「35億」の決めゼリフをバチッと決めるキャリアウーマンネタで大ブレイクした、ブルゾンちえみさんが、いよいよ舞台女優としてデビューする。彼女が挑むのは、演劇界の鬼才、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)さんの出世作、『フローズン・ビーチ』だ。
爽快感をもたらすぶっ飛びキャラに
「最初にお話をいただいたときは、素直にうれしかったです。私は舞台を見ながら“こういうところに立てたらなぁ”と憧れているファンのひとりだったんですね。だからプレッシャーがどうとかってことより、“うれしい!”という気持ちが圧倒的に勝ってました」
この作品は南国のリゾート島で、女性ばかり4人のキャストが織りなすミステリー・コメディー。演出は鈴木裕美さんが務める。
「正直、最初に脚本を読み終わったときはドッと疲れました(笑)。文字だけでわかりやすい世界ではなかったから。でも、その後に初演のDVDを見て答え合わせをしたら“ああ、こういう感じで言ってたのか!”と、やっとわかって。リアルと非リアルが混在しているから、文字だけだと“えー、急にぶっ飛んだ!?”って混乱しちゃったんですけど、実際に人がやっていたらいい感じでなじんで、不思議な世界が立ち上がっていて。“リアルと非リアルのバランスが難しい”と裕美さんもおっしゃっていましたが、そのとおり。だけど、そこが面白さでもあるんですよ!」
ブルゾンさんが演じるのは、過激な言動で人間関係を引っかき回す要注意人物・市子。これがまた、一筋縄ではいかない難役だ。
「“こりゃたいへんだな”と思いました。笑いを取るポジションでもあるんですけど、ツッコミ的な部分も多いし“難易度高いな”って。それだけにやりがいもあります。私は市子さんって、純粋な人だと思うんですよ。結果的には行動として突拍子もないことをするんですが、そこに至るまでの心境は、誰もが子どものときには感じていた“これってダメなんじゃない?”とか“嫌でしょ!”という心に忠実で、まっすぐなんです。
大人になると、意志を通したいけど大人だから抑える、となるのが普通だけど、市子さんはそのままやっちゃってる。そこに、現実世界では実現しない爽快感があるんですよね。お客様には“憎めなかったね”と思ってもらいたいです」
強烈なキャラは、ブルゾンさんのイメージをいい意味で裏切ってくれそう。
「“35億”ネタのキャリアウーマンだって、現実の私とは全然違うけど、違うからこそやっていてスカッとできるわけですよ。だからこの市子さんも、かけ離れているからこそ楽しめそうな気がしていますね。演じることの醍醐味がそこにあるんじゃないかな、と思っています」
経済人の前向きな創造力を見習って
ブルゾンちえみさんがお笑い芸人を目指したのは大学中退後、東京でタレントスクールに通っていたとき。
「あるとき、お笑いライブを手伝う機会があったんですね。それまでは芸人さんの表側しか知らなかったところへ、ステージ裏の芸人さんたちを間近で見ることができたんです。
ネタ合わせを何度もしたり、反省したりというストイックな一面を知ったとき、私、“好きだな”って思いまして。“いちファンとしてこの人たちに近づきたいというんじゃなく、仲間になりたい”という気持ちが強くなった。“そのためにはネタを作らないとな”と思って作り始めたのがきっかけです」
ブルゾンさんの素敵な声は、ライブでも強い武器。実は上京する前、地元・岡山の劇団に入った経験もあるそう。
「演劇の経験があると言えるようなものではないんですけど、私は絶対、舞台が大好きだとは思っています。たいへんなことも含めて。私っていつも、テレビやドラマに出た後“あれ、さっきのでよかったのかな?”と思いながら家路につくんです。
裕美さんにそう言ったら“舞台だったらそういう不安は稽古をすることによって消せます。いろんなパターンをやって、これがいちばんいいんじゃないかというものが、本番までに厳選できていくから”って言ってくださって。“自信満々にコレだ、この武器だって思いながらやれるのかな、すごい達成感だろうな”と思うと、ワクワクしちゃいますね。稽古も楽しみです。なんたってwith豪華キャストですから(笑)」
意外にも、愛読書のひとつは経済誌の『Forbes(フォーブス)』だとか。
「経済界の人たちって、未来を見ているんですよ。お金を儲けたいというのはあると思うんですけど、お金を儲けるにはその国の人たちが“いい”と思わないとお金を払ってくれない。じゃあ、“いい”と思ってもらえるものを作るにはどうすればいいか。その考え方がすごくクリエイティブで、前向きなんです。『Forbes』を読むとそういう人たちの話を、一緒に飲みに行っているような感覚で聞けるので、楽しいんです」
では、そんなブルゾンさんが前向きな気持ちで見ている未来とは?
「大きなことを言いますけど、ひとりひとりが“生きていることが楽しい。明日もがんばろう”と思える、その力になることかな。心からそう思ってもらえるものを、私はエンタメを通して提供していきたいな、と思っています」
<作品情報>
KERA CROSS 第1弾『フローズン・ビーチ』
演劇界の名だたる賞に輝き、紫綬褒章を受章した劇作家・演出家、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)の戯曲を、別の演出家で上演するシリーズ「KERA CROSS」の第1弾。この戯曲は1998年、KERAが自分の劇団「ナイロン100℃」のために書き下ろして初演。岸田國士戯曲書を受賞した記念すべき作品だ。南国のリゾート地を舞台に、3つの時代、16年にわたる女たちの複雑に絡み合った運命が描かれていく。共演は鈴木杏、朝倉あき、シルヴィア・グラブ。7月12日~14日 神奈川(杜のホールはしもと)でのプレビューを皮切りに、全国9都市で上演。東京公演は7月31日~8月11日 シアタークリエにて。その他の詳しい情報は公式サイト(https://www.keracross.com)
<取材・文/若林ゆり>