いよいよ8月。夏休みは映画業界にとってのかき入れ時であり、各配給会社はヒットが見込める大作映画を送り込む。そして、子ども客が増えるこの時期は、アニメーション映画が多く公開される傾向にある。
しかし、今年の夏のアニメーション映画には“意外な共通点”があった。ピクサー映画の人気シリーズの第4弾となる『トイ・ストーリー4』、劇場版ポケットモンスターシリーズで初の3DCG作品となる『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』、そして名作ディズニー映画を実写化した『アラジン』。これらはいずれも’90年代にヒットし、多くの観客の記憶に残る名作のリメイク、もしくはシリーズ作品だ。そしてもう1作品、今夏のアニメ映画を語るのに忘れてはならない作品がある。『君の名は。』の新海誠監督のオリジナル新作アニメ映画『天気の子』だ。
※本記事は各作品の結末に触れる部分がありますので、ご注意ください。
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おもちゃを超えた新しい生き方
『トイ・ストーリー4』
『トイ・ストーリー4』は、’95年にディズニー/ピクサーが生み出した初の長編映画『トイ・ストーリー』のシリーズ最新作だ。『トイ・ストーリー』は世界初のフルCGアニメーションでもあり、映画史の中でもエポック・メイキングな作品ともいえる。全世界では3億7300万ドル以上の興行収入をあげている。
おもちゃの世界を舞台に描くこのシリーズでは、カウボーイ人形のウッディ、スペース・レンジャーのバズ・ライトイヤーを中心に、おもちゃとしてのアイデンティティや持ち主の子どもとの交流などを描いてきた。’95年の『トイ・ストーリー』では持ち主の愛をめぐるおもちゃ同士のライバル心を、’99年の『トイ・ストーリー2』ではおもちゃ同士の友情を、’10年の『トイ・ストーリー3』では大学生へと成長した持ち主・アンディとの別れ、おもちゃとしての生きざまが描かれている。
そして、現在公開中の最新作『トイ・ストーリー4』。公開後の週末2日間で103万1000人を動員し、13億7700万円の興行収入を稼ぎ出した。しかし、この最新作の結末は、SNSなどで大きな論議を呼んでいる。子どもとともに生きるために生み出された“おもちゃ”が、子どもに必要とされなくなったときにどう生きるか……。
ピクサーはスタジオにとっても記念すべきこのシリーズの最新作に「誰もが属性にとらわれず、好きなように生きていい」というメッセージを込めた。おもちゃだからって、おもちゃらしく生きなくてもよいのだ。変化を恐れず、自分の内なる声を受け入れた主人公・ウッディの選択は、シリーズ自体のテーマも大きく変化し、成長していることを感じさせる。
自分とは何者か
『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』
次に、『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』について述べたい。この作品は’98年に製作されたシリーズの第1弾作品『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』をフル3DCGアニメーションでリメイクしたものだ。
’98年の『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』は日本で72.6億円の興行収入をあげ、全米での日本映画興行収入歴代1位という記録はいまだ塗り替えられていない。この作品のヒットを受け、“劇場版ポケットモンスターシリーズ”は日本の夏休みアニメ映画の定番のひとつとなった。
今夏公開された『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』では、ストーリーラインはほぼそのままに、ポケモンの世界観が3DCGアニメーションで再現されている。
ポケモントレーナーのサトシとパートナーポケモンのピカチュウを主人公とするこのシリーズだが、本作の物語を展開させるのは、いわゆる“敵”のポケモンであるミュウツーだ。
ミュウツーは幻のポケモン・ミュウの化石の一部を利用して人間が作り出した伝説のポケモンで、徐々に「自分は何者か」という問いを抱くようになる。そうやって自らの存在について悩んだミュウツーは、「コピーポケモン」を作り出し、人間に逆襲を仕掛けていく。
ミュウツーが抱くアイデンティティについての問いかけは、多くの若者が抱くものでもあるだろう。そして、ミュウツーは自らで答えを得ていくのだ。
’96年にゲームボーイソフトとして登場した『ポケットモンスター赤・緑』(任天堂)は、’97年のテレビアニメ化から、’98年には映画化、さらにピカチュウらのキャラクターを利用したメディアミックス展開が行われ、今や世界的に有名な人気コンテンツとなっている。’16年にはスマートフォン用ゲームアプリ『Pokemon GO』が登場し、子どもだけではなく、ポケモンを卒業した世代や、ゲーム体験をしてこなかった世代にまでその魅力が伝わることとなった。
『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』はこの世界的人気コンテンツ「ポケモン」の劇場版の原点に立ち返り、最新の技術で変化させたものといえる。今年の5月に公開されたハリウッド製作の実写映画『名探偵ピカチュウ』とともに、時代に即した変化を遂げた意欲作であるといえるだろう。
強い意志を持った王女・ジャスミンに恋をする
『アラジン』
実写化された本作は、ウィル・スミスが青い肌の魔神・ジーニーを演じることでも話題となった。そして、この実写版には、アニメ版から大きく変化したキャラクターがいる。それはアラジンが恋する王女・ジャスミン。
実写版のジャスミンは“王のただ一人の嫡子(ちゃくし)”として自らが王になることを望み、そのために勉強を重ねている女性だ。「女だから」というだけの理由で男の言いなりに生きなければならないことに反発し、「自分らしく生きたい」と人生を切り開こうとしている。
実写版のジャスミンは、アニメ版には登場しなかった楽曲『スピーチレス~心の声』という曲を一人で歌う。これまでジャスミンが密かに心に抱いてきた、「自分がどうありたいのか」「どう生きていきたいのか」という心の声を朗々と歌い上げるのだ。
アラン・メンケンが作曲し、映画『ラ・ラ・ランド』のベンジ・パセク、ジャスティン・ポールが作詞したこの曲は、’19年というこの時代のヒロインにふさわしい曲と言えるだろう。この作品もまた、時代に即した形で変化し、「自分らしく生きる道」を選ぶ登場人物を描いているのだ。
愛する人を救うためなら、
世界の形だって変えてやる『天気の子』
’16年に公開された前作『君の名は。』は日本で250億円という興行収入を記録し、爆発的な大ヒットとなった。全世界興行収入も3.5億ドルを突破し、日本映画の世界歴代興行収入1位を記録。J・J・エイブラムス率いるバッド・ロボットの製作でハリウッドの実写版リメイク企画も進行している。
この世界的なヒットの後に製作された『天気の子』は、新海誠監督の覚悟のほどがうかがえる作品となっている。
本作の主人公となるのは、離島から家出してきた16歳の少年・帆高と、両親を亡くし小学生の弟と二人暮らしの少女・陽菜。長雨の続く東京で、帆高は“100%の晴れ女”の陽菜と出会い、彼女の天気を操る能力を使ってあるビジネスを始める。しかし、その能力には代償があり……。
これまで新宿御苑や飛騨などの美しい緑や青く広がる空、星の溢れる夜空など、美しい自然や風景を丁寧(ていねい)に描いてきた新海監督。本作では歌舞伎町のラブホテル街やさびれた古い都会のビルやアパート、その上に重く垂れ込める曇天。どちらかといえば“汚れた東京”を中心に描いている。きれいな理想郷のみを求めるのではなく、汚れた世界を受け入れて生きていくという、この舞台の変化も新海監督の成長であり、挑戦であるといえるだろう。
そして、主人公たちが選択していく未来に待ち受けるものにも、前作とは大きな変化がある。『君の名は。』では“世界を救おう”とする主人公たち、しかし『天気の子』では“陽菜を救う”ために主人公は“世界の形を変える”。
なりゆきに任せてただ“世間が期待する”未来を目指すのではない。はっきりと“自分の意志で、自分が希望する未来を選び取る”のだ。たとえ、その未来が観客の期待を裏切るものであったとしても……。
汚れた街でせいいっぱい「自分らしく生きるため」、曇った街に希望を与えてくれた「彼女を守るため」、世界の形を変えた主人公・帆高の姿は、いわゆる旧来のヒーロー像とはまったく違うものかもしれない。
しかし、世間に求められるヒーロー像ではなく、自分が自分らしく生きられる道を志向することこそが、多様性が叫ばれるこの時代にふさわしい主人公像とも言えるだろう。帆高と陽菜の二人は、まさに’19年に生きる若者たちの姿を体現する主人公なのかもしれない。
大人の娯楽へと深化した
アニメーション映画
’19年の夏に公開されたこれらの映画たち。’90年代には子どもだった観客たちが、大人になった今だからこそ味わえる滋味に満ちた映画へと変化している。アニメーション映画のフォーマットは手書きアニメ、3DCGアニメなど、技術の進化にともなって変化し、内容も大人が観ても楽しみ、笑い、涙することができるものに深化しているのだ。
これらの作品すべてに共通していること。それは登場人物たちが「自分の内なる声」に従い、物語の結末を選択しているということだ。より現代的なテーマを内在させたことこそが、作品たちに共通している魅力ではないだろうか。
この夏、とても哀しい、許せない事件が日本のアニメーション界に起こった。その事件自体は許されるべきものではないが、それは裏を返せば、日本のアニメ作品がそれだけ人の心を動かす力を持ち、人に大きな影響を与えているということでもある。アニメ作品は世界の形を変える力を持っているのだ。
京都アニメーション、ジブリ、ディズニー、ピクサー。これらのスタジオが作り上げた作品のタイトルをいくつか挙げるだけで、誰もが納得することだろう。新海誠、細田守、湯浅政明、原恵一ら、気鋭の才能がそろった日本のアニメーション映画界は、さらなる躍進が期待されるのだ。
長い梅雨が明け、やっと「晴れた」青空が顔を出したこの週末、あなたはどのアニメを観に行きますか?
松村 知恵美●まつむら ちえみ●家と映画館(試写室)と取材先と酒場を往復する毎日を送る映画ライター、WEBディレクター。’01年から約8年、映画情報サイトの編集者を経て、’09年に独立し、フリーランスに。ライターとしての仕事のほか、Webディレクションなども行う。