「僕は普段からそんなに小説を読むほうではないんですが、原作を読んで、村上春樹さんの小説の魅力に引き込まれました。読む側に解釈が委ねられている部分がたくさんあって、いろいろな考え方ができるんです。ストーリーはシンプルなんだけど、実はいろいろな比喩が込められていて“ここはこういう意味なんじゃないか”と読む側に考えさせる。読んでいて、そこが非常に面白いなと感じました。そういった村上さんの原作の世界観が、舞台にも出てくるんじゃないかな」
アメリカに滞在中の村上春樹さんが阪神・淡路大震災のニュースをテレビで見て、そのニュースに触れた人たちの心に何が起きたのかを想像して描いた短編集、それが『神の子どもたちはみな踊る』。この短編集より『蜂蜜パイ』と『かえるくん、東京を救う』の2編が、この舞台の原作だ。
どこにも居場所がないという
孤独感はわかります
古川雄輝さんが演じるのは『蜂蜜パイ』の主人公・淳平。大学時代から深く愛している小夜子に、思いを伝えられない男。そのやさしい佇まい、思慮深い繊細さがイメージにピタリと重なる。
「淳平にはとても共感できます。自分の思いをちゃんと伝えることができないというのは、僕にもある部分なので。それは女性に対して、に限ったことじゃなくて、自分をちゃんと表現すべきところでできない、前に出せないことがよくあるんです。そういう人って、世の中にけっこういるんじゃないかな。
彼の親友の高槻は、積極的に人に話しかけにいったり、淳平のできないことを普通にできる。淳平がずっと好意を抱いていた小夜子に告白するのも高槻。結婚するのも高槻。こういうふうに立ち回れる人はいいな、とうらやましく思いますね」
古川さんは高校時代、ニューヨークで過ごされたということですが、ニューヨークでは自己主張ができないと生きづらいところなのでは?
「よく言われるんですが、それは違うと僕は思っています。もちろん外国の人だってシャイな人も積極的じゃない人もたくさんいますからね。社交的なほうが人との関わりはうまくいくかなとは思いますけど、内省的でも生きていけます(笑)。
淳平が小夜子の娘に語る物語の中で“人間界にも熊の世界にも居場所がない、まさきち”という熊が出てくるんですが、僕自身“どこにも属せない”という感覚はわかる気がします。帰国子女は外国では日本人、日本に帰ってきたら帰国子女というふうに言われることが多いんです。だから、どこにも居場所がないという孤独感はわかりますね」
フランク・ギャラティ(舞台『海辺のカフカ』)が手がけた脚本では、『かえるくん、東京を救う』は淳平が書いた小説という構図になっていて、ふたつの世界が混ざり合っている。
「本来は別の話だったものがブレンドされていて。僕は『かえるくん~』のパートでは語り手に変わったりします。『蜂蜜パイ』でも淳平の言葉としてのセリフだけじゃなくて、相手の心情について話していたり、物語を語ったり。舞台ならではの表現がいろいろあるので難しいところですね。ですが、そういった舞台ならではの表現が、面白さだと思います」
稽古を楽しむのが
目標でテーマです
古川さんにとって舞台は『イニシュマン島のビリー』以来、3年ぶり。この作品ではアイルランドの島に住む、身体の不自由な少年ビリーを演じ、大評判をとった。
「前回の舞台は“大変だった”という印象に尽きますね(笑)。もちろん、やっていくうえでは新しい発見も多く、とても勉強になりましたが、当時の僕にとっては非常に難しかったです。肉体的な苦労は、慣れていけばそれほどでもなかったんですが、舞台経験があまりなかったので舞台の稽古に慣れるのに時間がかかりました。
舞台の稽古は、常に上を目指すものだと思っています。映像では“これだ”と決まったら、その考え方で進めていきます。でも舞台は、さらに上を目指して繰り返し繰り返し稽古していくので、最初に考えていたのと違う感じになったりして難しいんです」
その稽古や、毎日変わるナマのライブ感が舞台の魅力という声もよく聞きますが……。
「僕はナマの舞台も毎日毎回、きっちりきっちり、丁寧にやりたいと思っている人なんです(笑)。しっかり稽古してつかんだものを、毎日変わらず、見ている方に届けていきたいと思っています。僕は “日々違う”ことがいいとは思っていません。毎日変わらない熱量で、回ごとに来てくださるお客様をお迎えして物語を届けていきたいと考えています」
では、今回の稽古はどんなふうにやっていきたい?
「とにかくいい作品にするために真剣に向き合いながら、稽古と舞台を楽しむことが目標です。前回の経験があるぶん、少しは楽しんでできるんじゃないかと期待しています。前回の“大変さ”を“楽しさ”に変えられたら、舞台の俳優としても成長できたということなのかな、と思います。楽しむとシンプルに言いますが、なかなか簡単にできるものではなくて。僕の中で、大きなテーマでもあります」
古川さんの舞台俳優としての成長とともに、これまでになかった“大人の恋愛もの”というところも見どころになりそう。
「かなり新鮮ですよ。僕がいままでやってきた恋愛ものの作品は、相当キラキラしていましたからね(笑)。感覚的に言うと、けっして“大人の恋愛”という感じではないんですけど、リアルな感覚もあって、村上春樹さんの世界観の中でどう表現していけるのかが楽しみです。僕の解釈が正解なのかどうか、まだわからないことも多いんですが、僕は小夜子と高槻と淳平の依存し合っている関係性が面白いな、と思っています。3人が3人とも、お互いがいないと成り立たない関係なんです。
それと、淳平と小夜子の性の表現が独特なのも面白いですね。それをブラジャーのゲームで表現しているところも印象的。伝えたいのに伝えられない淳平は不器用ですが、そういう不器用さ、一途さは誰もが身に覚えのあるものだと思うので、そういったところも楽しんでいただけたらうれしいですね」
村上春樹が自分の故郷を襲った阪神・淡路大震災に思いを馳せた短編集『神の子どもたちはみな踊る』より、『蜂蜜パイ』『かえるくん、東京を救う』を舞台化。震災は人々の心から何を奪ったのか、再生はあるのか。やはり村上春樹原作の『海辺のカフカ』を手がけたフランク・ギャラティによる脚本を使用し、演出を倉持裕が務める。小夜子役は松井玲奈、ほかに川口覚、木場勝己らが出演する。7月31日~8月16日、よみうり大手町ホールにて上演。その後、愛知、神戸でも公演あり。詳しい情報は公式サイト(https://horipro-stage.jp/stage/kaminokodomo2019/)へ。
ふるかわ・ゆうき◎1987年12月18日、東京都生まれ。7歳で家族とカナダへ移住し、高校の3年間をニューヨークで過ごす。帰国後、慶應義塾大学在学中にミスター慶應コンテストでグランプリに、キャンパスターH★50withメンズノンノで審査員特別賞に輝き、芸能界へ。2013年に主演ドラマ『イタズラなKiss~Love in Tokyo』が中国でも配信され、大ブレイク。ほかの出演作にドラマ『5→9~私に恋したお坊さん~』(フジテレビ)、『僕だけがいない街』(Netflix)、『ラブリラン』(読売テレビ・日本テレビ系)、映画『ライチ光☆クラブ』、『風の色』(日韓合作)、『曇天に笑う』、『となりの怪物くん』、舞台『家康と按針』(ロンドン公演)など。
<取材・文/若林ゆり>