『レ・ミゼラブル』『南太平洋』などのグランド・ミュージカルから、ミュージカル『刀剣乱舞』MANKAISTAGE『A3!』シリーズなどの2.5次元まで、数々の舞台作品で引っ張りだこの俳優、藤田玲さん。9月上演の舞台『私に会いに来て』で久々に泥臭い演目に挑む。
精神的に体力的に
絶対キツイと思う
「2.5次元をやる前はわりとそういう作品が多かったのですが、久しぶりに“こういうことするよね、演劇って”という感じがしてうれしいですね」
役作りで生やしたという無精ひげもセクシーだ。
今作は、映画『パラサイト』で本年度カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した韓国のポン・ジュノ監督の出世作『殺人の追憶』の原作舞台で、実際の殺人事件をもとにしたヒューマン・ミステリー。
「映画を見させていただいて、韓国の田舎の話なので、畑やさびれた家の風景に泥臭い印象を受けました。刑事がご飯を食べながら取り調べをしていたり、タバコをパカパカ吸ったりとか、そういうシーンの描かれ方もすごく生っぽくていいなと思いましたね。
かなりめちゃくちゃな型にハマらない人間味あふれる刑事たちはじめ、魅力的なキャラクターがたくさん出てくる面白い作品です。お客さまも一緒に推理できるので楽しんでもらえるんじゃないかなと思います」
藤田さんは、ソウルから地方の警察署に派遣されるエリートの若手刑事キム・インジュンを演じる。
「寡黙で他人とあまり私的なコミュニケーションをとらないタイプの人間なんですよね。地方に飛ばされてちょっと拗ねてるところもあると思いますし。アウトローな刑事が周りにいすぎて、理論派で捜査するのが逆にアウトローになってる。理論で攻めるキムが最終的にどんどん人間臭くなっていって、最後の最後に感情をむき出しにしなきゃいけないところがありまして。
キレイなものだけじゃなく負の感情も吐き出さなきゃいけないような役になるんだろうなと思います。登場人物も少なくてわりと出ずっぱりの状態なので、精神的にも体力的にも絶対キツイと思いますけど、あえて自分を追い込んで楽なところではやりたくないというのはありますね」
意外にも舞台単独での初主演ということ。プレッシャーは?
「めちゃめちゃありますよ。初日がガラガラだったらどうしようとか(笑)。主演っていうのはもちろんですけど、今回の劇場が新国立劇場の小劇場じゃないですか。“新国の小”で上演される演目は厳選されているなと思うので、そういう神聖な場所でやるっていうのもプレッシャーです。劇場にも失礼のないような作品にしないといけないなと感じてますね」
休日は飲みながら
国会中継鑑賞が趣味
現在、30歳。14歳でデビューし、俳優生活17年目を迎えている。
「常に楽しくいたいですけどね。もちろん苦しい作品もたくさんありますし、努力しなきゃいけないのもつらいんですけど、どこかで達成感だったり、この役をやれたんだなっていう嬉びがあれば続けていける。
稽古場や劇場に行きたくないとか、本番やりたくないとか、やっている間はつらいことがたくさんあっても、その公演が終わったときに、やってよかったなって毎回思えるのって、やっぱり芝居が好きなんだろうなって。これからも、そうであり続けたいなと思いますね」
俳優としての転機になった作品は、2011年に出演した舞台『愛が殺せとささやいた』とミュージカル『レ・ミゼラブル』だと語る。
「『愛が殺せとささやいた』では、今ではすごく仲よくさせていただいている演出家の岡本貴也さんにぼっこぼこにされました。僕はそれまでふわっと感覚で芝居をやっている感じだったのですが、自分に負荷をかけてやる、その役と向き合う、照明や音響や美術など全体がかみ合っている瞬間をつかむ、そういう感覚をひとつひとつ確認できるようになりました。
その舞台から意識がちょっとプロ寄りになったかなっていう。まだまだ甘いですけど。『レ・ミゼラブル』は、もうつらかった~(笑)。動きや歌い出しのタイミングなどが全部細かく決まっているので、初めて指揮者を見ながら芝居をしました。でもその経験がなかったら、ミュージカルはやっていなかったと思います」
来年まで舞台出演が続く多忙な日々。プライベートで、いちばんほっとする時間を尋ねると、
「お酒を飲みながらテレビのワイドショー見てるとき(笑)。劇場とか稽古場にいると、世の中から隔離されるんですよ。だから、今世の中で何か起きているのか、世論はどうなっているのかを知るために見ます。政治や社会のことに興味があるから国会中継も見ますよ。予算編成の話とかを“こういう考え方の人がいるのか”とか“あの政治家のネクタイ似合ってないな”とか人間観察しながら見てると面白い」
自分の生き方と重なるようで、最近気に入っているのは「積羽沈舟」という言葉だという。
「羽毛のように軽いものも、多く積もれば舟を沈める重さになるという意味なんですけど。なんか僕のキャリアがそうだなと思うんです。まだ舟を沈めるほどではないですけど、これだけ長く続けていることにすごく意味を感じているし。ひとつひとつの作品は、それが小さい作品でも微妙だったなと思う作品でも、無駄なことはひとつもなくて。
毎回、羽みたいにちっちゃい収穫なんですけどすべてが積み重なって、今の自分になっているんだなっていうのを最近、身に染みて感じるんです。これからもそういう思いを大事に、いろんな顔を見せられるように頑張っていきます」
『私に会いに来て』
次々と起こる猟奇的殺人事件の捜査を担当するため、ソウルからエリートの若手キム刑事(藤田玲)が地方の警察署に派遣される。怪しい人物を取り調べていくが、決定的な証拠がつかめず焦りはつのるばかり。そんな中、キム刑事の恋愛、捜査本部の人間模様などが絶妙に盛り込まれたヒューマン・ミステリー。東京公演:9月13日~16日@新国立劇場 小劇場/大阪公演:9月19日~20日@サンケイホールブリーゼ
【公式HP】https://www.watashiniainikite.com/
(取材・文/井ノ口裕子)