容疑者夫婦が暮らしていたマンションの玄関先はひっそりとして

「ご主人は、自分が弱ってきているということを周囲には話さないタイプでした。以前は地域のお祭りなどにも顔を出していましたけど、周囲に相談することはありませんでした。

 そんなご主人が“まずい、まずい”と危機感を持ち、弱気な発言をするようになったのは今年になってから。親しくしていた親族が亡くなったこと、妻を介護する将来的な不安という部分が大きかったのでしょう」(地元関係者)

 ご主人と呼ばれるのは、神奈川県海老名市の無職、宇留江敏夫容疑者(69)のこと。

生きていくのがかわいそう

「今年5月30日午前9時ごろ、自宅マンションで、妻の頭部をフライパンで数回殴打したうえ、頸部を包丁で数回突き刺し、殺害しました」(全国紙社会部記者)

 死因は失血死だった。

 被害者は容疑者の妻で無職、幸江さん(当時86)。第一発見者は介護ヘルパーだった。

「当日の午後1時に親族が自宅を訪ねたところ返事がなかったため、1度戻ったそうです。午後4時ごろにはヘルパーが呼び鈴を押しても誰も出てこなかった。これはおかしいと判断したヘルパーが救急車を呼んで中に突入したところ、無理心中を図ったような状況で倒れていたらしい。発見がもう少し遅れていたら、2人とも亡くなっていたかもしれません」(前出・地元関係者)

 自分で自分の首を切った宇留江容疑者は入院していたが、ケガが回復した約1か月後の6月25日午前10時過ぎ、病院敷地内で逮捕された。幸江さんの認知症がひどいため、「生きていくのがかわいそう。一緒に死んであげようと思った」と、無理心中を図ったことを供述しているという。

 事件の背景には、老老介護の破綻があった。夫婦と同じマンションの住人の証言が裏づける。

「奥さんは10年以上前に脳梗塞で倒れています。左半身が不自由で、旦那さんが介護し、週に2回のリハビリに通っていました。ただ、今年の2月に旦那さんも病気を患ったため、奥さんはリハビリをやめて旦那さんの世話をしようとしたそうです。

 旦那さんの状態ですが、足がもつれて階段で転んでいる姿を見ました。病院に行って帰ってきてからも転んでしまうくらいよろよろで、しゃべり方もしどろもどろでした」

 海老名市の福祉担当者は、

「幸江さんにはケアマネージャーがついていました。旦那さんも要介護状態になったのですが、ケアマネージャーがつくまで地域抱括支援センターが支援に入っていました。介護保険の中で使えるサービスを模索していました」

捜査を進める海老名警察署

 そんなさなかに“無理心中未遂”は起きた。事情を知る知人によれば、幸江さんの要介護度は2で、特別養護老人ホームに入れる一歩手前のレベルという。

「認知症も進んでいた。買い物に出かけるのは難しく、ご主人が担っていた。お弁当の宅配を夫婦で取っていることもあった。

 ご主人が幸江さんを支える形で10年ほどたったが、ご主人自身も要介護となったため、今後は夫婦だけの生活が難しいという話し合いになっていたらしい。今年になってから疎遠にしていた親族にも連絡をとっていた」(前出・地元関係者)

「主人か取り返される」

 10年間、2人だけの世界で助け合い暮らしてきたところに、新たな支援が入ることが、あらぬ波風を立てることになった。疎遠になっていた親族とは、宇留江容疑者の前妻と2人の間の子ども。

「幸江さんは後妻ですから複雑な心境だったのでしょう。そこそこの資産家だったため、“自宅に乗り込まれて自分の財産まで奪われるんじゃないか”と疑心暗鬼になってしまっていたらしい」

 と前出・地元関係者。波紋はさらに広がった。

「どういう経緯で離婚・再婚したかはわかりませんが、幸江さんは、“主人が取り返される”と、ヘルパーに漏らしていたらしいです。

 施設に入る話になると、“私と別れさせて、施設に放り込むのか”と入居を拒否するような態度になる。経済的にはグループホームに入ることも可能なはずだが、“まだ大丈夫。2人でいけるから”と幸江さんに言いくるめられている様子だった」(同・地元関係者)

 冒頭のように“まずい、まずい”と危機感を持っていた宇留江容疑者は、ヘルパーなどの助言に耳を傾けていたが、幸江さんは異を唱えていた。

 生き延びる道を模索する中、幸江さんの反発によって打開策を見いだせず、肉体的にも精神的にも衰弱していった宇留江容疑者。前出・同じマンションの住人は、

「2~3年前にご主人は仕事を辞めて、身体が不自由になったということで、今まで乗っていた自家用車も売り払ってしまったそうですよ」

 と、短期間で状況が一変。宇留江容疑者自身も健康を失い、不安をため込んでいき、ついには最悪の一手を打つことになってしまったのか。

 前出・地元関係者は、今後の宇留江容疑者の健康問題を次のように危惧する。

「ご主人は、自分のやってしまったことはわかっていて、“殴って動かなくなった”と話しているそうです。彼自身も認知症ぎみで、もし刑務所に入れられたとしても要介護状態にあることは考慮してあげてほしい」

 今回の事件を省みて悩みや苦しみを抱えて生きている高齢者が行き詰まらないために何か手立てはあるのか。前出・海老名市の福祉担当者は、

「市の職員だけでは目が届かない部分があります。地域の力にも期待したい。特に見守り。例えばヘルパーとかお弁当配達、ガスメーターの点検や新聞配達などいろんな人の目が入ることで、ちょっとした異変が見つかるかもしれません」

 地域や隣近所のちょっとした力が、悲劇を予防する。