今月、女芸人のゆりやんレトリィバァさんがアメリカのオーディション番組「America's Got Talent(アメリカズ・ゴット・タレント)」に出演したことが話題になっています。
彼女は角刈りのかつらをかぶり、星条旗模様の際どい水着を身に着けて、手首の動きを主体にした奇妙なダンスを披露しました。パフォーマンス自体は残念ながら不合格という結果になってしまいましたが、その前後には流暢な英語で審査員と会話をして何度も笑いを取り、会場を大いに沸かせていました。
このときの動画がネットで公開されると、すさまじい勢いで拡散していき、ツイッターでは20万件以上の「いいね」が付けられました。ゆりやんさんは一躍、時の人となりましたが、本人は「まだアメリカから仕事の依頼は1件も来ていない」と語っていました。
なぜ「ゆりやん」が注目されたのか
日本人が「アメリカズ・ゴット・タレント」に出演するのはこれが初めてではありません。ダンスパフォーマーの蛯名健一さんは、2013年に日本人として初めてこの番組で優勝を果たし、賞金100万ドルを獲得しました。
お腹同士をぶつけてさまざまな音を出すお笑いコンビ・ゆんぼだんぷ、自分の体を使って1人でテーブルクロス引きをするウエスPさんなども、この番組に出演したことがあります(ウエスPさんはフランス版の同番組に出演)。
その中でも、今回のゆりやんさんのケースがとくに注目されている理由はいくつかあります。第1に、日本ですでに第一線で活躍している芸人が、自分の芸風を崩さずにアメリカの番組でも活躍したということ。
第2に、単にパフォーマンスをするだけではなく、英語で審査員とやり取りをして、笑いを取っていたということ。そして第3に、舞台上でつねに堂々としていて、緊張や気負いをいっさい感じさせなかったということです。
何よりも驚きだったのは、ゆりやんさんが積極的に英語でジョークを飛ばして、アメリカ人を笑わせていたことです。芸名の由来を聞かれて「飼っている猫の名前がレトリィバァなんです」と言ったり(ゴールデンレトリバーは犬の品種)、男性審査員の機嫌を取るために自分の宿泊先のホテルの部屋番号を言ったり、きちんとアメリカにローカライズされた「ボケ」を放って、狙いどおりに笑いを取っていたのは圧巻でした。
英語力が高く、アメリカ文化にも通じているゆりやんさんは、アメリカでウケる笑いがどういうものであるかというポイントをきちんと押さえていて、そこに適応していました。単なる英語力だけでなく、アメリカ文化への理解力と笑いの能力を備えていたからこそ、あれだけ見事なパフォーマンスができたのだと思います。
「トップクラスの実力」持つ女芸人
ゆりやんさんは、吉本興業のお笑い養成所「NSC大阪」を主席で卒業したエリート芸人です。デビュー当初から頭角を現していて、2015年には芸歴わずか3年目でピン芸日本一を決める「R-1ぐらんぷり」の決勝に進みました。
その後も数多くのバラエティー番組に出演して、2017年にはついに「女芸人No.1決定戦 THE W」(日本テレビ系)で優勝。名実ともに女芸人のトップに上り詰めました。
2017年に放送された「女芸人No.1決定戦 THE W」の中で、ゆりやんさんの推薦人としてVTR出演していたレイザーラモンRGさんが、彼女のことを「バケモン」と表現していました。「トークで笑いが取れるうえに、0から1を生み出すこともできる」と、芸人として最大級の賛辞を送っていました。
ここで言う「トーク」とは、バラエティー番組で何かを振られたときにとっさに切り返す力のことだと思います。また、「0から1を生み出す」というのは、ネタを作る能力のことだと思います。この2つは、いわば短距離走と長距離走のようなもので、使う筋肉の部位が違います。両方の能力を高いレベルで兼ね備えていることが、ゆりやんさんが短期間で売れっ子になった理由だと思います。
いざというときのゆりやんさんの瞬発力は、同世代の芸人の中でも際立っています。バラエティー番組で話を振られたときに、ほかの芸人よりも一拍早くゆりやんさんがギャグを返したりしている場面をよく目にします。
「調子乗っちゃって」「落ち着いていきや〜」「おおきにです。おおきにと申します。名前?」など、彼女にはお決まりのパターンがいくつもあり、それを素早く堂々と繰り出して、笑いを生み出すことができます。たとえそれ自体が笑いにつながらないとしても、空回りした彼女をMCの先輩芸人が巧みにフォローして笑いに変えてくれます。
普段のゆりやんさんは、どちらかというと気が弱くておとなしい人物です。ただ、彼女は舞台上では決して引っ込み思案にはなりません。むしろ、本来は気が弱いからこそ、いざというときにだけ開き直って、自分を奮い立たせて前に出ることができるのだと思います。その人並み外れたハートの強さに関しては、松本人志さんも「人のことを一切気にしない、わが道を行くタイプ」と語っていたことがあります。
また、レイザーラモンRGさんも認めているとおり、ゆりやんさんのネタは同業者からも高く評価されています。発想力、構成力、表現力のそれぞれに並外れたものがあり、ネタを見ているだけでそれが伝わってきます。英会話、ダンス、ピアノなどの特技をネタに取り入れることもあり、芸達者なのも強みです。
もともとの発想にオリジナリティーがあって面白いうえに、それをネタの形に組み立てて表現するのも上手なのですから、文句のつけようがありません。
近年では、渡辺直美さん、ピコ太郎のプロデュースをした古坂大魔王さんなど、国境を越えて芸人が活躍するケースが目立っています。しかし、日本である程度の成功を収めた芸人が、流暢な英語を操って英語圏でも成功を収める、というのは前例がありません。
今後それを成し遂げられる可能性が最も高いのは、間違いなくゆりやんさんでしょう。芸人としてもパフォーマーとしても基本的な能力が高いうえに、英語力と異文化理解力も兼ね備えているからです。
将来、アカデミー賞でスピーチも?
独特のお笑い文化が発達していて、空気を読み合うことが求められる日本のテレビでは、ゆりやんさんのわが道を行く芸風が、時に空回りしてしまうことがあります。しかし、お互いの個性を認め合う風潮があるアメリカのエンタメ業界では、彼女のそういうところがむしろポジティブに評価されるのではないかと思います。
ゆりやんさんの持ちネタの中に、アカデミー賞のようなセレモニーの舞台上でインチキ英語でスピーチをするネタがあります。彼女の将来の夢は、本物のアカデミー賞でスピーチをして、「ネタと同じことやってるやん」と思われることだそうです。
ゆりやんさんの潜在能力を考えると、これは決して実現不可能な絵空事ではありません。きらびやかなドレスを身にまとい、アカデミー賞の舞台に立って全米を沸かせる最初の日本人コメディアンは彼女なのかもしれません。
ラリー遠田(らりーとおだ)◎作家・ライター、お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など著書多数。