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 掃除をしなくても、ホコリくらいでは死なないし……。そんな考えは今日で改めたほうがよさそうだ。

がんのリスクも高めてしまう

「空気中には、1平方メートルあたり千個の生きたカビが漂い、人間は1日に1万個の生きたカビを吸っています」

 と指摘するのは、千葉大学真菌医学研究センターの亀井克彦教授。

 特に梅雨時は、カビを吸い込んだことによって引き起こされる病気のリスクがぐんと増す。なかでも気をつけたいのが、咳や発熱など、夏風邪に症状が似た夏型過敏性肺炎だ。

「トリコスポロンという菌を吸い込むことでアレルギー反応が起こり、咳や熱など肺炎の症状が繰り返し起こります。夏に向けて気をつけたい病気です」

 トリコスポロンは日当たりが悪く、湿気が多い木造住宅などによくみられ、しかもアレルギー症状は死んだカビでも発症する。

「慢性化すると『肺線維症』という重大な病気に進むので注意が必要です。中年の女性に多いのですが、男性も油断できません」

 カビはアレルギーだけでなく、感染症を引き起こすことがある。

「専門的には真菌や菌類といいますが、俗名でいうとカビです。細菌やウイルスとは生物学的な構造が違いますが、同じように感染症を引き起こします。これを真菌感染症といいます」

 食品に生えたカビもリスクに。

「多くのカビは“カビ毒”を持っています。急性の中毒を起こすほどカビを食べることは日本ではまれですが、少量でも慢性の中毒になることがあるので要注意」

 慢性の中毒の場合、食べてすぐに症状が出ることはないが、じわりじわりと身体に悪さをしていくので油断できない。

「とりわけ怖いのは、がんです。カビの作る毒素の中には強力な発がん作用を持つものもあります。その毒素は体外へ排出されず、細胞を傷つけ続け、やがてがんの芽になります」

 がんにはさまざまな要因があり、特定することは難しいが、カビがリスクを高めることは確か。

「例えば、B型肝炎にかかっていたり、アルコールをよく飲む習慣があるなど、もともと肝臓が弱っているところにカビの毒が入ると、リスクが高まります」

生きたカビが身体にすみつく

 通常、体内に入ったカビは死んでしまうが、なかには生きのびて増殖するものもある。

シャーレで培養したアスペルギルス菌。この菌が感染症の原因に 提供/千葉大学真菌医学研究センター

「アスペルギルスというカビがそうです。アスペルギルス症が原因で亡くなる方は着実に増えているのです」

 アスペルギルスは、実は、酒やみそ、しょうゆなどを作るコウジカビの仲間。

「空気中に漂うカビの1割はアスペルギルスといわれていて、その中には感染力の強いものもいます」

 アスペルギルスを吸い込むと、健康な人は免疫のシステムがやっつけてくれるが、白血病などで、免疫が弱っていると肺や気管支にすみつき菌のかたまりをつくる。

「また、免疫力には問題はなくても、肺結核を患った人、タバコの煙などが原因で肺に炎症が起きるCOPD(慢性閉塞性肺疾患)のように、タバコを吸う習慣がある人はリスクが高くなります。肺に傷ができていたり老化が進んでいたりして、カビのすみやすい環境が整っているからです」

 カビの増える条件は酸素、水、栄養。その3つが肺の中にはそろっている。

「肺にアスペルギルスがすみつくと、毒素を出して細胞を壊し続けて肺に穴をあけることもあります」

 症状は咳、たん、発熱など。血液がまじったたんが出ることもある。アスペルギルスが肺全体に広がると、最悪の場合、死に至ることもあるという。

「治療は主に抗菌薬の投与で、菌のかたまりが肺の一部にとどまっている場合は、手術で切除することもあります」

 抗菌薬の治療は数年かかることが多く、完治もなかなか難しいそうだ。

薬が効かないことも

 カビは土壌や空気中に存在するため、真菌感染症は肺や皮膚から感染することが多い。皮膚や粘膜からの感染で代表的なのは、水虫やカンジダ症。

「水虫は最近、新しい薬が出て、以前よりも治療しやすくなってきてはいますが、いまだに根治が難しい病気です。というのは、真菌はウイルスや細菌に比べると生物学的には人間に近く、真菌を殺す薬は人間の細胞もダメージを受けるからです」

 これは、前述したアスペルギルス症の治療期間が長びく理由でもある。

「そもそも薬の種類が少なく、さらに薬に対する耐性菌も出ていますので、薬が効かないこともあります」

 真菌感染症の予防策はカビを体内に入れないこと。家の中のカビを減らすことがポイントだ。

「掃除と室内の換気をまめに行いましょう。空気が滞るとカビが増殖します。アスペルギルス症を発症した患者の家の環境を調べたところ、空気中に通常の40倍ものアスペルギルスがいた、という例もありました」

 そこで重要なのがエアコンの掃除だ。

「もともとエアコンにはカビが生えやすい条件がそろっています。フィルターをまめに掃除することはもちろんですが、暑い時期になってエアコンのスイッチを入れる前に、専門業者による掃除をするのがオススメ。エアコンの中に発生したカビは、素人では手が届きません」

 夏はエアコンをつけたら止める前に、しばらく送風にしておくのも中が乾燥してカビ対策になる。

「最近のエアコンは送風機能がもともと備わっているものがあるので、これを無理に止めないようにしましょう」

 除湿器にもカビが発生しやすい。掃除をしてから使うようにしよう。

「カビ毒の中毒を防ぐには、なにより、カビの生えたものを食べないようにしましょう。目に見えないところまで広がっているので、カビの生えた部分だけ取り除いて食べても、カビは体内へ入ってしまいます」

 たとえ熱処理をしても、カビが出す毒素は安定した物質なので、身体の中に入ってしまうそうだ。カビ対策に力を入れて、真菌感染症を万全に予防しよう!


《PROFILE》
亀井克彦さん ◎千葉大学真菌医学研究センター臨床感染症分野教授。カビが内臓に感染する病気の専門家として千葉大学医学部附属病院感染症内科で真菌症専門外来を担当