『ポツンと一軒家』(テレビ朝日系)の出演者、所ジョージ

 6月9日に放送された「ポツンと一軒家」(朝日放送、テレビ朝日系)の視聴率が20.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録。録画視聴やネット視聴が増えて「視聴率が取れない」と言われる中、20%を超えたことに驚きの声が上がっています。

 これまで日曜夜のテレビ番組をリードしてきた「世界の果てまでイッテQ!」(日本テレビ系)は15.0%、大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(NHK)は6.7%。さらに9日は、久保建英選手の日本代表デビューが待望された「サッカー・キリンチャレンジカップ2019」(TBS系)が13.8%を記録したうえでの20%超えという事実が、その価値を高めています。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 20%超の高視聴率は、「やらせ疑惑や出演者の大ケガで失速気味の『イッテQ!』や、同日に大河ドラマ最低視聴率を記録した『いだてん』の視聴者が流れているだけではないか?」という声がありますが、決してそれだけではなく時代にフィットする魅力を兼ね備えているのです。

孤独と高齢層の生き方は世間の関心事

 番組のテーマは、「日本全国の人里離れた場所にポツンと存在する一軒家」ですが、実際の見どころとなっているのは、そこに住む人の人生ドラマ。「どういう人が、どんな理由で、どんな暮らしをしてきたのか?」が視聴者の関心を集めています。

 9日の放送では、宮崎県の一軒家が2軒紹介されました。1つ目のエピソードは飛鳥時代から1400年の歴史を持つ神社に嫁いだ中武五月さん(74歳)と、息子で71代目の中武祝亮さん(50歳)の親子2人暮らし。

 22歳で嫁入りしてから、17年前に道路ができるまでは1時間をかけてけもの道を上り下りしながら子育てをしていた母と、山奥の立地が原因で2度も離婚してしまった息子。旅館の板場で働いていたが、山奥の神社を継いでくれたうえに、自分の世話をしてくれる息子への感謝で涙を流す母と、仕事に精進しつつ後継者問題に悩む息子の姿が感動を誘いました。

 2つ目のエピソードは、骨折で3カ月入院したことをきっかけに、脳梗塞の後遺症が残る夫を介護施設に入れて一人暮らしをはじめた中武ヒデ子さん(81歳)。スタッフの取材依頼に「恥ずかしい」と言いながらも満面の笑みを浮かべ、5分で部屋を片付けて服を着替え、「犬のおもちゃが話し相手」と語りました。

 さらに番組は2日後、1年ぶりに一時帰宅する夫と過ごすシーンを後追い取材。「どうっちゅうことない」と言いながら幸せそうに笑い合う姿にほっこりとした気持ちにさせられました。

 どちらのエピソードも、自らの人生観を絡めて考えさせられるうえに、夫婦や親子で話し合えるもの。東洋経済オンラインでも「孤独死」「老後や介護」などがテーマの記事がアクセスランキングの上位に入るように、孤独や高齢層の生き方は、当事者のみならず幅広い層にとっての関心事です。

「老後資金に2000万円」という金融庁の試算が物議を醸し、16日(日)にNHKが「どう分かち合う 夫婦の老後」というドキュメンタリー特番を放送することからも、長くなる一方の老後に対する注目が高まっているのは明らか。つまり、「ポツンと一軒家」は、そんな現在の視聴者感情をくみ取った番組だから支持されているのでしょう。

「幸せとは何か?」に対する答え

 見逃せないのは、現代の視聴者を癒やすような番組の世界観。

 9日の放送でも、山奥での暮らし、結婚と跡継ぎ、老老介護などの難しさでシビアなムードを漂わせつつも、住人の「それでも幸せ」と言う笑顔や、取材スタッフに対する優しさに癒やされる視聴者が多かったようです。

 取材スタッフからあいさつされた中武五月さんは、「よう来なさったですね……」と感極まった表情で言葉を返し、家の中へ招いてくれました。さらに、息子の中武祝亮さんは、「ご飯、食べていってください。何もないけど。カメラマンさんも食べてください」と食事を勧めてくれたのです。

 一方の中武ヒデ子さんは、1年前からの一人暮らしにも「寂しくないです。わが家ですから」。嫁いで52年が過ぎた今思うのは「ここへ来てよかった。何の不自由もないですから」と明るく話していました。夫が病に倒れて棚田が荒れ果て、飼っていた牛を手放し、自身も電動車椅子が欠かせない生活になっても、「前向きに。これでいいんだって。『天才バカボン』のお父さんと一緒で」と笑っていたのです。

 そのほかのシーンでも、スタッフが目的地のポツンと一軒家を探す道中、快く道を教えてくれる人が多く、なかには「私たちでも迷うくらいだから」と言って車で先導してくれる人もいました。

 一部の人々から見たら不安と不満だらけの不便な暮らしも、そこに生きる人々の穏やかな表情が、「幸せとは何か?」という問いに対する何よりの答えに見えます。その意味では、「田舎暮らしだからこそ育まれる人間の優しさや温かさを視聴者が分けてもらう」という番組なのかもしれません。

 日々、テレビやネットで殺伐とした事件・事故のニュースに触れることの多い現代人は、ポツンと一軒家に住む人を見て、「自分たちが当たり前と思っていることのすばらしさ」を感じているのではないでしょうか。とくに元気で明るく、苦労を苦労として感じさせないお年寄りたちは、私たちが忘れかけている古きよき日本人の姿に見えるのです。

スタッフの謙虚な取材スタンスに好感

 前述した視聴者を癒やすような世界観を支えているのが、現場の取材スタッフたち。

 同番組の取材は、地図や道路さえない家を目指すうえに、せっかく一軒家にたどり着いても、空き家だったり、取材を断られたりなど、「成果ゼロ」に終わるリスクが高く困難を極めます。そんな過酷極まりない仕事であるにもかかわらず、スタッフたちは謙虚な取材スタンスを徹底。田舎暮らしの人々が話しやすく、視聴者も見やすいムードを作っているのです。

 現在の視聴者は、タレントのちょっとした上から目線にも気づいてしまうほど目が肥えているもの。「“出たとこ勝負”のドキュメンタリーであるため、タレントをロケに出しにくい」という事情こそありますが、スタッフが取材することで庶民同士の触れ合いとなり、温かいムードが生まれているのです。

 もしタレントが「ポツンと一軒家」のロケをしたら……と想像してみましょう。中には「こんなところに家なんてないよ」「エッ? こんな道を行くの?」「危ないからやめよう!」などの演出がかったグチをこぼす人もいるのではないでしょうか。また、芸人の場合、笑いをほしがるあまり、住民に対して多少の失礼なコメントが口を突いて出るかもしれません。

 その点、「ポツンと一軒家」のスタッフは、地域で生きる人々へのリスペクトがベースにあり、「お邪魔させていただけませんか?」という姿勢が画面からにじみ出ています。多くの人々がテレビに抱いているであろう、傲慢さを感じないところも人気の理由となっているのでしょう。

 上から目線が少しでも表れるとアウト。持ち上げすぎても小バカにしているようでアウト。ほどよいさじ加減が必要な番組であり、スタッフのバランス感覚が鍵を握っているのです。

常に視聴者目線のカメラワーク

「ポツンと一軒家」が人気を集めている理由として、もう1つ挙げておきたいのが、エンタメ性の高いドキュメントであること。実際、家を探す道中、住人へのインタビュー、屋内の様子などのカメラワークはすべて視聴者目線であり、「僕(私)が山奥の一軒家を訪れている」と感じる演出を施しています。

 9日の放送では、最初にスタッフがたどり着いた中武五月さんの家は、目指している一軒家ではありませんでした。しかし、「ここも十分、ポツンと一軒家だから」と急きょ取材を依頼。中武五月さんの取材を終えると、本来の目的地だった中武ヒデ子さんの家を探し出して取材し、2軒分の放送をしたのです。

 もともと同番組は、「本当に家があるのか?」という辺境地を冒険するようなエンタメ性が魅力の1つでした。「ふもとでの聞き込みから、けもの道や断崖絶壁の道を進み、やっとたどり着いた」という厳しい過程を経ることで、「そこに住んでいるのはどんな人なんだろう?」という興味を高めていく構成の番組なのです。

 そんな一連の流れは、視聴者に「足を使った地道な努力であるうえに、うそがなさそう」と感じさせるもの。放送作家による創作や台本ではなく、テレビ画面からドキュメントが持つ本物の力を感じているのでしょう。

 つねにライバル番組として挙げられる「イッテQ!」もドキュメント要素が高い冒険バラエティーですが、こちらは芸人たちのキャラクターや演出をベースにした構成。笑いの手数が多い反面、やらせ問題が発生した背景もあって、「キャラ重視」「演出過多」と感じる人がいるのも事実です。

 ただ、「ポツンと一軒家」はドキュメントを重視したバラエティーで、「イッテQ!」はバラエティーを重視したドキュメントという違いがあるだけで、「どちらが優れている」という差はありません。多様性が必要なテレビ業界にとっては、「タイプの異なる2つの番組が同じ時間帯に放送され、視聴者に選択肢を提供できている」という望ましい状況と言えるのです。

視聴者にとっての太陽と言える番組

 このところ、高齢者自身の事故や事件、あるいは高齢者施設での殺人事件などが相次いで報じられました。高齢者をめぐる報道がダークなものに偏りがちな中、「ポツンと一軒家」の存在は希望の光にも見えます。高齢者の社会参加や活躍が求められている背景もあるだけに、同番組での生き生きとした姿は1つのモデルになるのではないでしょうか。

 振り返れば2010年代は、民放各局が「イッテQ!」と大河ドラマに対抗すべく、さまざまな新番組を仕掛けてきましたが、「まったく歯が立たずに打ち切り」という顛末を繰り返してきました。その点、世帯視聴率という1つの数値にすぎませんが、両番組を上回ったのが「ポツンと一軒家」だったことが示唆に富んでいるのです。

「思う存分笑わせる(イッテQ!)」や「壮大な物語(大河ドラマ)」に対する、「考えさせて癒やす(ポツンと一軒家)」という図式は、まさに北風と太陽。少なくとも現時点での視聴者は、太陽のような番組を望んでいる人が多いのでしょう。

 一部で「ポツンと一軒家が尽きるまでの命」「焼畑農業のようなもので先はない」と同番組を揶揄する声がありますが、毎週2人ずつ年間50週放送したとしても100人にすぎず、今後数年間は心配ないような気がします。

 取材の労力はさておき、「スタッフが行う国内ロケのみ」「スタジオのタレントも4人程度」のローコストという長所もあり、しばらくは日曜夜の看板番組として放送され続けるでしょう。


木村 隆志(きむら たかし)◎コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者 テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。