中川晃教 撮影/齋藤周造

 江戸川乱歩の『怪人二十面相』が、オリジナル・ミュージカルになる。乱歩が生み出したゾクゾクするような世界観を活かしつつ、森雪之丞さんが大胆なオリジナル・ストーリーで作・作詞・楽曲プロデュースを手がけた新作ミュージカル『怪人と探偵』。この作品で怪人役を務めるのが、圧倒的な実力を誇る中川晃教さんだ。

怪人が唯一盗めないもの

「僕は前にも『SONG  WRITERS』という作品で雪之丞さんと組ませていただいたんですが、とても大きな情熱をお持ちの方。そして独特の“雪之丞ワールド”を確立されているんです。江戸川乱歩が醸し出す昭和の匂いだとか、怪人二十面相や探偵の明智小五郎というキャラクターやその感情も、日本人が容易に想像しうるものですよね。だからすごく日本的なはずなんだけど、どこか純日本とは違う、独特の世界観が広がっていると感じます。大人も子どもも楽しめるエンターテイメント性に乱歩独特のカッコよさがあって、そこに雪之丞さんのカッコよさが掛け合わされ、化学反応を起こしているんです」

 今回の怪人は、もちろん不敵でミステリアスながら、これまでのイメージにはなかった顔も見せる。

「いままで怪人二十面相はいろいろなメディアで語られてきたけれども、本格的なミュージカルは初めて。そして今回の新解釈が面白いのは、二十面相が恋をするというところです。何でも盗めた男が、盗めないものに初めて出会う。それが形のない愛である、というのが面白いでしょ? だからいままで誰も見たことがない、初めての怪人二十面相がお見せできたらいいな」

 本作での怪人は、財閥御曹司の竜太郎という顔を持ち、元子爵令嬢リリカ(大原櫻子)に恋をする。そして名探偵・明智小五郎(加藤和樹)と対決することに。このダークヒーローは、いったいどんな人間?

意外と普通の人なんじゃないかな。世の中には正しいこともあればそうじゃないこともある。二十面相は“じゃあ、自分はどっちなんだ?”と、自分を測れないない人なんじゃないか。誰もがそうだと知っているから“じゃあ、お前は測れるのか?”という疑問を投げつけてくるメッセンジャーのような気がするんです。何か闇のようなものを抱えているとは思うんですけど、この作品では“明智よりむしろ怪人が正しいんじゃないか?”と感じちゃうところがあるんですよ。原作の時代では“正義のために”という探偵の信念がカッコいいと思われていたんだと思います。それに対して、縛られることなく何でもやれてしまう二十面相との対比が面白かった。でもいまの時代から見ると、明智のほうが病んでいて、疲弊しきっているように感じちゃうんです(笑)」

怪人を演じる上での“挑戦”

中川晃教 撮影/齋藤周造

 本作はまた、テーマ曲を東京スカパラダイスオーケストラが書き下ろしていることも話題だ。

「まさにスカパラのコンセプションが、ギラギラドクドクと脈を打っているような、心をつかまれる曲です。稲妻のように光ったり、経験したことのない未知の領域に足を踏み込んだときにサワサワッと身体に走るような感覚があって、パッと世界が見える。“この音楽なくして物語は始まらない”と思わせる曲です」

 中川さんが愛を歌うミュージカルナンバーも、歌詞が非常に印象的。

「雪之丞さんの歌詞って本当に不思議で、言葉のトリックみたいなものがある。たとえその音楽が歌詞にものすごく密着していたとしても、演じる人間の中にそれを乖離させるような激しいものがなければ、その音楽が立体的になっていかないんじゃないか、と感じています。そこは僕にとって挑戦ですね。乱歩の堅さのある世界を描いた歌詞が、メロディーが乗るとポップになるんですよ。怪人が愛を歌う曲は、雪之丞さんが“アッキー(中川さん)にこの曲を歌わせたいんだよ! それはね、言うならばクイーンの『I Was Born To Love You』なんだよ!”って(笑)。どんなふうにお客さんに届くんだろうとワクワクしますね」

 そして、もちろんいちばんの注目は、愛をめぐる怪人VS探偵の闘いだ。

「人と人が、それぞれ自分にとってかけがえのないものを賭けて闘うという、ズブズブの世界(笑)。愛の奪い合いです。そこでは情熱というものがバトルし合っていて、怪人と探偵が表裏一体、光と影のように見えてきて。“人間ってやっぱりすごいんだ、情熱を忘れない人間に明けない夜はないな”と思えます。“悪VS正義”から飛躍したところに、人間の強さみたいなものが見える気がするんですよね」

 無敵と思われた怪人が、愛を前にして見せる脆さにもキュンとしそう。

「愛に対して二十面相は、やけに素直なところも感じるんですけど、闇なところもあって。でも“いいな”と思ったらそれを自分のものにしたい気持ちは誰にでもありますよね。いままで二十面相が何でも盗んで生きてきた中で、初めて盗めない、愛という名の宝石に出会うんですよ。それを手に入れるために、探偵とどう駆け引きをするのか。最後に宝石をつかんで笑うのはどっちなのか。そこは男と男の愛を賭けた闘いになりますので、ぜひ注目していただきたいと思います!」

新作ミュージカル『怪人と探偵』

『怪人と探偵』 (C)パルコステージ

 昭和モダンな時代を背景に、江戸川乱歩が生み出した怪人二十面相と名探偵・明智小五郎が「世界でいちばん綺麗な宝石」をめぐって華麗にバトルする、極上エンターテイメント。作・作詞・楽曲プロデュースは森雪之丞、演出は白井晃。東京スカパラダイスオーケストラがテーマ曲『憂愁モダン~怪人と探偵のテーマ』を提供する。

9月14日~29日 KAAT神奈川芸術劇場、10月3日~6日 兵庫県立芸術文化センターにて上演。

問い合わせ:パルコステージ 電話03-3477-5858。

詳しい情報は公式サイト(http://www.parco-play.com/web/play/kaijintotantei/)へ。

なかがわ・あきのり 1982年、宮城県生まれ。2001年に自身が作詞・作曲した『I Will Get Your Kiss』でシンガー・ソングライターとしてデビュー。翌年、ミュージカル『モーツァルト!』の主役に抜擢され、数々の賞を受賞。以後、音楽活動のみならず、舞台やドラマなど、さまざまな分野で活躍。近年の主な舞台作品に『ジャージー・ボーイズ』『サムシング・ロッテン!』『「銀河鉄道999」さよならメーテル~僕の永遠』など。来年1月よりミュージカル『フランケンシュタイン』、4月からはミュージカル『チェーザレ ~破壊の創造者~』で主演予定。

取材・文/若林ゆり ヘアメイク/井上京子 スタイリスト/AKIRA