「羽田空港国際線ターミナルで“手抜き工事”があったとする記事が『選択』という月刊誌に掲載されていることを昨年5月下旬、読売新聞の広告で知ったんですね。それでその雑誌を急きょ、取り寄せて読みました」
と羽田空港を運営する東京国際空港国際線ターミナル(TIAT)の企画部は説明する。
ご存じのように、同ターミナルは2010年に拡張され、新装オープンした東京の顔。その天井の空調設備の配管に重大な“手抜き工事”があり、法的には違反ではないものの、耐震、強度について国土交通省が定めた「建設設備耐震設計・施工指針」に反するという指摘だった。
その工事を請け負ったのは、空調設備では業界最大手の高砂熱学工業(本社=東京都新宿区、東証1部上場)だった。前出のTIAT企画部は続けて、こう語った。
「工事の元請けである鹿島建設に問い合わせたところ、“ちゃんとやっているはずですけれど、実際に天井を開けてみなければわかりません”という答えでした。ところが、鹿島が下請けの高砂といざ天井を開けて入ったところ、ちゃんとやっていなかった。つまり、きちんと工事しているかを高砂も、鹿島も、それから設計を担当していた設計会社もチェックしていなかったのです」
直径4~5㌢の配管はターミナル全体に、距離にすると数十㌔にわたって張り巡らされている。震災時の落下を防ぐため、天井からぶら下げている配管に、一定の間隔で揺れ止めの金具を取りつけるのだが、5階建ての全フロアで293個必要だったのにもかかわらず、8割に満たない232個しかなかった。
最も不足していたのは旅客が到着する2階部分で20個足りなかった。ほかの1、3、4、5の各階でも計41個が不足していた。
「それで昨年6月初旬から約2週間かけて不足していた部分の補強工事をしたわけです。また、管轄である国交省に“手抜きされた部分がなくても、安全だったかどうかを調査して公表しなさい”と指示を受けたので、鹿島にシミュレーションしてもらったところ、“配管が落下しても水漏れするおそれはなかった”という結論を得ています。こうしたことは、昨年6月22日付のホームページで公開しています」(同企画部)
確かに、国際線ターミナルがオープンした翌年、東日本大震災が発生した際、羽田空港では水漏れなどの問題は起きていない。都内でも最大震度6強の揺れが襲い、九段会館の天井が崩落して死者が出たのは記憶に新しいところだ。
しかし、なぜか前出記事への高砂の反応は鈍かった。同社がこの件をホームページで公表したのは約4か月後の昨年10月22日。その間、羽田の補強工事に応じながら、先の『選択』と同じ内容を含む記事を東京新聞などが報じるまで、なかなか公にしようとしなかったのである。
実は“手抜き工事”云々が最初に表面化したのは、2017年末のある民事裁判の法廷だった。しかも、高砂みずからが“手抜き”を口にした。同裁判は、高砂が、2013年に元社員Aさん(50代、懲戒解雇)を相手取って損害賠償などを求めたもの。その中で高砂は、
「Aさんが国際線ターミナル工事に携わり、設計図で指示されたとおりの施工を行わず、手抜きによる会計処理で裏金作りをした」と主張。
ところが、Aさんが工事に携わったのは工事が始まってから約5か月後で、担った場所も国際線ターミナルの2階のみ。つまり、ほかの階の揺れ止め金具の不足はAさんとは関係ないことになる。
本当に“手抜き工事”はAさん個人の責任なのか。組織的な関与や企業体質などの問題はなかったのだろうか。
こうした疑問に対して、高砂の広報室は、
「羽田空港に関しては、私たちは“手抜き工事”という認識は持っておりません。TIAT、元請けの鹿島、設計会社、下請け会社などの関係者との連絡の不備が原因だと思っております。2度とこのようなことがないように、日々の施工管理をきちんとやっていくことと、社内の再教育を徹底させていきたいと考えています」
と説明する。
だが、羽田空港でミスが発覚したということは、過去にほかの現場で起きている可能性も否定できない。そうしたチェックも必要なく、Aさん個人の責任と言い切れるのか。
「Aさんを訴えた民事裁判については、この春(5月下旬)に判決を控えています。裁判に支障がありますので、現時点で言及することは控えさせていただきます」(同広報室)
さらに、2週間で終えたという補強工事については、ある業界関係者から次のような指摘がある。
「営業していない深夜の時間帯に、足場を組んで、天井を開けて、また営業時間には元に戻す作業を繰り返し行わなければいけない。2週間で61か所の補強工事はかなりのハードスケジュールになる。きちんとやってはいないのではないか」
都庁担当者「まったく知りませんでした」
そこで補強工事の内情を確かめるために、工事に要したのべ人数と、のべ時間数を高砂に尋ねた。
「人数は日々かわっていますし、時間は待機時間などもありますので、それはいま調べてもわかりません。ですが、きちんとやっております」(同)
疑問を晴らすまでには至らなかった。
空調設備業界のリーディングカンパニーである高砂は日本の名だたる建造物の工事に携わってきた。不特定多数の入場者や観光客でにぎわう施設も多い。それらは、はたして大丈夫なのだろうか─。
まず、1991年に完成した東京都庁の第2本庁舎。都財務局庁舎整備課の担当者は、
「羽田空港の件はまったく知りませんでした。都庁舎に関しては、高砂さんから説明はありませんし、うちから問い合わせることもなかった」
と話す。
建造物については少々、説明を要する。私的な建造物については、先の鹿島のようなゼネコンなどが元請けになって、空調設備の高砂や、電気会社、給水会社、エレベーター会社などを下請けとして工事を発注する仕組みになっている。一方、都庁のような公的な建物については、ゼネコン、空調設備会社、電気会社、エレベーター会社などそれぞれが元請けとして発注される。
「完成時に高砂さんもチェックされていますし、うちもチェックしておりますので、まったく問題はありませんでした。しかしながら、東日本大震災のときに1か所、破断はありましたので、それは修復しております。建設から25年を経てからは毎年、日常的に点検をやっていますので、もちろん大丈夫です」(同財務局庁舎整備課)
次に、'97年に完成した新国立劇場に問い合わせてみると、開口一番、
「えっ、羽田空港でそんなことがあったんですか。まったく存じあげませんでした。わざわざ知らせてもらって、よかったです。ありがとうございました。さっそく、うちのことも調べてみます」
と総務部の担当者。
数日後、その結果を取材することになった。
「羽田空港の記事を探して、それと同時に高砂さんに連絡して説明を要求したんですね。すると、理事、営業部長など3名の方がこちらに来られて、事情を説明されました。“羽田空港はAという人物がやったことなんです。Aはこちらの工事には来ていませんので、大丈夫です”ということでした」
と同担当者。新国立劇場も都庁同様、公的な建物なので高砂が元請けとなって発注されている。
「完成時に高砂も、うちも二重にチェックしていますからね。東日本大震災時にもまったく支障はありませんでした。もともとここは地盤が硬いところですし、震度7にも耐えられるはず。日常的にも点検していますので大丈夫だと思っております」(同担当者)
不可解な対応に終始したのが、国立新美術館だ。
「大変おそれ入りますが、美術館系・弊館の広報関係以外のご取材はお断りさせていただいております。ご理解いただきますようお願いいたします」(広報・国際室)
国有財産なのに、なぜ答えられないのだろうか。
それ以外の回答は、記事末尾の表のとおりである。これらについて、先の高砂・広報室は、
「大丈夫です。羽田空港の報道があって、ホームページにもほかの建物には影響がないと書いております。“うちは大丈夫なのか?”という問い合わせがきた場合に限ってお答えしていますので、すべてに連絡はしていません」
と話す。だが、裁判中のAさんは、こう言う。
「私の裁判は、私の異例の出世に嫉妬した上司や同僚などが、まったく罪のない私を追い落とそうと画策したもの。私を悪者にして、羽田空港のことをすませようとしている。しかし、“手抜き工事”は会社ぐるみの体質です。空調設備はいわゆるブラックボックス。天井を開けてみないとわからないし、いざ地震などが起きて開けてみても、やった人間しかわからないのが実状ですよ。第三者機関による厳密なチェックもないですからね」
関東圏に今後、30年で東日本大震災クラスの直下型地震が起きる可能性は90%とも言われている。そのとき、これらの建物の配管が無事であればよいが……。