大変だ。『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』(NHK 日曜夜8時〜)が大河ドラマで新記録を打ち立ててしまった。
6月9日(日)放送の第22回「ヴィーナスの誕生」は視聴率が6.7%で、1963年から始まってこれまで58作放送されてきた大河ドラマで記録に残っているものとしては、2012年11月18日(日)放送の『平清盛』第45回の7.3%というワースト記録をさらに下回る最低水準となった。
『いだてん』は、日本で初めてオリンピックに参加したマラソン選手・金栗四三(中村勘九郎)と、日本へのオリンピック招致に尽力した田畑政治(阿部サダヲ)の2人を主人公にしたドラマ。
『いだてん』の存在意義とは
1年間全47回のドラマのなかで前半(第24回まで)は、金栗と最初に日本人がオリンピックに参加した1912年のストックホルムオリンピック、後半(第25回から)は、田畑と日本でオリンピックが開催される1964年の東京オリンピックを描く。
現在、前半のクライマックスを迎えつつあり、第22回は、日本初の女性オリンピックメダリスト・人見絹枝(菅原小春)が颯爽と登場し、黒島結菜が演じる金栗の教え子である女子学生・村田富江が率いる女子たちが立ち上がる清々しいエピソードで、SNSでは「神回!」「22回中最高!」という絶賛の声が上がった。にもかかわらず、視聴率という数字が伴わない。
いったい何が『いだてん』を孤高のドラマにしているのか。なぜ視聴率が低いのか、そしてこの特異なドラマの存在意義とは――。
毎日利用する通勤電車で、当たり前に「大河ドラマ」駅に着くつもりが「朝ドラ」駅に着いて、そこには知らない人がいて、いつものような流れで仕事が進まず、すっかり困惑してしまったというような状況がいまの『いだてん』である。
主として低視聴率の原因とされる点は3点。
1. 構成が凝りすぎている
2. 有名な偉人によるよく知られた歴史譚でない
3. 朝ドラみたい
まず、構成。落語を使った構成が凝っている。金栗と田畑の生きた2つの時代を結びつけるために、明治から昭和まで生きた落語家・古今亭志ん生(若き頃、美濃部孝蔵時代は森山未來、志ん生になってからはビートたけし)が創作落語『東京オリムピック噺』を語るという趣向になっている。
日本人がいかにオリンピックと関わってきたか、そこに存在した人々の奮闘を描いた創作落語が2つの時代を一本刺し貫くという凝った趣向だが、これが意外と関門になった。
オリンピック=スポーツドラマと思って見たら、落語のドラマも混ざっていて混乱してしまうという声が出た。2つの時代を行ったり来たりして混乱しないようにガイドとして機能するはずの落語が、かえって混乱を大きくしてしまったとは予想外だろう。視聴率が下るのは、落語だけに「サゲ」(オチのこと)がつきものです、と笑っていいものか悩ましい。
2点目は、主人公が有名人ではないこと。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などなど、だいたい何をした人か知っている人であってほしい。「待ってました!」と知っている出来事を見て楽しみたいのが日曜夜8時の気分らしい。いやいや待てよ、6月9日(日)放送回で視聴率が20%を超えた『ポツンと一軒家』は、有名人ではない人の意外な生活の実話である。
だがこれは、出てくる人は知らない人ながら、田舎にポツンと一軒家があるという筋は毎回同じ。つまり、ポツンと一軒家の発見とそこで暮らす人のちょっといい話であることは、誰もがあらかじめわかっている。
お決まりの“印籠”タイムは1年後!?
いわゆる“水戸黄門パターン”なのだ。『半沢直樹』以降、成功パターンとして信じられている、医療もの、事件もの、逆転ものにつきものの、必ず何か気分がよくなることが起こり、それを楽しみに見るという絶対安心の番組。それこそが今までの大河ドラマであり、『水戸黄門』であり、『半沢直樹』であり、そして『ポツンと一軒家』なのである。
そこへいくと『いだてん』にはそれがない。いつ、大正と昭和の時代の話が出てくるか、いつ、古今亭志ん生の話になるかわからず、ふいに話が切り替わる。しかも、いまのところ、何かが起こるとたいてい主人公が負けてしまう展開なのだ。
金栗はオリンピックでゴールできず、次のオリンピックは中止になり、3度目の正直かと思えば16位。第22回でせっかく女子が立ち上がったと思ったら、これから関東大震災、さらに戦争も待っている。そこを乗り切れば、やがて昭和の高度成長期を迎え、はじめて日本にオリンピックが招致されることになって、すべてが報われる、はずだ。
1年間続けて見たら、最後は印籠タイム的なことが用意されていると想像に難くないのだが、われわれ庶民は、この数年の1話完結型の医療と事件もののドラマブームによって、1時間の間に救いや答えをもらうことにすっかり慣れてしまい、1年間も待つことができないカラダになってしまっているのであった。
これが視聴率低下の最大の理由と考えられるが、3点目も念のため挙げておこう。
3点目は、大河というより「朝ドラ」みたいだから「朝ドラ」でやってほしいという意見。確かに、22回は人見絹枝ほか女性たちが、女性はこうあるべしという、主に世の男性の意見から解放されたいという思いにあふれた爽快極まりない話なうえ、現代の女性問題ともフィットした社会性もたっぷりで、朝ドラでやっていたら25%くらいとれたかもしれない。
こうして第1回は15.4%だった『いだてん』の視聴率が徐々に下がり、第6回から1桁が続き、現在、6.7%となったと考える。ここからは、ではこの孤高のドラマの存在意義があるかだが、答えはある、だ。
視聴率が下がったとはいえ、第18~21回までは8%台が続き、潜在的な視聴者はそれくらいは必ずいるのではないかと見られていた。実のところ、これくらいの視聴率があれば、決して世間が背を向けているとはいえない。むしろ作品を徹底的に応援するコアな視聴者がたくさんいるという見方ができる。それには前例がある。
高視聴率=人気とは限らない理由
まず、『おっさんずラブ』(2018年テレビ朝日)。平均視聴率が4.0%。最高でも5.7%だったが、SNSでの反響が回を増すごとにアップし、終了後も映像ソフトや書籍など関連商品の売れ行きがよく、映画化(今夏公開)もされ、テレビ朝日の2018年度の売上に大幅に貢献するほどのヒットとなった。
次に、『コンフィデンスマンJP』。ドラマ版(2018年フジテレビ)の平均視聴率は8.9%で全10話、すべて1桁だったが、5月に公開された映画版は6月10日時点で興収22億円を突破し、早くも第2弾制作が決定した。
視聴率とは世帯視聴率を指し、ビデオリサーチのサイトによると「テレビ所有世帯のうち、どれくらいの世帯がテレビをつけていたかを示す割合」とある。地域によってサンプルとなる世帯は違い、関東地区は900世帯となっている。他地区よりも最も多く関西は600、そのほか200世帯なので、視聴率といえば関東地区のそれが基本として話題にされる。
われわれはこの世帯数と地域の人口を考慮して、だいたいの視聴人数を勝手に想定しているわけだ。そのため番組を視聴している正しい人数がわからないことと、サンプルになっている世帯が明かされていないため、代わって、録画率や再放送やBSなどを見た総合視聴率、SNSなどで取り上げられる視聴熱、配信で見られた数など、新たな指標が模索されているところだ。
以前、フジテレビのプロデューサーに取材をしたとき、「映画で興収30億円というのは、見ている人数だけで言ったら、『恋仲』とそうは変わらない。むしろ、人数だけで言ったら、おそらく『恋仲』のほうが多いんじゃないでしょうか」と語っていた(ヤフーニュース個人「恋愛ドラマは求められている」より)。
『恋仲』とは、2015年に放送された平均視聴率10.8%の恋愛ドラマである。視聴率10%は興収30億円と同価値であるということらしい。
もちろんたくさんの人が見るに越したことはない。朝ドラのように視聴率が20%を超えることを悲しむことも恥じることもないが、それが必ずしも経済効果につながるかといったら絶対ではない。そこには家にいながら無料で見られるから見ているという層がいる。視聴率が上がれば上がるほどその層は増える。
対してソフトやグッズを購入し、映画館にも足を運ぶ層が5%以上いれば経済は動く。ゆえに『いだてん』は『おっさんずラブ』や『コンフィデンスマンJP』のような、熱のあるファンを獲得する作品にある傾向のドラマだと思えば、視聴率の低さはさほど気にならない。逆に、『いだてん』はこれからの大河ドラマを支える強い味方予備軍を生み出しているともいえるのだ。
新しい大河ドラマの可能性を秘めた『いだてん』
そもそも『いだてん』の脚本家・宮藤官九郎は、視聴率はさほどではないものの、作品を熱心に見る、要するに作品の味方となる視聴者を呼ぶことのできる作家であった。それが顕著になったのが朝ドラ『あまちゃん』(2013年)。
関連本が売れたことをはじめ、SNSで朝ドラを語るというブームを作り、従来の朝ドラを見る層に新たな層を呼び込んだ。『いだてん』を大河ドラマでやるにあたって、高齢者ばかりが大河ドラマを見ている状況を打破するため、朝ドラ改革を大河ドラマにも、という狙いもあったと思う。
実際、『いだてん』から大河をはじめて見た人もいるようだが、『あまちゃん』で開拓したNHKを見るようになった層は、すでに三谷幸喜の『真田丸』(2016年)や、森下佳子の『おんな城主直虎』(2017年)なども見て、SNSコミュニケーションを盛んに行っていたため、『いだてん』は『あまちゃん』ほどの爆発力は発揮できなかったのだろう。そもそも朝ドラと視聴率のベースが違うというのもある。
ただ、勢いよく現状を突破することはすべてではなく、守ることも大事。『いだてん』はいま、徐々に変わりかけている大河ドラマの視聴層を盤石にしているところなのだという気がする。
これまでの大河ドラマにない、凝った構成、有名な偉人によるよく知られた歴史譚でない、言い換えれば「未知なる人物の新たな物語」、「朝ドラ」みたい、言い換えれば「ヒットの可能性もある」「大河ドラマの可能性を開く」という3点を確実に行うことで地盤を固める。あたかも『いだてん』で金栗四三や、嘉納治五郎(役所広司)が拓いた道を引き継いでバトンを持って走って昭和に向かっていく流れのようなものだ。
ヒットメーカーで知られる大根仁や、塚本晋也の映画で助監督などをやっていた林啓史など外部演出家を初めて大河に起用するなどのトライも頼もしく感じられる。
視聴率が下がっているのは、過渡期だから。視聴率の低さは、新たな時代の始まりの証しでもある。信じて待てば「待ってました!」というサプライズがきっともらえると私は信じている。
木俣 冬(きまた ふゆ)◎コラムニスト 東京都生まれ。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。