると思いますよ」
と前出・スナックの女性店主。辰巳容疑者の律義さにあきれたエピソードを明かす。
「奥さんとお孫さんに食べさせてねって、サービスで卵焼きを焼いて持たせたりもしました。そうしたら次にお店に来るときには、必ず生卵2パックを持ってくるんです」
孫娘と妻、W介護の生活
別の飲食店のオーナーは、夫婦で介護に取り組んでいた場面を目撃していた。
「お孫さんはデイサービスに通っていました。バスで迎えに来るんですが、以前は送り迎えを夫婦交代でやってるのを見かけました。暑い日も寒い日も車いすを押して歩いている姿は、今も覚えています」
孫娘のサポートも、奥さんが認知症になったことで、2人の面倒を見ることが辰巳容疑者の肩にのしかかってきた。
容疑者と同じ集合住宅に住む女性住人は、
「たまに自宅ではない家の前に座り込んだりしている奥さんの姿を見かけたことはありましたね」
と明かし、奥さんの顔には人に殴られたようなアザがあった、と続ける。
「顔のアザに関しては、障害のある孫娘さんが暴れるから、と聞いていました。1年くらい前からですかね、アザが目立つようになったのは。今月上旬、奥さんを見かけましたが、両目の周りが真っ黒で、まるでパンダのようなアザがついていました。
(集合住宅の)エレベーターの近くに座り込んでいるところに旦那さんが来て、“おかあちゃん、家に帰ろう”ってやりとりを見ましたね。以前も、他人の家の前に座り込んでいる奥さんを“家に帰るよ”って連れて帰ろうとするところを見ましたが、奥さんは“嫌だ、帰りたくない”って言っていましたね」
奥さんの認知症はひどくなり、周囲に辰巳容疑者は「病院に入れたいんだけど、なかなか入ることができない」と漏らしていた。
そんなW介護の暮らしの中で、辰巳容疑者の心の支えは孫娘だったようで、
「お酒を飲むと毎回言っていましたよ。“孫は宝物だよ”って」(前出・スナックの女性店主)
「孫に対しては愛情あふれることばかり言っていましたよ。昔、成人式で着物を着せてあげたらしいんだけど、その姿が本当に可愛いんだって」(前出・居酒屋オーナー)
献身する辰巳容疑者だったが、自分も体調を崩した。
「昨年、入院していると思います。確か脳梗塞で1週間くらい。小さい身体でガリガリ。確か38キロって言ってましたね。お酒を飲んだら、何も食べないので、医者からはお酒もやめたほうがいいって。辰巳さんが飲み歩くようになったのは70歳を過ぎてからと言ってました」(前出・スナックの女性店主)
3度の食事と排泄と介護に買い物を一手に引き受けていた辰巳容疑者。「ご飯の支度をしてくれなかった」という供述は、「ご飯の支度をしてほしかった」という願望の裏返しなのかもしれない。