「いつもあいさつをする、普通の人ですよ。若いのに、好青年というか、はきはきして、きちんとした人。精神障害があるなんて、微塵も思わなかった。人相も、テレビに映っているあんな悪い感じじゃなかった」
大阪府吹田市の千里山交番を襲った飯森裕次郎容疑者(33)が住む、東京都内にある高級マンションの住人は、いつも接していた青年と、日本中を震撼させた交番襲撃拳銃強奪事件が結びつかないという。
「まさか、あんなことをする人とは思わなかった。本当にびっくりですよ」
と、自然な驚きの言葉が口をつく。
3人が常駐する交番から、偽の「空き巣被害」を通報することでまんまと2人の警察官を交番外へ向かわせることに成功し、残されたひとり、古瀬鈴之佑巡査(26)を包丁で襲い、拳銃一丁を奪い去った飯森容疑者。
高校時代は屈強なラガーマンで、勤務中は耐刃防護服を着用していた古瀬巡査だが、
「襲う側は計画して襲ってくるわけです。でも、襲われる側は無意識のうちに襲われるため、そこに差が出てきます」
そう説明するのは、元警視庁刑事で防犯コンサルタントの吉川祐二さんだ。
「警察官は常日ごろから襲われるということを念頭に置いて勤務しているのは間違いないですが、まさか自分がという気持ちもどこかにあります」
と続ける。
ここ1年で、似たような事件が起きた。2018年6月には、富山市の交番で警察官が刺殺されて拳銃が奪われた。同年9月には、仙台市の交番が男に襲撃され、男性巡査長が刺され死亡した。そして今回の拳銃強奪事件。
交番は警察と住民の身近な接点なだけに
「交番に行けば警察官は確実に拳銃を持っているということから、警察官が狙われる。ただ、簡単に奪うことはできないため、殺害も絡んできてしまうのでしょう」
と前出・吉川さん。交番は市民に安心感を与えてくれる社会生活に欠かせない安全装置だが、同時に交番をどのように防衛したらいいのかという問題点を突きつける今回のケース。
前出・吉川さんが続ける。
「確実に増えてきていますが、交番の中の来訪者のためのカウンターを高くし、飛び越えにくくしている。カウンター程度なら問題はないと思いますが、アクリル板を張るなどしてしまうと、一般の人たちが交番へ行きにくくなる可能性もあります。唯一、国民と警察が接することができる場所なんです。交番は常に開放感を保っていないといけないと思います」
交番そのものを最先端化することをすすめるのは、日本防犯学校の梅本正行学長だ。
「不審者を発見するAIカメラを取り付けたり、警察官に何か起きたときも無線連絡ではなくワンアクションでつながるボタンを導入するのがいいと思います。危険を知らせるシステムが無線というのは危機管理がなっていない」
と指摘する。特に不審者発見こそが事件を未然に防ぐ最大の防御と位置づけ、
「これまでほとんどは、交番の外で襲われています。ですから、交番内の強化というよりも、不審者の発見。今回も犯行前に容疑者が、7、8回交番前を行き来していますよね。AIカメラが導入されていれば防げたのではないかと思います」
と力説する。さらに、
「ホルスターから拳銃が抜けないようなタイプを、早く導入すべきです。都心ではもう導入されています。引っこ抜けないタイプのホルスターを導入していなかった大阪府警の危機意識の薄さが残念ですね」
と結果的に手遅れになってしまった導入不備を叱る。
前出・吉川さんは、
「すでにホルスターは配布中で、まだ全体に行き届いていないのが現状です」
と、ちょうど端境期にあったことを説明する。
装着している警察官以外は抜き取ることが難しくなるという拳銃ホルスター。
「それ以外は特に強化される部分はない。持っているものは警棒と手錠と拳銃と無線。これ以上、増やしてしまうと逆に身動きが取りにくくなってしまう」(前出・吉川さん)
とはいえ、
「いちばんいいのは人員増加」(前出・梅本さん)、
「警察官が単独にならないように、配置や人員などを警察庁でも検討していると思います」(前出・吉川さん)と期待されるマンパワー増強。
今回の交番襲撃事件のように、警察官がひとりになったときを見計らって「自分が持っている凶器を使えば拳銃を盗めるだろうという気持ちがあって向かっていったと思います」(前出・吉川さん)と犯人が狙いをつければ、その段階ですでに警察官は不利になっていることになる。
市民を装えば、警察官にギリギリまで近づける。凶悪犯めいた言動があれば、警察官の脳内の警告灯も点滅するが、今回の飯森容疑者は、冒頭の証言のように“普通の人”だった。
勤務先のゴルフ練習場も、
「無遅刻、無欠勤です。特にお客様からのクレームや苦情もなかったですし、ほかの従業員からのこれといった問題指摘もありませんでしたから。人柄は至ってまじめ。清掃アルバイトとして週5日、コツコツと仕事をやってくれていましたね」
と、まじめさを強調する。
そんな普通オーラを出した人間が突如、交番襲撃犯に豹変する怖さ。次の事件が起きないためにも、交番の防衛力強化の必要性に警察は迫られている。