「事件後、1か月に2、3回は亡くなった2人のご冥福を祈るためにここへ来ています。高齢者の運転は危険だと再認識しました。それなのに加害者が特別扱いされているような印象です」
とJR池袋駅から約20分歩いて花を手向けにきた40代の主婦は言う。事故現場の献花台は約1か月前に撤去されていた。
加害者が逮捕されない背景
今年4月、東京都豊島区東池袋で旧通産省工業技術院の元院長・飯塚幸三容疑者(88)が運転する乗用車が暴走。松永真菜さん(31)と長女・莉子ちゃん(3)の尊い命が奪われた。
死亡事故にもかかわらず、飯塚容疑者は逮捕されなかった。背景について、あるテレビ局の報道記者はこう語る。
「元高級官僚なので、警察が忖度したのではないかと騒がれました。世論としては特別扱いだ、不公平だという意見が多く“上級国民”と揶揄する声もあった。ただ、年齢的にみると、ほぼ逃亡や証拠隠滅のおそれがないため、逮捕せず捜査する手法をとっただけかもしれませんけれども」
心証が悪いのは、それだけではなかった。
飯塚容疑者は、警察の任意の事情聴取の際に、マスコミから身を隠すように帽子、サングラス、マスクといった完全防備の状態。そして哀れさを演出するかのごとく、両手に杖を持っていた。
「さらに、現場での実況見分のとき、今度は白髪頭に眼鏡をかけていましたが、献花台にお参りせず、警察とのやりとりでは、杖の先で“あそこ”と指し示していましたからね。あれはよくない」(同)
松永さんの夫は7月中旬、会見で、
「加害者は杖をついて歩くなどしており、そのような健康上の問題がありそうな人が、公共交通機関が発達した都内で、あえて運転をする必要があったのでしょうか」
と疑問を呈した。続けて、
「今後、2人のような被害者と私たちのようなつらい遺族がいなくなるように、加害者に対し、できるだけ重い罪での起訴と厳罰を望みます」
と訴え、そのために署名活動を始めたと表明。妻子の動画を公開した。
突然奪われた、幸せ
動画は昨年6月の父の日、愛娘の莉子ちゃんが似顔絵をプレゼントしたときのもの。帰宅すると、玄関先に莉子ちゃんが待っていて、
「父の日、ありがと」
と、お父さんの似顔絵を手渡す。
「これ、お父さんに?」
と尋ねると、莉子ちゃんは、
「うん」
お父さんはすかさず、
「ありがとう。うれし~い」
最後には、この動画を撮っていた真菜さんも加わって、
「うれし~い。もう泣きそうだよ」
と、お父さんは感極まり、3人の幸せだったころが映っている。そのあと莉子ちゃんが手伝って作ったケーキを親子水入らずで食べた。
「晩節を汚された気がします」
奪った命の重みをどう受け止めているのか、加害者としてどう贖罪しようと考えているかを聞くため、容疑者が住む都内のマンションを訪ねた。玄関には管理人がいて、
「ダメダメ。これ見て」
と取材厳禁の貼り紙を指さして、インターホンも押させてくれない状態だった。
飯塚容疑者の知人は、
「飯塚さんはいい人よ。あんな酷い事故を起こしてしまったので、心身ともにおかしくなって杖をつくようになったし、精神的におかしくなったと思うの。だって、あれだけかわいそうなことをしたんだもの」
と庇った。
刑事罰は司法判断を待つほかない。しかし損害賠償する意思を示す道はある。旧工業技術院の院長時代は年収約2000万円、退職金として約3000万~4000万円を受け取ったとされる。
農機大手の『クボタ』に役員として天下りした14年間で副社長まで上り詰めた。クボタは「報酬は教えられません」(担当者)というが、2017年の有価証券報告書によると、取締役7人に対する年間報酬総額は6億2700万円。頭数で割ると9000万円近い高給取りになる。ほかに日本計量振興協会会長なども務めている。
「それでも、元高級官僚とは思えない普通のマンションに住んでいらっしゃるし、車も普通のプリウスだから金銭的には問題ないと思いますよ」
と近所の男性。
だが、冒頭の40代主婦は、こう吐き捨てた。
「金銭的な問題を解決できても、失った命や幸せが戻ってくるわけではないですから。高名な方だったのに晩節を汚された気がします」
飯塚容疑者は瑞宝重光章を受けている。しかし、内閣府賞勲局によれば、
「有罪判決を受けた場合は、罪状によって勲章をとりあげるケースもあります」
とのことだった。