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 スポーツの世界で神童と呼ばれる人たちは、ほかの分野の神童と比べ、“天賦の才”によるところが大きいのかもしれない。努力することなく、教えられたことを難なくこなし、同世代の1歩も2歩も先を行く─。いろいろなスポーツの現場で取材をしている、スポーツライターの飯山滿さんは、

「才能があるというのは、スポーツ界では神童の大前提」

 と話す。

「スケートや野球のジュニアを取材していると、“これは!”という子たちに会うことがあります。そういう子たちが、どう成長してくるのかは取材する楽しみのひとつですね」

 しかし、天から才能を与えられ大きな期待を向けられても、大輪の花を咲かせることができるのはごく一部─。飯山さんが見てきた“神童”たちについて語ってもらった。

神童たちの光と闇

「フィギュアスケートだと、今井遥選手が印象に残っています。昨年3月に競技は引退したのですが、今年の『浅田真央サンクスツアー』にキャストとして参加しています。

 選手時代は、ずっと“今回はいくだろう”と期待されていたのですが、どうしてもあと1歩が足りなかった。高得点につながるトリプルアクセルが跳べなかったんです。ドーナツスピンの評価が高かったり、柔らかいスケーティングで芸術点では高い評価を受けていたのですが……。

 ただ競技を離れた今は、浅田真央よりうまいと言われるくらい。競技で滑るより、アイスショーで自由に滑るほうが合っているのかもしれませんね

 難易度の高いジャンプを跳ぶほうが採点で有利な時代、競技で活躍するには難しかったのかもしれない。

「近年、野球記者の間で神童という言葉で語られた1人に、勧野甲輝がいます。親は“甲子園で輝くように”という思いを名前に込めたそうです」

 勧野は4歳でリトルリーグに入り、外野手として野球を始めた。中学3年のとき、第13回世界ユース選手権に出場し、日本の世界3位に貢献。'08年には、当時野球の名門校として名を馳せていたPL学園に入学した。

「天才バッターとしてプロのスカウトに注目されていました。中学生のとき、シニアリーグでホームランを100本以上打ったり、清原和博以来の1年生でPLの4番に入り“清原2世”と呼ばれたり。この子はどこまで伸びるのか、とスカウトたちは話していました」

 しかし、高校1年の後半で身体を痛めてしまう。思春期のスポーツが誘因となることが多い、腰椎分離症。それに起因する腰痛のため思うように動けなくなってしまったという。

「それが原因で大スランプに陥ってしまい……。2年生の夏の大会では不振でベンチ落ちもしました。翌年には4番で大会に出場しましたが、大会中に左足首を捻挫。以降、スタメン落ちをして、チームも大阪大会の4回戦で敗退しました」

 そんな彼だが、楽天からドラフト5位で指名され、プロ野球選手となる。

「でも、注目されていたときの輝きはなかったですね。プロでは内野手で登録しましたが、1軍公式戦への出場は少なく、3年目に戦力外通告を受けました。

 その後、育成選手でソフトバンクに入団しましたが、結局、芽が出ることなく退団してしまいました。プロを引退して、九州三菱自動車に入社し、営業部員として働きながら、野球部でも活動していましたが、'16年の終わりに現役を引退したそうです」

育てる環境が大事

 野球といえば、今年いちばん注目されたのは岩手県・大船渡高校の佐々木朗希投手。4月の『U-18』で163キロのストレートを投げ、ファンの話題をさらった。

“令和の怪物”と呼ばれるくらい、才能を持った選手ですね。夏の地方大会の決勝で彼が投げずにチームが敗退したことで物議を醸しました。賛否両論出ていますが、あの選択はしかたがなかったと思います。

 163キロを投げたあと、大船渡の国保監督は彼を病院に連れて行ったそうです。それはケガのチェックではなく、骨密度の検査のためだったそう。その結果、彼は身長が190センチあるんですけど、まだ背が伸びる成長過程にあると診断されたと。身体ができあがっていない状態で、投げすぎないほうがいいという話になったそうです」

 佐々木投手については、野球評論家の張本勲が「絶対に投げさすべき」と発言し、それに対してメジャーリーガーのダルビッシュ有が反論するなど、監督の指導を含めた問題になった。

「今、スカウトの中で話題になっているのが、佐々木を指名するか。あれだけの逸材を欲しいというのは本音ですが、育てられなかったら、壊してしまったら、というおそれもあるんです。

 才能を持った神童が、神童として輝き続けるためには、才能だけではなく環境も大事なんです。スカウトから聞いた話ですが、“この選手はこの指導者の教え子だからとろう”という監督もいるそうです。この人が育てたなら間違いないと。でも、“あの人のところでやっていたんじゃダメだな”という逆もあるそうです。それだけ環境が大事なんです

 その環境が分けた、いい例が“ハンカチ王子”こと斎藤佑樹と、“マー君、神の子”といわれた田中将大だという。

「'06年に甲子園の決勝戦で投げ合ったふたりですが、田中はメジャーリーガーとしてヤンキースのエースに。片や斎藤は日本ハムファイターズで1軍と2軍を行ったり来たり。いつ戦力外に?と言われています。

 田中は高校を出てすぐに楽天で野村監督の下に入ったことがよかったですね。コーチも現役時代“いぶし銀”といわれた佐藤義則コーチもいたし。斎藤は大学に行ってからフォームを変えて、ほとんど手投げになってしまった。ふたりとも才能はあるんです。ただ、それを伸ばせるかどうかは指導者なんですよね

 実際、才能がありながら世に出られなかった“神童”はたくさんいる。しかし今、子どもたち自身にもある変化が見られるという。

才能があるのに努力しない子が増えています。競技に24時間、自分の時間をつぎ込む勇気がないというのかな。全員じゃないけど、高校に行ったら遊びたい、彼女をつくってどこかに行きたい……。だから、強豪校の私立からスカウトが来ても、公立へ進学してしまうんです。

 ときどき、無名の公立校が県予選で勝ち上がってくるときがあるじゃないですか。それって、本来なら強豪校に進んでいた選手が、公立に流れてきた結果ということが多いんです。人の人生だから何も言えませんが、せっかく授かった才能はムダにしてほしくないですね。野球に限らずこんな状況が続くと、天才というアスリートはこれから出てこなくなってしまうかもしれません


《PROFILE》
飯山滿さん ◎スポーツライター。さまざまな現場を取材し、アスリートたちの実状をルポする。著書に『消えたアスリート』(ミリオン出版)『パ・リーグドラフト1位のその後』(宝島SUGOI文庫)など