平成から令和になり、初めての梅雨と夏を迎えた。しかし、それはエンターテインメント界にあっては異常な季節だった。
ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏の訃報が流れたのが7月9日。まるでそれを待っていたかのように、7月17日に「元SMAPメンバーである稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾の民放テレビ局出演に対する圧力の疑いで公正取引委員会がジャニーズ事務所を注意した」とのニュースをNHKが報じた。
ジャニーズは「圧力などをかけた事実はなく」と釈明したが、東洋経済オンライン編集部が事情をよく知る関係者に取材したところ、公正取引委員会が将来に向けての違反行為につながる恐れがあるとして、未然に防止するために本件でジャニーズ事務所を注意したのは間違いなく事実だ。
そして、7月20日には、雨上がり決死隊の宮迫博之と、ロンドンブーツ1号2号の田村亮が会見を開き、反社会勢力の会合に出席したことや、当初、嘘をついていたことなどを謝罪。これを受けて7月22日に2人の所属事務所である吉本興業の岡本昭彦社長が会見を開いた。
この2つの激震を垣間見て、何だか芸能の世界の“均衡”が破られた気がした。
大物芸人ですら闇社会の密接な接触は許されない
闇社会と芸能界のつながりは、この「芸能と興行」というなりわいがはじまった江戸時代頃に始まったと岩波現代文庫の小沢昭一著の『私は河原乞食・考』にもあるし、世界中にこうした事例が見られる。小沢氏によると「(テキヤも芸能者も)同じ体制の『病理』が生んだアウトローなのだ」と闇稼業も芸能者も根っこは一緒としている。
ただ、時代が変わった。かつて吉本興業で起こった有名な事案は、島田紳助と暴力団との関係であった。これは島田本人との個人的なつながりであったため本人解雇で吉本は直接的には被害を受けなかった。今の社会と法律は、島田紳助のような大物芸人ですら闇社会との密接な接触は許さない。
そして、今回の吉本興業所属タレントをめぐる一件だ。6月7日発売の写真週刊誌『FRIDAY』の記事掲載から、岡本社長が7月22日に公の場に姿を見せるまで、吉本側からは文面による発表以外は、何の記者会見も開かれてこなかった。
記事掲載があってからこの間、事務所とタレントの間に相当な議論とコンタクトがあったにもかかわらず、その経緯が初めて公に語られたのは事務所ではなく芸人が独自に開いた記者会見の場であったことも異様だ。
それは安倍政権の命運を占いかねない参議院議員選挙の前日の土曜日であった。一部、この土曜日から日曜日までの報道・情報番組のかなりの部分がこの吉本報道に費やされたことに苦言を呈する向きもある。
ただ、お笑いタレント2人の単なる謝罪会見に終わると思えた内容が、彼らの所属事務所のさまざまな内部事情の話に及ぶに従って会見の雰囲気が変わって来た。「これはただ事ではない」と会見場にいた報道陣も、AbemaTVなどで生放送を見ていた一般の方々も思ったはずである。
現に松本人志はその日の夜、新宿の本社で緊急に吉本の幹部に会っている。明石家さんまは20日夜のMBSラジオで「(宮迫を)ウチの(個人)事務所にほしい」「何があったって、宮迫側のフォローをしてあげようと」「これで吉本興業が俺(さんま)に対して『そんなことするなら会社やめてもらおう』ってなったら仕方のないことで」とまで笑いに包みながら話している。
ビートたけしと明石家さんまも場外乱闘に参戦
このラジオは20日より前に収録されており、宮迫がさんまに電話で助けを求めたとされている。明石家さんまにここまで言わせるのは吉本側の対応に本人が相当に怒り心頭であることは確かである。
吉本興業所属ではないが20日放送のTBS系「新・情報7daysニュースキャスター」でビートたけしは「猿回しと同じで芸人は猿と一緒。猿が人を噛んだからといって、猿に謝らせたらダメ。飼ってる奴が謝らないと。」との例え話で“強烈に芯を食った物言い”をし、続けて「こういう姿を見せた芸人を見て、誰が見て笑うんだってなる。だからこれをやってくれるなと思うわけ。芸事は、そういうことを全部忘れて明るく笑わせることが芸。それをやらせてしまう事務所がおかしいって」と猛烈に早口で批判し「闇営業」しなくてはいけない芸人に対する会社側の最低保証にまで話が及んだ。
「(事が起こった時に)事務所とみんな出て『すいません』でそれで済んでたんだよ。『謹慎させて出直します』って済んだことなのに。」と初期対応のまずさを指摘した。
私はビートたけしと明石家さんまと長年仕事をしてきた仲であるので、彼らがどれだけこの案件に苛立ちを覚え激憤しているかが手に取るようにわかる。確かに宮迫博之が早めに「金銭授受があった」と言い事務所の然るべき人物と記者会見すれば良かったのにまるで“臭いものに蓋をするように”解雇をちらつかせ延々と情報開示を引き延ばし、挙句の果てに堪え切れなくなった2人の芸人が異例な記者会見をする羽目になった。
危機管理上の原則である“初期消火”と“情報開示”が行われなかった。たとえ、芸能の世界がやや曖昧な世界であり叩けば埃の出る世界であることがその持ち味だったとしても、たけしとさんまと言うこの芸人の世界の頂点にこんなことを言わせているだけでアウトだと思う。
そして、21日放送のフジテレビ「ワイドナショー」での松本人志の言葉。「(宮迫・亮の記者会見を見て)俺の知らなかったことが多すぎて、だまされた気になった。(中略)吉本興業がこのままでは壊れていくという危機感を持った」。吉本の上層部に近い松本ですら“知らない・知らされない”事態があった訳だ。
そして、7月22日の吉本興業・岡本昭彦社長の5時間を越える記者会見。本音と真実が見えないのでこんなに長くなったのか?
同列には論じられないが、1982年に日本テレビに入社した私にとって、ジャニーズ事務所は一男性アイドルグループの事務所であったし、吉本興業は関西の一お笑い芸能事務所であった。そしてさまざまな流れに乗って両社は巨大なモンスター芸能事務所になった。
テレビも両者の力を利用した。歌番組やバラエティーだけでなくドラマ主演や朝から夜に至るまで放送されるニュースや情報番組のキャスターやコメンテーターですら両事務所のタレントで占められる。民放もNHKも。そして、両事務所と対等に渡り合っていた先輩たちがいなくなりいつの間にか「行政」という名の取引や交通整理が行われるようになった。
キャスティングの裏舞台など視聴者にはお見通し
それはまるで今まで互いに切磋琢磨し融合と決別を繰り返して来たテレビ局と芸能界がまるで一体化し共同体でも生まれたかのようでもある。さらに言えば今ではSNSなど出現のせいなどではなくさまざまな視聴者層から「テレビは面白くなくなった」と言われるようになった。キャスティングの裏舞台など視聴者にはお見通しだからだ。
「芸人に社会性とか安定とか望む社会が変だよ。(中略)品行方正を求めるのは間違い、芸人に危険度がなくなると、つまんなくなったと言われる。オイラは毎回綱渡りをしているようなもんだよ」。ビートたけしの言うことは、確かにと思う。エンターテインメントと言うのは公序良俗に反することをオブラートに包み表現できた時、最高潮に面白くなると思う。
日本のテレビと芸能は本当にこれからどうなるのだろうか。この狭い島ニッポンで小さな利権を貪りやがて縮んでゆくのだろうか。そして、令和になりこれからもさまざまな出来事が起こり、もしペンペン草も生えないような状況になったら、その時何かが生まれるのだろうか。
ある種、事の本質をつかんでビジョンを持った人間が現れ改革が起こるのだろうか。ただ、その前には、「ビジネス優先」とつぶやき続ける理念のない既得権益者を退出させることが必要なのかもしれない。
(文中敬称略)
吉川 圭三(よしかわ けいぞう)KADOKAWAコンテンツプロデューサー 1957年東京下町生まれ。早稲田大学理工学部機械工学部。1982年、日本テレビに入社。『世界まる見え!テレビ特捜部』『恋のから騒ぎ』などのヒット番組を手がける。現在はKADOKAWAコンテンツプロデューサー、ドワンゴ営業本部エグゼクティブ・プロデューサー。早稲田大学大学院表現工学科非常勤講師。著書に『泥の中を泳げ。 -テレビマン佐藤玄一郎-』(駒草出版)『ヒット番組に必要なことはすべて映画に学んだ』(文春文庫)などがある。