星野ルネさん

 SNSをきっかけに今、話題を集めるコミックがある。アフリカ・カメルーン生まれ、関西育ちの星野ルネさん(34)が描く『まんがアフリカ少年が日本で育った結果』だ。カメルーン人の母、日本人の義父を持つ星野さんが、自身の生い立ちや日本で暮らすアフリカ少年の日常をユーモアたっぷりに描く。例えば、こんなエピソードが連発される。

無意識下の思い込みや偏見をあぶり出す

 運動会の短距離走でルネ少年は3着になった。すると、みんながざわついた。

「アフリカの子が負けた?」「調子悪かったのかしら?」

「僕は声に出して言いたい。黒人全員が超人的に運動神経がいいわけではないんです!」

 と、オチがつく。

 4歳で来日。以来、日本人の中で過ごしてきた経験をもとに、日本人が無意識のうちに外国人に対して抱く思い込みや偏見をあぶり出す。

 漫画を描くきっかけは何だったのか。

「僕は日本に来て保育園に通った。けれど、日本語はまったくわからない。でも、お絵描きの時間があって、自分の絵を見てくれる子がいたんです。何をしゃべっているかはわからないけど、笑ってくれてる。これで仲よくなれるんだなと子どもながらに思いました。『ドラゴンボール』を描いたりしてね。小学校でも、ルネの絵はすごいと一目置かれました。高校くらいまでは、弟や妹を相手に即興漫画を描いて遊んでましたね」

 快活に育ったルネさんだったが、まだ外国人、とりわけアフリカ系が少なかったころは嫌な思いもあった。その当時、アフリカ系の有名なタレントといえば、サンコンやゾマホンだった。

「彼らはとても知的な人たちなのに、テレビでは滑稽な役回りばかりだった。その影響で、僕も学校でオモシロおかしくいじられることも多かったんです」

 しかし、周りがルネさんの存在に慣れてくると、変化も現れるようになる。

「部活でバスケの試合に出たとき、レギュラーでもないのに、ベンチに座らされるんです。先輩いわく、僕が座っているだけで相手にプレッシャーを与えられると(笑)。これは“オイシイかな”と思えるようになっていきました」

出版した本は「実験」

 ルネさんにとっては単なる日常でも、日本人にはユニークな出来事になる。それに気づいたのは、地元・姫路のダイニングバーで働いていた25歳のときだった。

「よく店のお客さんに、僕の体験したエピソードを話していたんです。例えば友達が働く日焼けサロンに遊びに行ったら、そこにいたおじさんに“お兄ちゃんはもう焼かんでもエエやろ!”とツッコまれた話など(笑)。聞いたお客さんは大笑いしたり考えさせられると言ってくれた。もっと広い世界に発信したほうがいいと言われることもあって上京したんです」

『まんがアフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版)より。第2弾のファミリー編も好評

 タレント事務所にも所属したが、依頼は外国人としての仕事ばかり。

「アフリカ系日本人としての仕事がないことに気づいたんですね。芸人という道も考えたんですが、僕がやりたいのは『お笑い』ではない。そこで、メモとして書きためていたネタを得意の漫画にしてツイッターに投稿するようになりました」

 ルネさんは、この世界はほとんどが人々の勝手な思い込みでできていると言う。

トラブルの原因は思い込みです。アフリカ人は足が速い、視力がすごい。インド人はカレーを食べて、象がいてヒンズー教だとか。中途半端なステレオタイプなんですね。

 僕と一緒に成長してきた友人やクラスメートは、アフリカ人に対して偏見がありません。だから、そういう教育さえちゃんとしていれば差別なんか生まれない。最近、小中学校や高校に講演で呼ばれることも多いんです。みんな僕の話に驚きの連続です。アフリカのイメージがどれだけ偏っているかに気づくんですね」

 ルネさんは、出版した本は「実験だ」と言い切る。

マイノリティー(少数派)がマジョリティー(多数派)の中でどう生きていくかという社会実験。なんでこんなことが起こるのか、いろんな例を挙げて表現している。だから、『日本で育った結果』というタイトルなんですよ」

 4月からの入管法改正に伴い、労働者をはじめ、日本で暮らす外国人がますます増えるだろうといわれている。

「来るのは“労働力”じゃなくて“人間”ですから。日本の文化や習慣に慣れるまで時間がかかる。寛容さが必要なんじゃないのかな。SF映画のプレデターのようなやつらが来ると思ったら、実際にそうなってしまう。温かく受け入れれば仲よくなれますよ」

(取材・文/小泉カツミ)